~虹の女神~
1
「イリスです。三週間お世話になります」
イリスと名乗る女性はたおやかに微笑んだ。
「イリス様は、リーシア王国の王女です。失礼のないように」
「騎士長の・・・リィさん、ですね?私に様などつけないでください。私は魔法を学びにきただけなのですから。敬語も必要ありませんよ」
「イリス、で良い?」
「ありがとう」
本人が言ったとおり、イリスはフリーデン王国の騎士団に魔法を勉強するために来た。
彼女は生まれつき、属性を一つしか持っていない。彼女の属性は───
『虹』。
十億人に一人しか持たないという、途轍もなく貴重な属性だ。それ故、虹魔法を知る人は少ない。
だが、リィは───リピアは、会ったことがあった。
その話を聞いたイリスが今回訪問してきた、というわけだ。
イリスは光の加減で虹色に見える髪をゆらし、
「レイル。久しぶりですね」
「イリス様、ご健勝にて何よりと存じます」
「あなたは、変わらないわ。堅苦しくしないでとあれほど言っていたのに」
でも、と彼女は言葉を続けた。
「変わったところもある。前は、もっと暗い印象でした」
リィはレイルを見ると、
「・・・同じようなこと、ルイス陛下もおっしゃってたよね」
「・・・ああ」
そんなに変わっただろうか、とレイルは首をひねるが、イリスはころころと笑うばかり。
「ね、レイル。ここにいる間だけでも、イリスと呼んでくれませんか?」
レイルは迷った末、
「・・・イリス」
彼女が浮かべた輝くような笑みはレイルも騎士達も、同性のリィでさえもみとれるほどに美しかった。
2
イリスは数名の侍女と護衛だけでフリーデン王国にやってきていた。
イリスを王城の客室に案内し、今は支度が済むのを扉の外で待っている。彼女は騎士団の宿舎で良いと言ったのだが、他国の王族をあのような場所に泊められるものか。いや、それ以前に男所帯の宿舎になど行かせられないということで全力で拒否した。イリスは残念そうな表情だったが。
ドアが開き、動きやすそうな服装に着替えたイリスが出てきた。おろしていた髪をまとめ、一つに縛っている。期待に頬を上気させたイリスはいくつか幼くなったように見えた。
「これから訓練場に行くわ。ついてきて」
「分かりました!」
あちこち気になって仕方ないのに自分を抑えている姿が可愛い。
訓練場は、騎士達が集まっていた。人払いしようと考えていたが、イリスが「せっかく騎士団にやってきたのだから、騎士達とも交流したい」と言ったため、壁に張りついて見ている。
「まずは、虹魔法をどこまで知ってる?」
「ほとんど知りません。希少な属性ということのみです」
「そう。私の知り合いの虹魔法使いはアルクスという人。・・・『流星』リピアの、唯一の兄」
リィの言葉を聞いた騎士達は息をのんだ。レイルさえも驚愕に目を見開く。
「アルクスは独学で虹魔法を使ってた。それを、全てあなたに伝える。でも、その前に一つだけ」
「───」
「この魔法を誰かを守る為に、助ける為に使うことを誓って」
イリスはまっすぐリィの瞳を見て、
「誓います」
リィはイリスの目をじっと覗き込んでいたが、
「いいわ。まずは、アルクスの過去から・・・」
アルクスとリピアは、仲の良い兄妹だった。アルクスが魔法を編み出すのを、リピアはいつも間近で見、手伝っていた。
「リピアは魔法が安定してるね。凄いなぁ」
「私、お兄ちゃんの虹の魔法好きだよ。綺麗なんだもん。お兄ちゃんなら、きっと騎士にもなれるよ」
「ありがとう、リピア」
ある日、リピアは兄に森に行こうとせがんだ。森の中を歩きながら、二人はいろんな話をした。
「そろそろ、結界があるかな・・・」
「あ!あそこに綺麗なお花咲いてる!」
リピアは叫ぶと、駆け出した。
「リピア!そこは───!」
アルクスの声が聞こえたと同時に、浮遊感を感じて。
結界の外へと、弾き出された。
結界から出るとすぐどうなるというわけではない。リピアは急いで結界の内へ戻ろうと向きを変えて───
視線を、感じた。
赤い目が自分を見ている。
世界がゆっくりと動く。
自分の動きよりも、魔獣が飛びかかってくるスピードのほうが速い。
噛まれる───と思った、次の瞬間。
リピアは服の襟をつかまれ、結界へと投げ飛ばされていた。
体が宙にある中、リピアは手をのばして───
兄に、魔獣が噛みついた。獲物の気配を感じて、魔獣はどんどん集まってくる。アルクスは必死に魔法を連発した。限界をこえて、無理を絞り出して。どうにか魔獣を引き離すと、結界の中に倒れ込んだ。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん‼」
返事はない。意識のない体はぐらぐらと揺れるのみ。アルクスの怪我を直すため魔法を使おうとする。だが、集中できずに治癒魔法は揺らめいて消えてしまう。何度やっても、同じ。
「何で・・・何でよ・・・‼」
その間にも、血は流れ続ける。大好きな、兄の、血液が。
森に、叫び声が響き渡った。
アルクスは命こそ取り留めたものの、魔法が使えない体になっていた。無理矢理魔法を行使し、魔力を作り出す器官が損傷してしまったのだ。兄は常に魔力切れの状態で、動くことはできるが少しの運動で息があがるようになった。
「私が・・・私の、せいだ」
「私のせいなのに・・・肝心なとき、結界の中で震えて・・・魔法も使えなくなって・・・」
「もう二度と繰り返したくない。───強く、なりたい」
この決意を胸にリピアは騎士への道を歩んでいった。
「───なるほど。どのような方法なのかは知りませんが、そのリピアの生まれ変わりがリィなのですね」
イリスは痛ましげに瞳を揺らめかせ、驚くリィに言った。
「何故、それを・・・」
「あなたの顔を見れば分かります。それに、アルクスの話なのに、最終的にはリピアの話になっていましたから」
「あ・・・」
「あなたは、苦労されてきたのですね・・・」
───いたわるように微笑んだイリスは、本物の女神に見えた。
虹色の輝きを纏うイリスと、光を凝縮したかのようなリィ。
『虹の女神』と『流星』が出会った日は、穏やかに過ぎていった。




