~絶望した目~
風が頬をなで、リィは息をついた。
初夏の訓練場は蒸し暑い。窓もあることはあるのだが、風が入ってこない。さすがにそんなところでイリスに魔法など教えられないので、風魔法で空気を入れ替えた。これで少しはいいだろう。
風属性を持つ騎士達が壁際に下がるのを見て、リィは声を発した。
「イリス、まずは右手に魔力を集めて。軽くでいいわ」
イリスが目を閉じるとすぐに右手が淡い虹色に包まれる。
イリスは集めた魔力をリィの指示に従って変化させてゆく。
彼女の手から放たれた人の顔程の虹の球が訓練場の土を深く抉った。
「っ・・・はぁっ・・・」
多くの魔力を使ったイリスがふらりとよろめく。リィはかけよるとその肩を支えた。壁際のベンチに座らせ、回復魔法をかける。失った魔力は戻らないが、疲れはとれるだろう。
「イリスはもっと魔力量を調整しないと、すぐに魔力切れになるわ」
俯いてしまったイリスを励まそうと、言葉を続ける。
「でも、集中力と想像力はとても良い。最初は誰だって上手くいかない。私だってそう」
「リィさんも・・・?」
「うん。私───リピアは魔力量なんて知らなかったから、山の中で魔法を連射して、そのまま倒れて」
騎士達がうんうんと頷いている。
「あの・・・もしよければ、皆さんが始めて魔法を使ったときのこと、教えていただけませんか・・・?」
最初に口を開いたのはレイル。
「僕は森で剣を練習してたんだ。舞い上がった葉を斬るっていうことをやってて・・・何だよ、その目」
騎士達が呆れたような目で見ている。レイルがかわいそうだったので、
「大丈夫。私もやってた」
なんとも言えない沈黙。
「・・・まあ、とにかく。風が強いときは落ち葉が手の届かないところに飛んでいって、練習にならなかったんだ。で、風がやめばいいのにって思ったら、風が本当にやんだ。よく見ると、自分のまわり半径五メートルぐらいが緑色の膜でおおわれてた」
順番に話をしていき、残ったのはロートとエイス。
ロートはゆっくりと口を開いた。
「俺の場合は、怒りや後悔ですね」
リィははっとロートを見る。他の皆はロートの過去を知らないので、リィの反応に不思議そうな顔をしている。
「ロート・・・」
囁くと、ロートはこちらを見た。
「心配してくれて、ありがとうございます、騎士長。でも、もう大丈夫です」
「今まで俺は、どこか自分を演じてきていました。この痛みを悟られないように」
ロートは自身の胸に触れ、
「引き裂かれるような痛みはまだ残ってる。でも、過去を悔やみ、偽りの笑みを浮かべながら生きることはやめたんです」
まっすぐリィの瞳を見つめて、ロートは言った。
「それを教えてくれたのは、騎士長です」
「───」
「あなたが寄り添ってくれたから、俺はそう思うことができた。だから、大丈夫。───皆、聞いてください」
ロートは皆に話した。己の抱え続けてきた後悔を。
「・・・俺はしばらく、隣村で過ごしました。毎日のように林でうずくまって、何度も何度も無人の村を思い出して。───強くなりたいって思いました。そのとき、手に暖かい感覚が生まれて、それを解き放った。これが始まりです」
ロートが口を閉じても誰も言葉を発しなかった。静寂を破ったのは・・・
「・・・騎士長。騎士長って結構涙もろいですよね」
「っ・・・!だ、だって・・・」
「まあ、今回は騎士長だけじゃないみたいですけど」
ロートの視線の先は・・・イリス。
彼女は瞳を潤ませ、涙をこぼさぬよう目元を押さえている。
「イリス・・・っ」
「リィさん・・・!」
抱き合って泣き始めた二人を放置して、ロートは騎士達に向きなおった。
「ロート」
ヴェールが名前を呼んだ。
「なん───」
「とりゃっ!」
ヴェールがいきなり突き出した拳を腹で受け、ロートはずずっとさがった。痛みより先に衝撃がきて、片膝をつく。
「い、いきなり、何を───」
「いや、なんとなく」
それだけ言うと、ヴェールは背をむけた。
だが、ロートは見た。
彼の目元が僅かに赤くなっているのを。
レイルが手を差し伸べてくれて、その手につかまって立ち上がる。
リィとイリスのほうを見ると、泣き疲れた二人は壁によりかかって眠っていた。
「今日は、リィもイリスも、訓練できなそうだな」
レイルは優しくリィを抱え上げると、騎士達を見て、
「誰かイリスを部屋まで運んでくれないか」
「俺が、運びます」
「いいのか、ロート?」
「はい。イリス様を泣かせてしまったのは俺ですから」
レイルは頷くと、先に訓練場を出ていった。
眠るイリスを起こさぬよう抱いて、客室へ向かう。
ドアを開けると、悲鳴が上がった。
「イリス様⁉」
「泣き疲れて眠っているだけです。───ベッドにお運びしたいのですが」
「こちらにどうぞ」
イリスを優しくベッドに寝かせると、侍女が布団をかけた。
「騎士様、ありがとうございました」
「俺はロートといいます。あなたのお名前は?」
「メイ、と申します」
「メイさんか」
「あ、あの、ここにいる間、よろしくお願いいたします!」
「ええ、こちらこそ」
メイはにこりと笑い、ドアを開けた。
訓練場に戻り、魔力を練るがメイと名乗る侍女の笑顔がちらついて離れない。
首をぶんぶんと振り、再度集中しようとしたとき、視界の端にエイスの姿をとらえた。
エイスの目に息をのむ。
そういえばさっきエイスは話をしなかった。皆忘れているが・・・
何故かはわからない。ただ、気になった。
だって、あの目は・・・
ロートが家族を失ってすぐの頃の、目と同じ。
大切なものを亡くし、何もできなかった己をひたすらに責め、悔やんでいた頃、毎日鏡で見ていた瞳。
───絶望した、目だった。




