~覚悟~
1
───その日は、例によってテセウスが騎士控室にやってきていた。最初の頃は侍女達も止めたらしいが、やめないテセウスに折れたと聞いた。
「ねぇ、サクリ。サクリの魔力の属性は何なの?」
ふと思いついてサクリに声をかける。サクリもしょっちゅう来るようになった。リュナもひとりで家にいられるようになったのもある。
「えっと、火と陽と陰だよ」
部屋がしーんと静まり返った。
「え?」
一人サクリだけが首を傾げている。
本来、一人のもつ魔力の属性は二つのみだ。火、水、風、土の中から一つ、陽と陰から一つ。火と陽を持っていれば炎を作り出せ、火と陰を持っていれば氷を作り出せるといった仕組みになっている。
───それを、三つ持っているとは。
「サクリの魔力量が半端じゃないのはそのせいなのか・・・」
「あのね、お姉ちゃん」
「私も、騎士になりたい」
2
控室には、サクリの声だけが流れる。
「私、魔獣の事件があってから、一人で魔法練習したの。氷の矢も放てるようになったんだよ」
「魔法上手になったから、騎士になってお姉ちゃんと一緒の場所に立ちたいの」
「サクリ」
リィが優しくサクリの名を呼んだ。
認めてもらえる。そう思って、サクリは顔を上げた。
リィも真っ直ぐサクリを見て───
「氷の矢を私に向かって撃ちなさい」
「・・・え?」
「あなたがもし、騎士になりたいのなら、私を狙って撃ちなさい」
「そんな・・・こと、出来ない・・・!」
「なら、諦めることね」
「いや・・・嫌・・・‼」
ガタガタと震えるサクリに、リィは───
「撃ちなさい‼」
───次の瞬間、サクリは無我夢中で魔法を放っていた。
3
荒い息をはき、おそるおそる、前を向く。
───リィの左肩に、氷の矢が深々と刺さっていた。
「ひっ・・・ぁぁ・・・」
氷は室温で溶け、リィのワンピースがみるみるうちに赤く染まっていった。
胸を、突き刺されたような痛みがはしる。
「───技術が、あるだけでは、騎士になれない。憧れだけじゃ、やっていけない」
「魔法は・・・騎士は、守るためのものであると同時に・・・傷つけるものでもある」
「人を傷つける痛みを、刻み込みなさい。そして、よく考えて」
「───あなたに、命あるものを傷つける覚悟があるのかを」
サクリは後ずさりすると、ドアを開け、その場から逃げ出した。
サクリの姿が見えなくなると、リィは全身から力が抜け、崩れ落ちた。
4
サクリは王城の庭園に座り込んでいた。
大切な、大好きな、姉を傷つけた。
先程から突き刺すような胸の痛みが消えてくれない。
姉は大丈夫だろうか。平然としているように見えたけれど、あれほどの傷で平気なわけがない。
なんで、姉に向かって魔法を放ってしまったのだろうか。
自分にとって、騎士になることは姉より大事なのか。
姉が心配で、不安で、自己嫌悪に押しつぶされそうで。
どれくらい時間がたったのだろう。
草を踏む音が聞こえた。
「サクリ」
「・・・テセウス」
テセウスはサクリの横に腰をおろした。侍女達が見たら目を剥きそうな光景だが、幸いここにはサクリとテセウスの二人しかいない。
「・・・お姉、ちゃんは」
強張った口を動かし、掠れた声を絞り出す。
「血は止まった。完全に癒すことは魔力が足りないらしいがな。・・・今は眠っているはずだ」
素直に喜べない。リィを傷つけたのは他でもない、自分なのだ。
「私・・・私は・・・」
「───リィは別に、そなたが騎士になるのに反対しているわけではない」
「騎士は、常に死と隣り合わせの状況で戦う」
「───」
「命のやり取りの最中に躊躇っていては容易く死んでしまう。その道に踏み込む覚悟を、リィは体を張って、試そうとしたのだ」
「大切な妹であるそなたを、死なせないために試そうとしたのだ」
ぽたぽたと、雫が抱えた膝に落ちた。
頬を伝う涙は勢いを増し、顔を覆う。
温かい感覚が背を撫でる。
サクリが泣き止むまで、テセウスは背をなで続けていた。
5
リィは、王城の医務室に寝かされていた。肩には痛々しく包帯が巻かれている。
サクリはリィに近付くと、肩に手をかざした。
温かな光が薄暗い部屋を照らし、傷を癒していく。
リィが、うっすらと目を開けた。
「サクリ・・・」
「お姉ちゃん、ごめんなさい。・・・私は、騎士になれないよ」
「───」
「もう、誰も傷つけたくないから」
リィは微笑むと、
「サクリの力を、守ることに使うのはどうかな?」
「守る、こと?」
「傷ついた人を癒す、治癒術師とか」
「サクリが考えて、覚悟を決めて、やりたいと思うことをやればいいよ」
この日、サクリの中で何かが変わった。
───私は、お姉ちゃんとは別の道を覚悟を持って歩む。
目の前に、道がひらけてきたように感じた。




