~月~
1
ゆっくりと、目をあける。ずっと閉じていた目に、朝の光が───さしこまない。
目をつぶっていても開けていても変わらない暗闇。
───怖い。
冷たい石の上で体を丸める。
自分はいったい誰で、年はいくつで、誕生日はいつなのか。
それすらも、分からなくなっていた・・・。
2
リィとレイルは王都を巡回していた。別にデートではない。仕事だ。ちゃんと仕事をしているのだ。
「わぁ・・・綺麗なアクセサリー・・・」
「すみません!これ一つください!」
「レイル⁉」
「はい、プレゼント」
「ありがとう・・・レイル」
「あっレイル!あの飲み物、おいしそう!」
「ちょっと休憩にする?」
このように仕事をしている・・・つもりだ。
ふと、路地から誰かが様子を伺っているのが見えた。よく見ると、まだ小さな女の子だ。七、八歳くらいだろうか。女の子はリィが見ているのに気付くと壁に隠れてしまった。
リィは顔を向けないようにしながら、路地のほうを視界の端にとらえ、甘酸っぱい飲み物を口に含んだ。次の瞬間、女の子が男に腕を掴まれ、路地から引きずりだされたのが見えた。女の子の目には大粒の涙がたまっており、傍から見れば言うことを聞かない子をつれて帰ろうとする親に見える。それだけならリィも気になりはしても、行動を起こそうとは思わなかっただろう。
男に引きずられ、必死に抵抗する女の子が、リィを見て、こちらに手をのばした。
見ず知らずの他人であるリィに、縋るように。
それを見たリィはあらゆる考えをかなぐり捨て、数メートルの距離を一気に駆け抜け、男の前腕を掴んだ。
「何をしているの」
女の子が驚いたようにリィを見ている。彼女に微笑みかけてから、リィは男を睨んだ。
「俺は自分の娘を連れ帰ろうとしているだけだ。早く帰って、皆でお昼を食べないとな」
「うそ・・・みんなでおひるたべたこと、いっかいもないのに・・・!」
女の子が激しく首を振った。男は凄まじい形相で女の子を睨みつけると、リィに掴まれていないほうの手を振りかぶり、女の子を殴る───
寸前で、リィの反対の手が押さえていた。
「あなたに虐待の容疑がある。ついてきてもらうわよ」
「は、なしやがれ・・・!そんなこと騎士以外にできねぇだろ!ただの女が、何偉そうなこと言ってんだよ!」
「騎士以外にできない、って言ったよね」
「ああ、言ったぜ!だからお前は何も・・・」
「私が、騎士だったら?」
男はあり得ないと笑う。その眼前に服の下からとりだしたペンダントを突き出す。
革紐に、星をモチーフにしたメダルがとおしてある。
───騎士だけが持つことを許される、騎士の証だ。
固唾をのんで見守っていた群衆からどよめきが起こった。男も唖然として、血の気を失っている。
「ついてきて、くれるよね?」
リィとレイルは茫然自失の男と、女の子をつれて王城に戻った。
3
その後の騎士団の調べで、男が女の子を虐待し、地下に閉じ込めていたことが発覚した。女の子は男の隙を見て逃げだし、追いかけてきた男に連れ戻されそうになっていたところをリィが助けた、ということらしい。
女の子に男以外の保護者は居らず、彼女がよければリィとレイルの家にいてもらうことになった。
「私の名前は、リィって言うの。あなたの、お名前は?」
「わかんない・・・」
「そっか・・・」
暫くの沈黙のあと、
「お姉ちゃんのお家に来ない?」
女の子は顔を上げると、おそるおそる、
「・・・いいの?」
「いいよ」
「ありがとう、リィおねえちゃん」
初めて見る、満面の笑みだった。
4
リィは女の子と二人で家に帰ってきた。レイルは仕事があるため、まだ王城である。
パタパタと音がして、サクリが姿を見せた。
「お帰りなさい、早かったね・・・って、どうしたのその子?」
「後で説明するけど、訳あって家に居させることになったの」
サクリは優しく微笑み、
「私はサクリ。よろしくね」
女の子を風呂場に連れて行き、髪と体を洗う。汚れを落とすと、やわらかなクリーム色の髪が露わになった。肌は病的なまでに白く、外に出ていなかったという事実をまざまざと感じた。
「髪の毛、凄い綺麗だね。月みたい・・・。そうだ!」
「あなたのこと、月って呼んでもいい?」
「うん」
女の子───リュナは、コクリと頷いた。
「二階に空き部屋があるから、そこをリュナの部屋にしていいよ」
家の中のどこになにがあるのかを説明し、空き部屋に入る。使っていないだけで、掃除はちゃんとしているのでホコリなどは見当たらない。
窓をあけ、景色を見たリュナが「わぁ」と歓声をあげた。
物置からこれまた使っていないテーブルやベッド、ソファーをはこんできて、部屋に入れた。魔法で自由に配置するリィをリュナは目を輝かせて見ていた。
あっという間に配置が終わり、リュナはベッドに寝転がった。すぐに寝息をたてはじめる。
慣れていない外でいろいろあって、疲れていたのだろう。リィは部屋の外に出ると、音を立てないようにドアを閉めた。
リビングに行き、サクリに説明をする。サクリは男に対する怒りを露わにし、その上でリュナを家にいさせることに納得した。
日が沈む頃、レイルが帰ってきた。彼も交えてリュナについて話す。
やがて夜中になり、寝るために立ち上がったその時。
「リュナ?」
声をかけると、リュナはこちらに歩いてきて、
「おきたら、くらくて・・・だれもいなくて、こわかったの・・・!」
そう言って涙をぽろぽろとこぼした。
リィはリュナにあわせてかがむと、彼女を抱き締めた。
リュナがずっと暗闇に一人で閉じ込められていたという話を聞いていたはずなのに、すっかり頭からぬけていて、怖い思いをさせてしまった。
「リュナ。お姉ちゃんと一緒に寝る?」
リュナは顔をリィに押しつけたまま頷いた。
リュナと同じベッドで横になり、リィは考えていた。
リュナが、笑って過ごせるようにしたい。
もう、彼女を手放す気なんて微塵もないのだ。
リュナが望んでここから出て行くまで、彼女の家であるために。
月が、明るく輝き続けるために。
(頑張ろう)
心の中で、誓った。




