~Not Alone~
1
「あれ・・・?ねぇ、誰かエイス見てない・・・?」
「見てないけど・・・もうそろそろ時間なのに、珍しいな」
聞くと誰も見ていないという。
「騎士長、ちょっといいですか」
ロートと共に控室を出る。
廊下の壁に背をあずけ、ロートに話を促した。
「実は・・・昨日のエイスの目が、気になってまして」
「目?」
リィはロートの話を聞くと、眉をよせた。しばらく俯いて考えると、顔を上げる。
「確かに、それは気になるわね。・・・ロート、エイスの家分かる?」
「エイスは宿舎にいるのがほとんどです。奥さんもいますが、今は離れて暮らしているみたいですよ」
リィは頷き、控室のドアを開けて、
「ごめん!エイスの様子みてくる!昨日の今日で悪いけど、お願い!」
「分かりました!・・・イリス様は⁉」
「魔力を操る練習をするようにと伝えて!なるべく早く戻るから!」
そう言って走り去っていくリィとロートの姿を見て、騎士達は思った。
・・・ああ、すぐには帰ってこないな、と。
2
エイスの部屋は宿舎の奥だった。
コンコンとノックしても返事はない。
「エイス、いるの?入るわよ」
ドアノブをひねるがカギがかかっていて開かない。リィは目を瞑り───
ガチン、と音をたててドアが開いた。
「えっどうやったんですかそれ」
「イメージ力」
この場は追求しないことにして、部屋の中に入る。
部屋の中は無人に見えた。だがすぐに棚の陰に薄青の髪を見つけた。
「エイス」
エイスの目がリィを見る。
「・・・ろ」
「エイス・・・?」
「・・・めろ・・・やめてくれ・・・」
エイスの目は確かにリィに向けられているのに、彼はどこか別の場所を見ているようにみえた。
「なんでみんな・・・俺を、おいて・・・っ・・・なんで」
「エイス‼」
リィはエイスの頬を両手で挟み込み、彼の目をのぞき込む。
ずれていた焦点が合い、エイスは掠れた声を絞り出した。
「騎士・・・長?」
3
「それで・・・説明、できそう?」
エイスが落ち着いたのを見て、リィが声をかけた。エイスはびくりと体を震わせ、話し始める。
「俺は・・・他者の過去を見ることができる」
「他者の・・・過去を?」
「見るというよりは、追体験に近い」
エイスが言うには、普段はなんともないのに突然他者の映像に意識を奪われるらしい。そのときは自分が『エイス』ではなくなり、記憶の持ち主になる。
追体験。
記憶として流れ込んでくるわけではなく、視覚・聴覚・嗅覚など、全てあるのだという。
「エイス。辛いかもしれないけど、聞いていい?」
「───」
「あなたは、誰の過去を追体験したの?」
エイスの視線が、リィからそれる。
「・・・ロート」
4
ロートは、衝撃を受けていた。
あの場面をエイスは追体験したというのか。
あの哀しみを、後悔を、怒りを、エイスは同じように味わったというのか。
隣のリィも同じ考えにたどり着いたらしく、微かに肩を震わせている。
草が生い茂り、人の気配のない村が、否応なしに思い出されて───
再び、エイスの瞳が焦点を失った。
リィはぱちんとエイスの頬を張って『エイス』に戻すと、
「もしかして」
「近くにいる誰かが過去を思い出すと、それを追体験、しているの・・・?」
5
重い沈黙が空間を支配していた。
「エイス。・・・やってみたいことがあるの」
リィは目を伏せ───
エイスの目がうつろになり、過去を体験しているのが分かる。
「騎士長?何を・・・」
「まあ、見てて」
エイスは森を歩いている。いや、俺は───『私』だ。
私は兄と並んで森を歩き、花を見つけてつい結界を出てしまった。
魔獣が私に襲いかかる寸前、兄がかわりに牙を受けた。
「何で・・・何でよ・・・」
「私の・・・私のせいだ」
場面がとぶ。
「ごめん・・・ごめんね・・・あともう少し早く手を伸ばしていれば・・・」
「守れなくて・・・私が弱いせいで、ごめんなさい・・・」
「また・・・助けられなかった。あれだけ繰り返して、まだ、私は・・・っ」
後悔の、謝罪の、自己嫌悪の、声が。
延々と零れ続ける。
どこから?
自分の、口から。
もう、見たくない。
救えなかったものの広がるこの光景を、見たくない。
見たくない。聞きたくない。嗅ぎたくない。感じたくない。知りたくない───
温かい感覚に、包まれた。
「リピア」
アルクスの体。
手を、握られた。
私の父と母。
背を、撫でられた。
「リィ」
私の母。
サクリ、ルッカ。
テセウス。
騎士団の皆。
イリス。
リュナ。
そして、レイル。
「あなたは、ひとりじゃない」
「───」
「寄り添ってくれる人がいる」
恐怖ではなく、温もりを持って。
『私』は───『俺』へと、帰還した。
「エイス?大丈夫?」
「大丈夫」
目を閉じ、温もりを思い出す。
この温もりがある限り。
どんなに辛く、苦しい過去を見ても、もう怯えない。
だって、俺には頼れる仲間がいるのだから。
ひとりじゃないと、言われたばかりなのだから。
まっすぐリィを見て、言った。
「俺は、大丈夫だよ」
6
「あっ騎士長!エイスも!」
「何で俺は呼ばないんだ・・・」
ロートがぼやくが誰も聞いていない。かわいそうな奴め。
それはともかく、エイスは皆の前に立つと、
「・・・迷惑かけて、悪かった」
「───」
「それと、俺は弱い。だから・・・頼って、いいか・・・?」
「何を言ってるんだよエイス。俺達は、仲間だろ?」
ヴェールがエイスの肩に手をのせ、言った。
エイスは顔を泣き出す寸前のようにくしゃりと歪めると、頭を下げて、
「あり、がとう・・・本当に・・・」
俺は、ひとりじゃない。だから、前を向ける。
過去なんて思い返す暇なんかないぐらい、楽しい未来を、俺は仲間と歩むのだ。
雲の間から光が差し込み、皆の顔を照らしていった。




