~『騎士』のあり方~
1
「どうしたんですか、副騎士長。元気ないですよ」
「ああ、ちょっとな・・・」
そう言って、レイルは何度目ともしれないため息をつくのだった。
2
───事の始まりは、リィの一言だった。
「私、明日から三日間テセウスの護衛でリーシア王国に行ってくるね」
「えっ・・・。護衛は一人、か?」
「うん。レイルは今日夜勤でしょ?だから、テセウスが───」
「一人で行って、何かあったらどうするんだ」
「身を呈して、殿下を守るわ」
リィが毅然と言った。
「違う、殿下じゃなくて・・・」
「何かあったとき、殿下のほかに誰を守るの?」
「───」
「騎士は、王族を守る。そのために、命を捨てる覚悟をしなきゃいけない。───それが無理なら、騎士などやめた方がいい」
冷酷な目だった。普段の温かみなど全くない。冷気に似た戦慄が背筋を走る。
何も言えないレイルに背を向けると、リィは部屋を出て行った。思い切り閉じられた扉が派手な音をたてる。
───初めて騎士としての、誰かを守る立場の、リィを見た。
そのままリィはリーシア王国に行ってしまった。レイルに、何も言わずに。
夜、一人ベッドに横たわって、暗い天井を見上げた。布団の中、手を伸ばすが何も触れない。
何かに縋りたくて、レイルは枕を抱きしめた。温もりを探すが、命の無い枕は冷たいままだった。
3
「リィ、そなた何かあったのか?申してみよ」
リィの顔を覗き込んだテセウスが言う。いつの間にか俯けていた顔をあげ、リィは苦笑した。
「・・・テセウスには、隠し事できないわね」
レイルとのやり取りをテセウスに話す。
テセウスは目を瞑って聞いていた。
話し終えても、テセウスはしばらく動かなかった。無言の時間が苦しくなってきたころ、ようやく口を開く。
「リィ。そなたの意志は気高く、美しい。───だが」
「余のためにリィが死するなら、余も自らの命を絶とう」
「そんな、そんなことしたら、意味が・・・」
「余にとっては、リィが死ぬことのほうが意味がないことなのだ」
頬を叩かれたようだった。今まで信じてきた『騎士』のあり方が、揺らいだ。
「それはレイルも同じだと思うぞ」
「わ、私・・・私・・・」
いつしか差し込む光がオレンジ色を帯びていた。
「テセウス」
「私・・・帰ったら、レイルと話をしてみる」
4
部屋の扉がノックされる。おそるおそる扉を開けると、リィが俯いて立っていた。
三日ぶりに会うレイルの目の下には濃い隈が出来ていた。全く寝ていないのでは、と思わせるほどに。
「えっと」
「ただ・・・いま」
「───」
「レイル。私・・・っ⁉」
意を決して口を開いたリィはレイルの胸に引き寄せられていた。
「レイ・・・」
「良かった・・・良かった、無事に帰ってきて・・・本当に良かった・・・っ」
「ごめん・・・ごめんなさい・・・心配かけて・・・」
言おうと思っていた言葉も忘れ、リィはただただ謝罪した。
テセウスの言うとおりだった。レイルはリィを心配して、何かあったら、と聞いてきたのだ。それに気付かず、リィは護衛の任についた。
「良いんだ。無事だったから・・・」
不意に、レイルの体重がかかった。顔を上げると、レイルの目は閉じられ、すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえてきた。
最初に感じたとおり、寝てなかったのだろう。リィが無事だったのに安堵して、限界がきたといったところか。寄りかかって寝ているレイルの体を持ち上げると、寝室まで運んだ。
僅かに微笑んだ寝顔。じっと見続けていると、熱いものが頬を伝った。
───今なら、誰にも見られることはない。
リィは眠るレイルの手を握り、声を押し殺して泣いた。泣き続けた。
レイルの手がリィの手を握り返した気がした。
騎士とは、何なのだろう。守りたいものを守るために覚悟をし、自分の命を厭わない。騎士であるにはそれが必要だと信じてきた。
でも───そうではないのなら。
それを知りたい、と思った。
今はまだ分からないけど、いつか分かるようになりたいから。
涙をふき、前を向く。そして、真っ直ぐ進んでいく。
───夜空をかける、ひとすじの流星のように。




