~婚約~
1
「サクリ、話があるの」
母にそう言われたとき、サクリは物凄く嫌な予感がした。
「村長の息子の、ダングスさんが」
「あなたと結婚したいって」
2
結局、サクリはそれを断れずにお見合いをすることになった。母は私がここにいることを望んでいる。母の思いを、否定などできなかった。
お見合いは、サクリの家で行われた。
ダングスはサクリよりも十歳年上で、
「僕の名前の意味は、『空』なんです」
彼は自分のことをひたすら話し続けた。サクリは顔に笑顔をはりつけて頷くだけ。
空だ、と思った。
ダングスの言葉も、話も、行動も、何もかもが空虚。
彼は村長の息子として、ずっともてはやされてきたのだろう。その結果空っぽの自信が出来上がった。
王都に行く前のサクリなら、何も思わなかったはずだ。
でも───私は、出会ってしまった。
苦しいとき、辛いときにそばで寄り添ってくれる存在に、出会ってしまった。
彼の、心に響く言葉が。
待っているという言葉が。
私は───
「ダングスさん。あなたとの婚約」
微笑んで、ダングスを見る。彼は顔を輝かせ───
「私は、お受けすることができません」
にっこりと笑って拒否したサクリに、部屋の空気が凍り付いた。
「サクリ、何で・・・」
そのとき。
「ただいま───!」
玄関のドアが開く音。
「ほう、ここがリィとサクリの実家か」
もう聞き慣れた声。
自分を送り出してくれた声。
「ああ・・・」
「ただいま・・・って、あっ」
姿を見せたリィが部屋の中を見て固まった。その後ろから───
「テセウス・・・」
「おお、サクリ!息災であったか!」
「で、サクリ。今ってもしかして・・・お見合い?」
「うん」
テセウスが微妙な表情で硬直した。
「うわあっ、ごめん!・・・やっぱり、いきなりくるべきじゃなかった・・・」
「いいの。今、断ったとこだから」
「こ、断った・・・?」
呟くテセウスに頷いて、
「何でって、聞いたよね?」
その理由は、簡単だ。
「───私には、好きな人がいるの」
「───」
「その人は、ちょっと騒がしくて、突然いなくなって、迷惑かけてて。でも、いてほしいときにそばにいてくれて、言ってほしい言葉を言ってくれるの」
「村に帰ってくる前にね、待ってるって。───私はそれにこたえたい。その人───テセウスとずっと一緒にいたい」
テセウスの目だけを見つめて。
「私は村人。あなたは第五王子。住む世界が違うのは分かってる。それでも」
「あなたと同じ道を、歩いていきたいって、心から思うの。だから、私と」
「私と・・・結婚してください」
「余で・・・いいのか?」
「テセウスじゃなきゃ、嫌なの」
テセウスは、満面の笑みを浮かべ、
「余も、サクリでなければ嫌だな」
唇が熱く触れ合った。
二人とも頬を染め、頷き合って。
───ここに、婚約が成立した。
3
意気消沈し、とぼとぼと帰っていったダングスを見送り、サクリ達は座った。
「サクリ」
「あなたを王都から引き戻して、ごめんなさい」
「お母さん?」
「サクリがどう思っていたのか、お母さんは全然分かってなかった・・・」
それから母はテセウスに向きなおると、
「どうか、娘をよろしくお願いたします・・・」
「必ず。必ず」
「サクリを幸せにしてみせる」
4
「ところで、リィは何で帰ってきたの?」
「何でって・・・サクリはどうしてるかなぁって」
「・・・それで来れる距離じゃないと思うんだけど」
「?来れたよ?」
首を傾げるリィに、
「歩いてきたなら、大変だったでしょう」
「いや、歩いてない」
「はい?」
「瞬間移動してきた」
一瞬の沈黙。
「えっ?」
「瞬間移動してきた」
リィの話を聞いた母は、
「何だかもう次元が違うわ・・・テセウス君もそう思うよね?」
「リィはそういう人なのだ、と思っている」
テセウスにそう返され、ため息をついた。
「そう言えば・・・サクリがテセウス君と結婚するなら、名字とかはどうなるの?」
サクリの家は普通の村人なので、名字はないのだ。
テセウスは己の胸に触れると、正式に名乗った。
「余はテセウス・フリーデンだ。だから、彼女はサクリ・フリーデンとなる」
「フリーデン・・・さっきからまさかと思ってたけど・・・」
「王子殿下───⁉」
「うん。テセウスはこの国の第五王子だよ」
「リ、リィ!そんなふうに呼び捨てにして・・・!」
「良い。余は親しいものにまで殿下と呼ばれたくないのだ。あなたも、これからはお義母様となる。テセウスと呼んでくれ」
「なら、テセウス君で・・・良い?」
「感謝する」
サクリは立ち上がって、夕飯の準備をするためにキッチンに入った。隣に立つ母が囁いてくる。
「良い方じゃない。テセウス君」
「でしょ?」
二人は笑い、包丁で野菜を刻み始めた。




