~ロートの過去~
1
「サクリちゃんは、村に帰ったんですか?」
ロートの言葉に頷いたリィはすぐに微妙な表情になる。
「・・・なんで『ちゃん』付けなの?」
「呼び捨てもどうかと思いまして」
それにしても、ロートがサクリちゃんと呼ぶのはどうも違和感がつきまとう。
「そういえば、ロートに兄弟はいるの?」
ロートが顔を俯けた。聞かれたくないことを聞いたかと慌て、
「別に、言いたくないなら大丈夫だよ。聞いちゃってごめんね」
リィを見たロートの瞳には、たくさんの感情が浮かんでいた。寂しさ、哀しみ、そして───怒り、だろうか。
「いや、いいんです。・・・話、聞いてもらえますか?」
ロートは、十五歳のころにいろいろなことを知りたい、特別なものを得たいと思い、たったひとりで旅に出た。旅といっても、フリーデン王国の中を巡る旅だ。勝手に家を飛び出してきたので、帰るのは躊躇われた。小さな村で一生を終えたくない。村の皆がしていないことを自分はやったんだと自慢したい。ただそれだけを夢見てロートは見知らぬ土地を歩き続けた。
灼熱の砂地を殆ど裸足で歩き、疲れたら沢に飛び込み仰向けに浮かんで空を眺めた。
白く霞む氷の世界を薄着一枚で彷徨い、真っ暗な空から降ってくる冷たい雫に打たれながら泥の中で眠った。
ある年は晴れが多く、ある年は雨が降り続けた。
そんな旅を五年続けた秋。
ロートは村に戻ってみようと思った。多くの場所を巡り、語るには充分だ。ひょっとしたら自分は死んだと思われてるかもしれない。自分の姿を見たら、きっと驚いて───
村には、雑草がぼうぼうと生い茂っていた。
草をかき分け、奥にすすむ。鋭い葉に腕を切られ、血が滲むが痛みは感じない。ロートの胸元まで伸びた草を千切り、踏みつけにし、その行動だけに集中していたい。考えたくない。知りたくない。気持ちと裏腹に足は前を目指し続ける。
───その足が、止まった。
ロートの家は扉が外れ、中は家具が散乱していた。
棚から落ちて割れた花瓶。倒されたソファー。
ぐちゃぐちゃになったシーツ。真っ白な布についた赤い塗料が、やけにはっきりと見えた。
「ぁ・・・ああああああああ‼」
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。
視界が狭い。己の体が頼りなく、ロートはその場に膝をついた。
頭に手をやり、髪を掻き毟る。布の染みと同じ色の、髪の毛を。
家を出た罰が、これなのか。
村を捨てた罰が、これなのか。
知りたい、自慢したいという欲望の先で。
───ロートは、かけがえのないものを全て失った。
2
声が枯れるまでひたすら絶叫したロートは、無人の村でうずくまっていた。よろよろと立ち上がり、十五年過ごした村を出た。
五年前は期待に輝いていた瞳は光を失い、別人のようになったロートは朦朧とした意識の中隣村へとたどり着いていた。
ロートの故郷の村は、五年前ぐらいに疫病が流行り、隣村の人間も分かったときには獣に食い荒らされた後だったそうだ。
───つまり、ロートが出て行ってすぐ、村の皆は命を落としたのだ。
その場にいても、ロートにできることはなかっただろう。同じように病に倒れていた可能性のほうが高い。
───だが、それでも。
家族が出て行ったロートを心配しながら死を迎えることはなかったはずだ。
家族と親しい人々を亡くした哀しみが、尽きることのない後悔が、何も知らなかった自分への怒りが、もう会えない皆への懺悔が、消えることなくロートを苛む。
「もう、十年たちますけど・・・忘れたことはない。忘れられない」
忘れずに痛みを感じ続けることが、贖罪だと信じて。
自嘲の笑みを浮かべ、
「だから、一緒に遊んだり食事をしたりした兄弟はもういないんです」
この話をきいて、リィはどう思ったのか。
静寂の中、ロートの耳が捉えたのはすすり泣きだった。
「・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・」
「何で騎士長が泣くんですか‼」
「だって・・・ロートに辛いこと思いださせて」
ロートは苦笑すると、ハンカチを取り出してリィの手に握らせた。
ここのところ、騎士長のイメージが変わってばかりだ。最初はもっと冷酷な人なのかと思っていた。実際は、優しいどこにでもいそうな少女だが。
「ありがとう。俺のことでそこまで泣いてくれて」
人の痛みが分からない人物なら、騎士長と仰ぎ、ついていこうと思うこともなかっただろう。
次の瞬間、ロートは温もりに包まれていた。
花の香りを感じる。自分より背の低いリィが、ロートを抱き寄せていた。ロートは目を白黒させ、
「あ、あの、騎士長?副騎士長がみたら烈火のごとく怒りそうなんですけど・・・」
「レイルも話せばきっと・・・どうだろう。・・・そんなことはいいの!今はロート!」
リィの温かい手がロートの背を撫でる。
優しくさすられているうち、ロートは自分の目に涙が滲んでいることに気付いた。
誰かに自分から話すことなく、涙すら流せない凍りついた時間が、優しさで溶かされてゆく。
ロートは長いこと、リィの慰撫に身を委ねていた。




