~日常の変化~
1
王都は大勢の人で賑わっていた。さまざまな店が建ち並ぶこのエリアは買い物客がほとんどだ。
「やっぱり人多いね」
「そうだな。・・・いつも思うけど、村とは比べものにならないな」
リュナと出会った日から、リィとレイルは頻繁に王都の見回りに来ていた。
突然、穏やかな昼下がりの空気を切り裂いて、悲鳴が上がった。見れば、大きな荷物をのせた馬車が道を外れ、人々の中に突っ込もうとしている。
リィはどうするべきか、迷った。迷ってしまった。───その刹那の逡巡を、後にリィは後悔することになる。
立ち尽くしたリィは、レイルの行動に反応が遅れた。レイルの方に手をのばすが指は空気をきった。
人も、馬車も、すべてがゆっくりと動く中、レイルの姿が掻き消え、猛スピードの馬車の先にいる人を突き飛ばし───
どすっ。
衝突の音は、やけに鈍く響いた。衝撃に吹き飛ばされるレイルが宙をまい、店先を破壊して止まった。
リィは声にならない声を上げて、レイルの傍に駆け寄った。
普段の冷静さを欠いたリィがレイルを揺するが、意識のない体はガクガクと不自然に揺れるのみ。
「・・・レイル!レイル、しっかりして!レイルぅ・・・!」
指先が金色の燐光を放ち、額から大量の血を流すレイルに力を与え続ける。
ようやく出血が止まり、リィはレイルを抱き上げてふらりと立ち上がると、他に重傷者がいない事を確かめて、群衆を押しのけ走り出した。
息を切らして騎士控室に駆け戻り、ドアを開ける。
「早かっ・・・副騎士長⁉何が・・・いえ、とにかく医務室に!」
医務室にレイルを運び、騎士達総出で治療を行ってどうにか容体が安定したのは、日も沈み、夜の帳が下りたころだった。
2
コンコンと音がして、医務室のドアが開いた。
入ってきたのはロートとリュナ。ロートが呼びに行ってくれたのだろう。だが今は、感謝する余裕がない。
「レイルおにいちゃん・・・」
リュナが呆然と呟く。賢いリュナだから、何があったのか察したはずだ。
夜が更けても、リィはレイルを見つめ続けた。
一晩明け、太陽が眠るレイルの顔を照らす。
握ったレイルの手が、ぴくりと動いた。
レイルの瞼がゆっくり持ち上がる。朝の光に眩しそうに目を細めると、リィを見た。
「良かった・・・!レイル・・・‼」
安堵のあまり、自分の額にレイルの手を押し付けるリィに、
「・・・あの」
レイルは何度か瞬きし、それから言葉を発した。その様子に違和感を覚えながらリィは耳を傾け──
「───あなたは、誰ですか?」
3
「・・・どうやら、記憶を失ってるみたいなの」
早朝の控室、集まった騎士達は一様に沈鬱な表情を浮かべていた。
「・・・何も、覚えていないということですか・・・?」
答えは顔を伏せたリィを見るまでもなく明らかだった。
「私が・・・私がもっと上手く・・・」
「騎士長・・・」
「また・・・まただ。アルクスにミリア、カイル・・・アルト・・・今度はレイルか」
己の足に爪を突き立て、血が滲むが、誰もそれを止められない。
「───レイルは、自分からそうしたのだ。リィが行動していても、レイルがリィにかわるか、両方になるかだろうな」
誰もが沈黙する中、いつの間にか入ってきていたテセウスが言った。その隣にはサクリの姿もある。
「記憶をなくしても、レイルはレイルだ。その本質は、変わらない」
リィは奥歯を噛みしめていたが、勢いよく立ち上がると、
「今一番不安なのはレイルだわ。──皆、いつも通りにレイルに接して」
打って変わって強い光を瞳に宿すリィに、
「───リィ。無理はするな」
最後に囁きかけてくるテセウスに頷いて、リィはレイルのもとに戻るために部屋を出た。
リィの横顔は強張っていたが、先程までの追い詰められた色はない。
幸せな日常は大きな変化をとげた。でも、まだ取り戻せる。取り戻せるはずだ。
───絶対に、こぼれ落ちないように。
不安と孤独の中にいるだろうレイルに寄り添う。
たとえ、私が分からなかったとしても、一人じゃないよと、あなたのことを大切に思う人がいるんだよと、伝えるために。
───『流星』は、『夜』に寄り添い続ける。




