~テセウスの想い~
結婚式から一カ月がたった今でも、隣に自分のものではない温もりがあることに、感慨を覚える。
「サクリ」
「わあっ!」
横に座るサクリをひょいと抱き上げ、膝の上にのせる。頬を染めている姿が可愛い。茶色の髪を撫でると、サクリは体の力をぬき、テセウスに体重を預けた。
サクリを愛でるテセウスに向けられる侍女達の視線はどこか生暖かいが気にしない。今はサクリのことに集中したいのだ。
いつしか、テセウスは結婚する前のことを思い出していた。
サクリを一目見たとき、鼓動が速くなったのを覚えている。
細かいことはわからない。だが、彼女の笑う姿を見たいと思ったのだ。
それから、テセウスは騎士控室によく足を運ぶようになった。
もっと彼女を見ていたい。彼女の成長を応援したい。
サクリが騎士になりたいと言ったとき、テセウスは複雑な感情を味わった。サクリがやりたいことをさせたいという思いと、危ない目にあわせたくないという思いが真っ向からぶつかって、言葉が出なかった。
リィの選択は正しかった。
確かに、リィが傷ついてまでその役をやることを良いとは言わないが、この方法は最良だろう。彼女にそれだけの覚悟があるのか、確かめるのに。
サクリが部屋を出て行った後、控室は大騒ぎになった。騎士達が気を失ったリィを魔法で治療し、止血する。その間、テセウスは何をすることもできない。壁際で邪魔にならないよう立っているだけだ。
完全に治ったわけではないが、落ち着いたリィを医務室のベッドに寝かせ、騎士達は息をついた。
リィのことも心配だったが、サクリはサクリで辛いに違いない。探しにいこうとする騎士達を押しとどめ、
「余が行く」
こんな時に不適切であるが、騎士達の表情が不安から呆れと理解に変わった。
───サクリは庭園にいた。己の体を抱き、顔は俯けられていて表情は見えない。その隣に敷物をしくことなく腰をおろした。
リィが、何を思ってサクリにさせたのかを話す。直感で、サクリに話すべきだと思った。
口を閉じ、サクリの顔を見つめていると、瞳が揺れ、涙が頬を伝うのが見えた。雫は勢いをまし、華奢なおとがいから滴る。テセウスは手をのばし、躊躇いがちに背に触れ、撫でた。
この日から、サクリのテセウスに対する態度が変わった。敬語を使っていないとはいえ、どこか遠慮していたサクリが、気軽に話しかけてくるようになったのだ。テセウスはどんどんサクリに惹かれていった。
あるとき、サクリが珍しく部屋を訪ねてきた。勢いよくドアを開け、サクリの顔を見て、テセウスは嫌な予感がした。
「私、村に帰らなきゃいけないの」
「戻って・・・くるのだろう、サクリ?」
縋るような思いを込めてサクリの顔をのぞき込むが、返事はない。
「何故、答えてくれぬのだ・・・」
「私は村人。あなたは第五王子。・・・最初から、住む世界が違うの。それで、あなたは」
「あなたは私に、何を求めるの?」
サクリの右目から、一筋の涙が流れた。
───それは、彼女が望んでいないということの、何よりの証明だった。
「あなたは私に、何を期待するの?」
無言の時間が続く。
テセウスは答えを返せない。サクリも、答えを期待していない。
やがてサクリは立ち上がると、
「・・・私は明日、村に戻る。さようなら、テセウス」
ドアが閉まる音がする。行かせてはならないと思うのに、体は動かない。
テセウスは手で顔を覆った。
静寂の中、時だけが流れていった・・・。
次の日になっても、テセウスは自室でぼーっとしていた。もう少しで、帰ってしまう。今行かなければきっと後悔する。なのに。
ドアが、激しくノックされた。入ってきたのは、レイル。
「殿下、まだ間に合います。一緒に来て下さい」
「だが・・・」
「だがじゃありません。・・・昨日サクリは家に帰ってきてから部屋に閉じこもって泣いてました。だから、一言だけでも声をかけてください」
テセウスは数秒悩んだ末、立ち上がった。
リィの家に行くと、今まさに転移しようとしているところだった。
「サクリ!」
「何で、来たの。昨日、挨拶したのに・・・」
息を吸い、
「余は、そなたが帰ってくることをいつまでも待っている」
「───」
「いつでも、来たいときに来るがよい」
サクリの唇が、孤を描く。
「テセウスらしいね」
普段と、変わらない声で。
「であろう?」
「行って来ます!」
それが、テセウスの言葉への返事。
テセウスも───
「気をつけて、行って参れ」
無理矢理ではなく、自然に笑って。
蝋燭の火がふっと消えるようにサクリは瞬間移動した。
数日後、心ここにあらずなテセウスを心配したリィとともにサクリの様子を見に行くと、なんとお見合いの最中だった。
まさか、サクリは───
「私には、好きな人がいるの」
「その人は、ちょっと騒がしくて、突然いなくなって、迷惑かけてて。でも、いてほしいときにそばにいてくれて、言ってほしい言葉を言ってくれるの」
「村に帰ってくる前にね、待ってるって。───私はそれにこたえたい。その人───テセウスとずっと一緒にいたい」
サクリはテセウスの目だけを見つめている。
「私は村人。あなたは第五王子。住む世界が違うのは分かってる。それでも」
「あなたと同じ道を、歩いていきたいって、心から思うの。だから、私と」
「私と・・・結婚してください」
「余で・・・いいのか?」
震える唇から、言葉がこぼれた。
「テセウスじゃなきゃ、嫌なの」
全身を駆け抜ける衝動に任せ、サクリの唇を奪う。
口は塞がっているから、心の中で。
───余は、サクリを愛している。
「・・・セウス?テセウスってば!」
肩を揺すられ、目が覚めた。
サクリを膝に乗せたまま、眠っていたようだ。
「サクリ」
「───?」
「愛している」
夢の中の言葉を、現実で呟く。
サクリはいきなりの愛の言葉にぽっと顔を真っ赤にし───
「私も、テセウスのこと、愛してる」
サクリの体を、後ろから抱きしめて。
部屋にいた侍女達は姿を消していた。
彼女達の気遣いに感謝する。
───開いた窓から風が吹き込み、髪の毛を揺らしていった。
この話は~寝坊した日~、~覚悟~、~I will see you around~、~婚約~の内容をテセウス目線で書いたものです。




