~ヴェールの恐怖~
「リィ!」
控室に大声が響き、騎士達は発生源を見る。
レイルがドアを勢いよく開け、リィのほうに駆け寄っていった。
「どうしたの、大声出して」
「───ロサード村の、結界が破れた」
ロサード村。四日前に行った、フロルの住む村だ。
「・・・分かった。すぐ準備して!」
十分後、王城の外で騎士と衛士達は手をつないでいた。リィの転移魔法を補助するためだ。
リィは目を閉じ───
どよめきが上がった。目を開けると、イメージしたとおりの風景が広がっている。
突然現れた騎士と衛士隊に広場でまとまっていた村人達は唖然としていた。
村人は先頭にリィがいるのを見て、息をのんだ。
魔獣が来る前につくことができた。リィは村人の集団に歩み寄ると、全員が入れる大きさの結界をはる。
「この中から、絶対出ないように」
頷くのを見届け、騎士達に叫ぶ。
「魔法はあまり大技を連発しないで!武器で戦ってもいいけど、気をつけて!」
言い終えると同時に、殺気を感じた。数メートルを一瞬で駆け抜け、魔獣の体にレイピアを突き立てる。それを合図に、戦闘は始まった。
ヴェールは剣を握りしめ、魔獣へ向かって走った。無我夢中で剣を振る。
───肉を切り裂く、生々しい感覚が伝わってきた。
魔獣の体から、血が噴出する。返り血を浴び、顔を手で拭った。
赤。濃い赤。
これは、魔法の戦闘とは全く違う。
魔獣の届かない距離から風の刃で切り捨てるのとは全く違う。
恐怖。
記憶が、蘇る。
騎士になって、初めて魔獣と遭遇したときの記憶が───
ヴェールはごく普通の村の、ごく普通の家に生まれた。成長したヴェールは本が好きで、色々な書物を読みあさった。
あるとき開いた本は、騎士の物語だった。
強くて、気高くて、格好良くて。
ヴェールは騎士に憧れ、独学で魔法を学び始めた。
特に何もなく、ヴェールは騎士になった。
何だ、騎士って別にどうってことないじゃないか。そう思っていた。
そんな呑気な考えは、すぐに消え去った。
休みの日、ヴェールは腕試しのつもりで結界から出た。自分は騎士だ。魔獣なんかに負けるわけがない。
───慢心はいつも、油断を生む。
それはこのときも例外ではなかった。
魔獣の気配に気が付くのが遅れ、ヴェールはいつの間にか囲まれてしまっていた。
「ぁ・・・ああ・・・」
膝から力が抜ける。魔獣が飛びかかってくるのがスローモーションで見えた。
衝撃の後、一拍おいて腕に激痛が走る。苦鳴をあげ、地面を転がった。
ふわりとした感覚が己を包む。噛みついていた魔獣の体がぶれ、黒い靄となって消えた。転がった拍子に結界の中に入ったのだろう。
助かった、とは思えなかった。
情けなく震え、魔法を放つことさえできなかった自分の手をみる。
腕に刻まれた深い傷から流れ続ける血の赤。
恐怖。
自分を殺すために飛びかかってくる魔獣が怖い。命を傷付ける魔法が怖い。そして、なにより。
騎士が、怖かった。
命のやり取りをする恐怖が、身に染みついて離れない。
傷付けるのが怖い。
傷付けられるのが怖い。
毎日毎日、恐怖に怯えながら過ごす。
騎士達は、この恐怖に耐えながらも真っ直ぐ立っているのだろうか。
狂っている。どうかしている。狂気の沙汰としか思えない。
騎士の仕事を休み、宿舎でうずくまり続けた。
ある日、騎士の仕事に戻ろうと思った。
他人をからかうことで、自らの恐怖を隠す。
いつしか、それが普通になっていた・・・。
───手の血の赤。戦いの音がどこか遠くに聞こえる。
膝を、ついた。騎士の白い装束が血と泥によごれるが、気にとめる余裕もない。
戦いの最中、座りこんでいれば襲われる。分かっているのに、恐怖に震える体は動かない。
魔獣の爪が降ってくる。
ここで、終わるのか。
諦め、ゆっくりとヴェールは息をはき───
「はああああっ!」
直後、魔獣の悲鳴が聞こえた。
「ヴェール、立てる⁉」
声を出そうとするが掠れた呼吸音しか出せなかった。
「レイル、『風』!」
飛来した風の刃が魔獣達を切り裂き、吹き飛ばす。その隙にリィはヴェールを抱き抱え、後方へと走った。
その場にヴェール一人分の結界を張り、怪我がないことを確かめて、
「そこで待ってて!」
と叫ぶや前線に舞い戻っていった。
ヴェールは何をする事も出来ず、膝を抱えるだけだった。
戦闘は、さほど苦労することなく終わった。
「あなた様は、騎士でおられたのですね・・・」
「リィでいいの。私だって、王都から離れた村の出なんだから」
村人達は何度も感謝を口にしていた。その間も、ヴェールは立てずにいた。
情けない。今までさんざん魔法で魔獣を斬ってきたではないか。
足音が聞こえた。
「ヴェール」
「・・・ロート」
ようやく声が出た。それでも掠れ、聞き取りにくいが。
顔を上げられず、ロートを見れない。
次の瞬間、ロートの赤髪が目に入る。背負われたのだ。数日前、ヴェールはロートに無理矢理女装させ爆笑し、許してもらってなかったはずだ。
「な・・・んでだ」
「───確かにお前にはいろいろ言いたいことがある。主に女装の件だ。あれは本当にふざけるな」
「───」
「でも、俺とお前は友人だろ。友人が辛いときは背負うくらいするさ」
ヴェールは目を見開き、上をむいた。そうしなければ、瞳を満たす熱い雫が溢れてしまう。奥歯を噛みしめ、嗚咽を堪える。
「・・・ロート」
「悪い。───ありがとう」
声は震え、濡れていたがロートにはしっかりと届いた。
晴天の空が、遙か彼方まで広がっていた。




