~慰撫~
───昨日の晴天とは打って変わり、しとしとと雨が降っていた。
窓ガラスをつたう雫を眺めていると、控えめなノックの音が聞こえた。ヴェールはのろのろと立ち上がり、ドア脇の小さな鏡を見た。昨夜は一睡もできず、濃い隈ができてしまっていた。
ドアをゆっくりと開ける。
「おはよう、ヴェール」
顔をだしたのは、リィとレイルの二人だった。
来るだろう、とは思っていた。戦闘中に動けなくなり、醜態を晒した自分のもとへ。
「ねぇ、ヴェール。・・・三人で、ちょっと出かけない?」
続いた言葉は、思いもよらぬものだった。すでに多大な迷惑を皆にかけているヴェールは、頷くしかなかった。
リィの瞬間移動でとんだ場所は、何の変哲もない村に見えた。王都では雨が降っていたが、この場所は晴れ、日の光が射し込んでいる。
「この村は、私の故郷。・・・ついてきて」
しばらく歩くと、リィの足が止まった。
目の前には小川が流れていた。底の石がはっきり見えるくらい透きとおった水。小鳥の澄んだ鳴き声が聞こえ、風がふくと木々がざわざわと音を立てた。
「ここは、私が子供の頃から好きな場所なの。水面を眺めてると、心が落ち着いて」
リィが乾いた石の上に腰かけると、草の間から蛙がぴょんと飛び出した。それをちらりと見てから、二人にも座るよう促す。
「───王城と違って、ここには私とレイルしかいないわ。・・・昨日は、どうしたの?」
気がついたら、口を開いていた。
たとたどしいヴェールの話を、二人はだまって聞く。
内心を吐露し、地面の土をぼんやりと見つめるヴェールに、リィが息を吸う音が聞こえた。
「ヴェール」
「一人で抱えこんで・・・辛かった、でしょう?」
「───っ」
今まで溜め込んできた感情が、決壊した。
「つら、かった。こわくて・・・怖くて、しょうがなかった・・・っ‼」
「何で皆、平気な顔してるんだろうって・・・お、思って・・・‼」
体が引き寄せられる。その力に逆らわず、自分より華奢な体にすがりついた。
みっともない。大の男が自分の年の半分の相手に背を撫でられながら号泣とは。情けないのに、温もりから離れることができない。
母の優しさだ、と思った。慈愛に満ちた指先が、涙の雫をそっと拭う。
いつしか、ヴェールは包み込むような優しさの中、眠りへといざなわれていった。
「・・・ヴェールは、眠ったか?」
「うん。───村に戻って、私の家でゆっくり寝かせてあげよう」
二人は立ち上がり、ヴェールを抱えて歩きだした。
目が覚めると、見知らぬ天井が見えた。
「───起きたか、ヴェール」
起きあがると、レイルがベッド脇に座っているのに気付く。
「副、騎士長・・・」
呟くと同時に、寝る前の記憶がよみがえってきて、頬がかああっと熱くなる。羞恥をなんとか押しやり、
「・・・ここは?」
「リィの実家だよ。リィは今昼食の準備してる」
「そう、ですか」
俯くヴェールに対し、レイルは───
「・・・ああやって普通にしてるけど、リィはリィで大きなものを背負ってる」
「大きなもの、ですか?」
「僕も詳しく聞いた訳じゃないけど、かつて守れなかった人達のことで、今も苦しんでるんだ」
ヴェールは目を見開いた。全然気付かなかったからだ。
「何で皆、真っ直ぐ立っていられるのか、って聞いたよな」
「・・・はい」
「リィはもう、失われるのを見たくないんだよ。助けを求めている人を見つけて、救うために常に顔をあげてる」
「───」
レイルは唇を湿らせ、
「───僕だって怖いよ。戦って傷付けるのはいつまでたっても慣れない。慣れちゃいけないって、そう思ってる。・・・一種の覚悟、だな」
覚悟。
自分には、覚悟はあったのだろうか。
ただ憧れで騎士の道に入り、自分を誤魔化し続けてきた過去の中に、覚悟は。
ない。あるはずがない。あったとしたら、これまでの苦しみは、恐怖は何だったのだ。
暗い表情になったヴェールにレイルは苦笑して、
「・・・そんなすぐ、覚悟なんて決められないよ。ゆっくり考えて、たどり着けばいい」
レイルのその言葉で、少し心が軽くなった気がした。
そのころ。
リィと、リィの母は料理をしていた。
「まさかリィと料理をする日がくるとは・・・」
母は感慨深げに呟き、そういえば、と前置きしてから、
「あの緑髪の方とはどういう関係なの?」
「あぁ、ヴェールは騎士団のひとりなの」
「へぇ。じゃあ上司と部下なのね」
リィは、野菜を切る手をとめた。怪訝そうな顔をする母に向き直り、
「ヴェールは部下じゃないわ」
「───」
「大切な、仲間よ」
暫し、包丁がまな板を打つ音だけが響く。
「・・・良い、関係ね」
母のそんな声は───
「・・・?なんていったの?」
リィの耳には届かない。母も、二度は言わない。それでいい。
リィには頼れる仲間がいると分かったのだから。
どこからか蛙の声が聞こえてきて、笑っているようだと二人は吹き出した。
そして時計を見てお昼をとっくにすぎていることに気付き、慌てて料理を再開したのだった。




