~通りすがりの流星~
1
───荒い呼吸を繰り返し、フロルは走っていた。
服は破け、泥で汚れている。周囲が嫌そうな表情で避けていく。
走って、走って───
「どう、したの?」
フロルは金色の輝きに出会った。
2
フロルはソファーに座っていた。あれからリィと名乗る女性に連れてこられたのだ。シャワーを貸してくれ、新しい服まで渡してくれた。
「それで、どうしたの?」
「・・・私は、フロルと言います」
名乗ってから、話し始める。
「私は、王都の近くのロサード村に住んでました。私の家は近所の家より少し裕福で、羨ましがられてました・・・」
突然。本当に突然だった。
───幸せな暮らしが消え去ったのは。
「両親はたまたま王都に来ていて・・・馬車の事故に巻き込まれて」
何もかもを失い、哀しみに沈むフロアに対する、周囲の態度が豹変した。
会えば笑顔を向けてくれていた人々は、いい気味だと、冷たい笑いを───否。
冷たい『嗤い』を浮かべていた。
これは、まだいいほうだった。
村の子供達には石を投げられ、男達には暴力を振るわれた。
「もう、村にはいる場所がない。・・・行くあてもなく王都をさまよっていたときに、リィさんに救われたんです」
リィはしばらく無言だったが、不意に立ち上がる。
「許せない。何だそれ」
「───」
続く言葉はフロルにとって予想外のものだった。
「これからロサード村に殴り込みに行く。───道案内をお願い」
3
しとしとと雨が降る中、リィはフロルを連れてロサード村に向かった。
村はぼろぼろで、状態はあまり良くなかった。
村の人々がリィを物珍しそうに見ている。
「あ、ちょっとあっち行ってきていい?」
言うやいなや、リィは駆けだしていく。それをフロルは唖然と見送るしかない。
いや、それよりも。外からきたリィがいなくなったなら。
「───村を出てった時より、良い服着てんじゃねぇか」
思い切り突き飛ばされ、泥水の中に倒れ込む。
「あ・・・」
リィから貸してもらった服が、茶色く汚れてしまった。呆然と水溜まりに座りこむフロルに、子供達が石を投げる。痛みに備え、体を固くして───
いつまでたっても、痛みがやってこない。
おそるおそる、目を開けると。
リィが、フロルの前に立っていた。リィとフロルの周りには、金色の膜が張ってある。
石を投げた子供達は、腕や足を押さえて呻いている。リィの膜が石を跳ね返し、子供達に当てたのだ。当てた場所も、大怪我しないように体の末端部。
リィは膜を消すと、声を発した。
「子供達。痛いでしょう?」
子供達は痛みに涙目になりながらも、何を言われるのだろうと身構えた。
「それが、フロルの味わってきた痛みよ。あなたたちが石を投げて受けた痛み」
リィは大人達に向き直ると、
「両親をなくした彼女に、あなたがたは何か慰めの一言をかけた?あげたのは嘲笑と暴力でしょ?」
リィの一言一言で、心の中のわだかまりが解けていく。
「───ふざけるな!いい格好した女が俺達の何を知ってるって言うんだよ!苦しみも辛さも味わったことなんてねぇくせに!」
「───」
「哀しみも知らないくせに・・・偉そうな口きくんじゃねぇ!」
その言葉は、聞き流せない。
「私は、ずっと見てきたわ」
「守ると誓った相手が、目の前で命を落とすところを」
「・・・!」
「苦しみも辛さも、哀しみも、全部味わった。───だから、偉そうなことを言う」
「フロルをいじめてるのは、あなたたちの八つ当たりよ。自分の苦しみを紛らわせる、ただの八つ当たり」
「分かってる。俺達だって分かってるさ。これがただの、八つ当たりってことぐらい!」
「なら・・・なら!お前がどうにかできるのかよ!作物が上手く育たねぇこの土地を・・・!」
やれることは、彼らがやってきたのをフロルも見ている。リィにどうにかできるとは思えない。
「王都に、作物を研究している方がいる。その方に、助けてもらえないか頼んでみるわ」
村人達が、目を見開いた。
「そのかわり、心を入れ替えて励みなさい」
微笑んで言うリィに、皆は涙を浮かべて何度も何度も、頷いたのだった。
「リィさん。私は、村に残ります」
「───いいの?」
「はい。私が村人達の生活を知りながら、幸せな暮らしをしていたのは事実ですから」
リィはにっこり笑って、フロルの意思を尊重した。
「頑張ってね。困ったことがあれば、いつでも来ていいわよ」
「ありがとうございます」
村を出て行こうとするリィを、ひとりの村人が呼び止めた。
「お前は・・・あなたは、何者なんですか?」
「私?私は───」
「通りすがりの『流星』よ」
騎士とは名乗らない。何故なら、そっちのほうが格好いいから。
雲の隙間から、光が差し込む。
後ろを振り返ると、村人達が涙ながらにフロルに謝罪しているのが見えた。
雨上がりの空気を吸い込み、水滴のついた草を踏みしめて、リィは歩きさったのだった。
後に村人達はリィが騎士長だと知って驚愕するのだが、それはほんの少しだけ先の話。今はまだ、ただのリィであった。




