98 レオナの慕情
「それで現段階で秘密の開示は、誰までになさいますか?」
モニカの質問は実に的を射たものだった。元々それを今からモニカに相談する予定だったのだ。五人は取り合えず座席に座り、改めて相談を始めた。
「そのことでシルヴィンと意見が食い違ってな。将軍連中に関しては打ち明けるべきだと意見が一致したんだが、問題はフィリップなんだ。私とアルファ様は是非仲間に入れたかったんだがな」
「フィリップはまだ子供だ。重要な秘密を守れるとは思わん。それと一番気掛かりなのはレオナのことだ」
「レオナ?」
シルヴィンから予想外の人物の名が出て、アールファレムは目をぱちくりとさせた。
「確かに閣下のおっしゃることはもっともです。フィリップ本人なら心配はいりません。あの子は聡い子ですから、陛下の為なら秘密を守るでしょう。ですが仲の良いレオナやブルーノに対して、偽り続けるのは本人の負担になるでしょう。わたくしは現時点でレオナ達への開示は避けるべきだと思います」
レオナがアールファレムに淡い恋心を抱いているのは、周知の事実である。アールファレムは一時の熱病と放置していたのだが、こうなればレオナは極めて危険人物となる。何せレオナは宮殿で登用された経緯からして目立っていた。更にブルーノやフィリップと一緒に行動することが多い為に、特別視されることが多い。本人が勤勉で控え目な為にあまり面と向かって言われることはないが、少からぬやっかみが寄せられていることをモニカも憂いていた。
ルーヴェルは考え事をしながら右手の人差し指で机の上をこつこつと叩いた。軽い力だったので音もたたなかったが、最後に手のひら全体で強く机を叩いた。
「レオナか……。確かにな。大人しいが、恋する乙女は何を仕出かすか分からんからな。何か手を打つか」
「女相手にあまり手荒な真似はするなよ」
ルーヴェルの呟きに不穏なものを感じ取ったシルヴィンが釘を刺したが、ルーヴェルは笑うだけで言明は避けた。ルーヴェルの笑顔は皆の不安をあおるだけだった。いざとなれば何を仕出かすか分からないのはレオナ以上で、たちの悪さは比するまでもない。
「ルーヴェル閣下。レオナの年齢を考慮なさって下さいませ」
モニカは軽く牽制したが、もっと恐ろしいことを心配しているのが強張った顔から窺えた。
「分かっている。子供に手出しはしないさ。……おいおい皆で睨まないでくれよ。私が酷いことをすると本気で思っているのか?」
おどけてみせても誰一人反応せず、アールファレムまでが不安な素振りをみせているので、ルーヴェルはぽりぽりと頭を掻いた。
「どうも私は信用がないようだな。モニカに任せた方が良さそうだ」
「かしこまりました。多少は傷付くかもしれませんが、やむを得ないでしょう」
アールファレムは口出しはしなかった。いや出来なかったのだ。レオナを宮殿に連れてきたのはいいが、アールファレムはまともに声すら掛けてやれていないのだ。特別扱いをしないように注意していたが、あまりにも無責任ではなかったかと反省していた。
「ということでよろしいですか?」
「えっ? すまない。聞いてなかった。何の話だ?」
既に次の議題に移っていたのだが、アールファレムはレオナのことを考えていたので聞き逃したのだ。
「シャリウス行きにモニカも同行することになったんですよ」
「それは心強いが、それだと留守が不安だな」
率直な感想にルーヴェルが苦虫を噛み潰したような顔になり、モニカが当然とばかりに勝ち誇った。ここにいる面子で残るのはルーヴェルだけになる。暗に頼りないと言われたも同然だった。
「多少不安ではありますが、陛下の御身が最優先でございます。留守はルーヴェル様にお任せ致します」
「ルーヴェル頼んだぞ。かなり手薄になるが、上手くやってくれ」
「問題を起こしそうな人物はむしろシャリウス組です。じぃとライナーだけなら大した事は出来ません」
「誰の事を言っているんだ?」
心外そうにシルヴィンが聞き返したが、ルーヴェルが真面目な顔をしていたので、表情を引き締めた。
「カミーユだ。奴を同行させん訳にはいかんだろう。奴のことだ。絶対に揉め事を起こすぞ」
シルヴィンはカミーユの発言をこの場で打ち明けるべきか迷った。危険性は喚起したいが、アールファレムにあのような内容を聞かせるのは抵抗があった。
「アールファレム様。十分に警戒なさって下さいませ。奴は御身に危害を加えようと画策していたようです。人目を気にして諦めたようですが、油断なりません」
シルヴィンが言い終える前に、バルドは顔色を変えて立ち上がろうとしたが、アールファレムは机を強く叩いて引き留めた。
「手出しはするな! 少なくとも今は駄目だ」
鋭い言葉を放ちバルドを引き留め、不承不承座り直すバルドを見て安心して表情を和らげた。
「今から二人で会うことになっているんだが、どうしたものかな」
「絶対に駄目です!」
「お止めくださいませ!」
アールファレムの呑気な呟きに、ルーヴェルとシルヴィンは被せて反対したが、アールファレムは眉を寄せてゆっくりと首を左右に振った。
「どうやら密書を預かっているらしい。二人きりの時に渡すよう命令されているらしい」
「もっともらしい嘘ですが根拠などまったくありませんな。アルファ様は信用なさるのですか?」
ルーヴェルがここまで辛辣になるのは珍しい。カミーユという男を本気で危険視しているのだろう。一方でアールファレムの警戒が薄いことに苛立ちを覚えていた。
「今の段階で信用はしていない。仕方無いな。ルーヴェル、同席してくれ。シウ達は隣室に控えてくれればいい。しかし忙しいな。イグナーツにも時間をくれと言われているし、既に将軍達も呼び出し済みだしな」
「効率を考えれば将軍が先でしょうな」
ルーヴェルの言う効率が何を指しているのか、シルヴィンは分からなかったが、どうやら胸の晒しのことだと遅れて悟り、顔を赤らめた。アールファレムが目をつむり、考えこんでいるのは、将軍達の反発を恐れているせいだ。
一人一人説明すべきか迷ったのだが、シルヴィンがまとめて行うように進言したのだ。純粋に時間が掛かるのと、一人だと動揺してしまっても、他者がいれば何とか収拾するだろうと予測したからだ。既に気付きながら、沈黙している者が上手く仕切るだろう。
彼等がアールファレムを見限ることはないだろうとルーヴェル、アルスラーダ、シルヴィン三者の意見は一致していた。
イグナーツの用件は間違いなくテオの処分に関する事だろう。アルスラーダ暗殺は未遂で終わったものの、無論重罪である。だが皇帝の従兄弟であるイグナーツからの嘆願となれば、無視は出来ない。正直なところテオのことなど、それほど関心がない。皇帝暗殺ならまだしも補佐官相手で、しかも無傷とあっては当人のアルスラーダですらどうでもよいのだ。イグナーツの取り成し次第では無罪放免もあり得た。
将軍達への告白の後、イグナーツの話を聞くことにして、モニカは将軍を呼びに部屋を退出し、バルドも部屋の外で待機することになった。




