99 告白? 露見?
宮殿の最奥は皇帝居住区であり、近衛による厳重な警備が常時敷かれている。将軍達は無論幾度となく出入りしているが、今回の呼び出しはいつもと様子が違っていた。武術大会が終了して解散しようとしたところ、シルヴィンから後刻、アールファレムの元へ出向くように通達があった。その際、必ず素面でいるようにと厳命されたのだ。
新年を迎えてから、いや昨年末から連日連夜酒宴に明け暮れていたマルクス達は明日から仕事とあって、今日が最後とばかりに張り切っていたのだが、急速に元気を無くしてしまった。
不機嫌そうなアルスラーダに、にやにやするルーヴェル、真面目くさったシルヴィンと三者三様の態度をとっており、将軍達は身構えて呼び出しに応じたのだった。
モニカの案内でアールファレムの元へ向かう一同のなかで、最初に異常に気付いたのはビクトールである。最奥が近付くにつれて、不自然なほど人がいないのだ。夜中ならまだしも、まだ夕方である。入口付近には女官や近衛が大勢いたのだが、アールファレムの部屋辺りには、まったく人通りがなかった。ようやく前方にバルドの姿が見えてきたが、バルド一人のようだ。
「陛下がお待ちでございます」
「……随分大掛かりな人払いだな。いったい何事だ?」
「どうかお急ぎを」
エクムントの質問に答えず、バルドは扉を叩いて将軍達の来訪を中に報せた。室内にはアールファレム、ルーヴェル、それにシルヴィンが立っていて、モニカは扉脇に控え室内に残った。
「お待たせしたようで申し訳ありませ……っ!」
エクムントは頭を下げようとして、途中でアールファレムの胸に気付き、言葉を詰まらせた。
「どうかしたのか?」
ライナーはエクムントとアールファレムを見比べ、そして視線がアールファレムの胸部を一度素通りしたが、違和感を覚え、恐々とその一点に視線を戻し、そのまま固まってしまった。ビクトールは穏やかな笑みを浮かべており、クルトは嬉しそうに鼻の頭を擦った。
マルクスは口をあんぐりと開けて呆然としていたが、暫くしてライナーの背中を何度も叩きながら大声で笑いだした。
「はっはっは! そうじゃったか!」
ライナーは痛みで我に返り、アールファレムの顔を改めてまじまじと見詰めた。アールファレムは姿勢を正し、忠臣達を見渡した。
「私は女でありながら、男の振りをして皆を欺いていたのだ。本当に申し訳ない」
アールファレムが頭を下げると、正面にいたライナーは息を呑んで後退った。クルトはそんなライナーの首の後ろをむんずと掴むと、アールファレムの方へ押しやった。
「まったく情けない。それでガルフォン帝国の将軍とはね」
「俺は……! お前……驚いていないよな。知っていたのか?」
「確信したのは最近だけどね。そんなことより早くしないと、陛下が首を痛めたら大変だよ」
ライナーよりクルトは二つ年下なのだが、言動からは年長者への礼儀など微塵も感じられない。そもそもクルトが礼を尽くすのはアールファレム唯一人。それ以外の人物など敬意を払うつもりはないらしく、上官であるシルヴィンですら例外ではなく、平気で軽口を叩く。ましてライナーなどは言わずもがなであろう。
だがライナーはそんなことを気にするような小さい男ではない。だが今はクルトなどどうでもよかった。ライナーはアールファレムに頭を上げるように頼み込んだ。何故ライナーが皆を代表しているのか疑問に思う余裕がない。
ライナーがあたふたしている間にエクムントはきつく目を瞑り、頭の中を整理していた。エクムントが目を開けるのと同時に、アールファレムが頭を上げた。
主君の瞳に若干の怯えを見てとり、エクムントは背後からライナーを蹴飛ばした。エクムントは唯一の良識派として知られているが、所詮ガルフォン基準である。ライナーのお尻とアールファレムの心の安寧では比べるまでもない。
エクムントの蹴りを受け、ライナーは体を大きく仰け反らせたが、前にいるアールファレムに倒れかかる訳にはいかず、踏ん張ってしのいだ。アールファレムは不安そうな表情を浮かべながらも、弱々しく笑ってしまい、再度真顔に戻して、ライナーの出方を待った。
ライナーはエクムントの手荒い催促で目が覚めたのか、神妙な顔付きになると片膝をついて頭を下げた。
「私は陛下に忠誠を誓いました。陛下が男だから従った訳ではなく、主君として一生を捧げるに価する偉大な御方だと惚れ込んだからであります。女性でありながら、偉業を成し遂げられた陛下に尊敬を深めこそすれ、どうして騙されたと思いましょうか。不肖の身でありますが、これからも変わらず誠心誠意お仕えすることを再度誓約致します」
頭を垂れながら誓約するライナーに倣い、マルクス、ビクトール、エクムント、クルト等も同様に片膝をつき、順に忠義の誓いを立てていった。アールファレムは涙で視界がぼやけ、忠臣達の姿が霞んでよく見えなくなってしまった。彼等の思いに応えてやりたいが、感極まって言葉にならない。
涙もろいマルクスはアールファレムにつられて泣き出した。意外にこういう場に弱いクルトも涙をにじませていたが、他の者に悟らせないように俯いた。モニカがさっと動きアールファレムにハンカチを渡すと、再び下がった。アールファレムはハンカチで涙を拭いながら呼吸を整えた。
「アルファ様……」
ルーヴェルがアールファレムの肩を軽く抱きながら、皆に立ち上がるよう声を掛けた。
「みんな……。ありがとう。本当にありがとう。すまない。月並みな言葉しか出てこないな。これからもよろしく頼む」
アールファレムは笑顔で正面のライナーの手をとると、両手で包み込んだ。抱き付くのはルーヴェルによって禁止されたのだ。だがそれだけでライナーは顔を真っ赤にして固まってしまった。
「三十歳にもなって生娘のような反応をするのはどうかと思うね。もてない男はこれだから見苦しいんだ」
クルトは冷やかしたが、視線や口調にやっかみが見え隠れしていた。
「だ、誰がもてないだ! 俺は仕事一筋に生きているだけだ!」
強がりを言いつつも、ちゃっかり手はそのままのライナーである。
「あんまり長い間そうしているとアルスラーダ閣下に睨まれても知らないよ」
瞬間的にライナーは体をびくつかせ手を離した。きょろきょろと室内を見渡しアルスラーダの不在を確かめた。いくら室内が広いとはいえ一目瞭然なのだが、万が一ということもある。ライナーがアルスラーダに怯えるのは条件反射のようなものだ。
「アルスラーダ閣下? なるほどのぉ。お二人はそういう関係じゃったか! そうか。そうか」
マルクスは納得したようで大声を出して頷いていた。遅れてライナーも気付いたようで、口をあんぐり開けて、アールファレムの顔を見詰めた。
「えっ! え~!」
「鈍いにも程があるでしょ。あの執着具合を見てて、どうして気付かないかなぁ」
「クルト。それぐらいにしろ」
今まで沈黙していたシルヴィンが低い声で叱責した。シルヴィンが苛立つのも無理はない。クルトの発言はライナーよりもアールファレムに効いていたのだ。アールファレムは恥ずかしさのあまり、悶絶しそうになっていた。クルトは遅まきながら失言に気付き、すごすごと後ろに下がっていった。




