~寝坊した日~
1
鳥の声が聞こえた。
自分のものではない温もりに包まれている。
眠りの波から意識が浮上してきて、リィはゆっくりと目を開けた。すぐそばに、幼い少女の寝顔。クリーム色の髪が朝日に当たり輝いている。肌は透けそうなくらい白く、儚い印象を与える。
昨日出会った少女リュナは、リィにぴったりくっついて、穏やかな寝息をたてていた。
起き上がろうとするが、リュナの細い腕がのび、リィの服の袖をきゅっと掴んだ。
───可愛い。
起きたときに誰もいないとリュナも不安だろう。
そう言いきかせて、リィは枕に頭をつけ、体の力を抜いた。
2
「騎士長と副騎士長・・・遅刻してくるなんて初じゃないですか・・・」
ロートがため息をつきながら言った。
結局、いつまでたっても起きてこないリィとレイルを不審に思ったサクリが部屋にやってきて、時刻を確認して大騒ぎになった。
そもそもレイルは朝が苦手で、いつもリィに起こされているのだ。二度寝してしまったリィと、起こされなかったため眠り続けたレイル。このままでは毎日遅刻してしまう。夜までに解決策を考えようと決め、瞬間移動で王城へつき、ロートの一言だ。
「う・・・ごめんなさい」
しょんぼりしたリィとレイルを交互に見て、ロートが吹き出した。
「あの少女はどうですか?」
「リュナは───あの女の子の名前なんだけど───暗闇に一人でいるのを嫌がって。・・・まあ私が遅れた理由にも関係あるんだけどね」
レイルが「えっちょっと待って僕は?」とでも言いたそうな顔をしているが無視。
「それ以外は楽しそうにしてくれてる。とは言っても、まだ半日くらいしか一緒にいないから」
さすがに職場まで連れてくるわけにはいかないので、リュナのことはサクリに頼んである。
サクリがいるうちはいいが、ずっとは無理だろう。こちらも早急に考えねばならない。
それに───本音を言えば、ずっとリュナのそばについていたいのだ。
3
午前の修練が終わり、控室に戻ったリィは騎士長専用の椅子に腰をおろした。鞄を開けると───何も、ない。空っぽである。
「しまった・・・お弁当、作ってなかった・・・」
隣のレイルを見やる。彼は疲れた表情で同じように鞄を開け───絶句した。
二人同時に顔を見合わせ、ため息をついたその時。
控室のドアがノックされた。ガチャリとドアが開き、立っていたのはエイスとサクリ、そして───リュナ。
騎士達が沈黙している。
リュナはとことこと近付いてくると、布の包み───お弁当を、リィとレイルに差し出した。
「はい、おべんとう!」
4
「お姉ちゃんお弁当作ってすらなかったでしょ?リュナも作るの手伝ってくれたんだよね?」
「うん!」
「すごい、美味しい!ありがと、サクリもリュナも」
騎士の男連中が羨ましそうな目で見ている。
「「「いいなぁ・・・」」」
騎士団のほとんどが独身者だ。弁当は自分で作っている人が多い。
「羨ましい・・・なぁエイス?」
「既婚者」
エイスが自分を指差して言った。
「「「なんでだああああ!」」」
男達の悲しい叫びが響き渡る。
声にびくりとしたリュナは、目を見開くと、首をかしげた。
「何を騒いでいるのだ?」
新たな声。
「テセウス・・・こんなに頻繁に来ていいの?」
「どこに行くわけでもない。同じ王城だからな。それに」
「それに?」
「そなたら騎士が守ってくれるのだろう?」
「・・・だと思った」
「守ると言っても、命まではかけるなよ?『全て救う』中にはそなたらもいないとな!」
いつもの調子で、テセウスが言う。
だが、ふざけた話し方とは裏腹に、それが真剣な思いであることをリィとレイル、騎士達は悟った。
「で?何の話をしていたのだ?」
「いえ、そんな・・・大したことでは」
ロートが遠慮しようとするが、
「言ってみよ」
と言われ、口を開いた。
「・・・誰かに弁当を作ってもらえる騎士長と副騎士長が羨ましいなと」
テセウスは無言でロートの顔を見つめている。何かいけないことを言っただろうか、と冷や汗をかくロートにテセウスは───
「分かる!分かるぞその気持ち!」
「はえ?」
「余は弁当が必要なことがあまりないが・・・でも分かるのだ!」
「分かりますか!殿下!」
騎士達は、第五王子であるテセウスにそこまで気をつかわなくて良いと察しただろう。
・・・新たな絆が生まれた瞬間だった。
騎士達とひとしきり喋ったテセウスは、帰る前にサクリに目をとめた。
「テセウス?」
王子を知らないリュナが無垢な瞳でまっすぐテセウスを見つめる。会話の様子から相手が王族だと理解したサクリが慌てて頭を下げる。
「テセウス、どうしたの?」
「あ、ああ、いや」
「畏まる必要はない。───そなたは、リィの妹だな」
「・・・っ⁉」
テセウスにはサクリが妹だと伝えていない。
髪の色も金色と茶色で違い、何故分かったのか───
「気付いていないのが不思議だが、二人とも、顔立ちが似ている。分かるだろう。・・・名は、何というのだ?」
「サクリ、です」
「そうか。良い名だな。・・・サクリ、余のことはテセウスと呼んでくれ。呼び捨てで良い」
「そんな!畏れ多くて・・・!」
「───これは命令だ、サクリ。敬語も無しにしてほしいのだがな」
サクリは僅かに頬を染め、
「分かり・・・分かった、テセウス」
テセウスは少し驚いたように目を見開き、笑った。
───花瓶に生けられたヒナゲシの花が風に吹かれ、揺れた。




