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100 それぞれの忠義

 アールファレムはあまりの恥ずかしさに逃げ出したかったが、せっかく皆が受け入れてくれた直後に誤解を招く行動は慎むべきだろう。少し頭を冷やす為に窓際に歩み寄り、外の風景を眺めだしたが、不自然きわまりない。


「クルト。いつから気付いていたんだ?」


 ルーヴェルはアールファレムの様子を微笑ましく見守っていたが、せっかくなので気になっていたことを尋ねた。何せクルトは長い間、病気療養中だったのだ。ちなみにアールファレムはクルトの返事を聞き逃すまいと耳をすましている。


「お二人の関係はお会いした時から、そうじゃないかと思ってました。思いあっているのに互いに片想いしているような歯がゆい感じですね。特に即位なさってからアルスラーダ閣下が殊更陛下とお呼びしていたのが、不自然でやきもきしていました。実は陛下が女性ではないかと疑いだしたのも即位前です。正直なところ、どちらでも気にならなかったので、深く考えるのを止めました」


 最後の言葉を聞いてビクトールが吹き出してしまい、咳払いしてごまかしたが、マルクスは聞き流せずに突っ込みを入れた。


「いや普通は気になるじゃろ」

「そうかな。だって陛下は陛下でしょ。何も変わらないじゃない」


 クルトはよく何も考えてないような調子のよい男に見られるが、中々どうして単純な男ではない。性別など些細なことで例え男だったとしてアルスラーダと深い関係になろうが、まったく気にならない。


「でも久し振りにお会いして、あまりの変貌ぶりに危機感を抱いてね。このままだと周囲にばれるのが時間の問題だと、それとなくアルスラーダ閣下に注意を促すことにしたんだ。陛下に対して少し長めに視線を送るだけで反応するんだから面白いよね」


 アルスラーダが聞けば激怒しそうな発言である。皆が呆れ顔を浮かべるなかで、ビクトールだけは異なる反応を示した。固い笑顔で自身を嘲り、アールファレムの背中をそっと見詰めた。クルトと違い秘密を守るだけで全く動かなかった自分を恥じたのだ。アールファレムの心情をおもんばかり、慎重を期した訳だが、結果的には何もしなかったのだから、言い訳のしようがない。ビクトールの様子から羞恥を感じ取ったルーヴェル達は、ビクトールには敢えて尋ねなかった。


「おぬしたまにまともなを言うな。いつもそうならエクムントも苦労せんじゃろうにな」

「じぃにだけは言われたくないよ。俺はちゃんと時と場所をわきまえてふざけているんだからね。じぃ達はあれだけ陛下にお会いしているのにどうして気付かないかなぁ」

「おぬしのようによこしまな目で見ないからじゃ。儂は忠義の士じゃぞ。陛下のおっしゃることを疑うなどとんでもないわい」

「単純なだけだろ」


 ぼそっとライナーが呟いたが、そっくりそのまま自分に返ってくることに気付いて顔をしかめて黙り込んだ。他の仲間を探したが、ビクトールはどうやら勘付いているらしく、残るはエクムント一人だった。エクムントは四十二歳でライナーより十二歳も年上である。最年長のマルクスより人格者と目され、生真面目な面もあるが、人間味もあるため、煙たがられてはいない。


「エクムント。さっき俺を蹴飛ばしたのは角度的におぬしではないのか」


 今になって痛みを思い出したのか、尻を擦りながら尋ねたが、エクムントは素知らぬふうに肩をすくめてみせた。あの時マルクスとクルトはライナーの左右にいたので、残るはビクトールとエクムントしかいない。だがどう考えてもビクトールがそのようなことをする筈がない。


「蹴飛ばした? 言い方が悪い。あれは激励であって、悪意は一切ない」


 謝ろうともせず、それで説明は済ませたとばかりに真顔でライナーを見返すだけだった。納得出来ないライナーが更に問い詰めようしたがビクトールが割って入り仲裁した。


「まぁまぁ。エクムントも悪気があった訳ではないですし許してあげてはどうですか。先程のライナーはとても素敵でしたよ」


 人好きのする笑顔を浮かべるビクトールに毒気を抜かれ、ライナーは照れながら引き下がった。


「いや別に俺は思ったことを言っただけで、別に格好を付けた訳ではない」

「私達はライナーの本音を聞いて、自らの心と冷静に向き合い、陛下への忠節に何ら変わりがないのを再確認出来たのです。感謝しています」

「俺は感謝していないけどね」


 大絶賛するビクトールの横でクルトが憎まれ口を叩いたが、実際ライナーの功績は大きい。クルト達は口に出さずとも互いの思いは分かり合えていたが、最初に言い出すのは勇気がいった。そしてその役をライナーに押し付けるのを、目配せなしで連携して行うほどに、クルト達の息は合っていた。


「口下手なお主にしては上出来じゃ。偉かったぞ」


 マルクスはライナーの頭を撫で回し、ライナーはいつものことなのでされるがままになっていた。アールファレムはようやく顔の火照りが治まり、仲の良い重臣達の様子を窓枠にもたれながら眺めていた。シルヴィンが仕方の無い奴らだとぼやきながらアールファレムに近付いた。


「もう落ち着かれましたか?」

「ああ。醜態を晒したな。直接冷やかされた訳ではないのだが、余計に恥ずかしかった。……シウいろいろとありがとう。これからもよろしく頼む」


 差し出された右手を万感の思いでシルヴィンは握り返した。シルヴィンの妄想では抱き付いてきたアールファレムだったが、現実はこれが限界だろう。視線を見慣れぬ胸の双丘にくぎ付けにし、残る全神経を手のひらに集中させる姿に大将軍としての威厳は皆無である。背後に部下達の嫉妬のこもった視線が集中しているが気付く気配はない。


「こっそり美味しいところをもっていくなんて、職権乱用もいいところだね」

「いつもこうだから油断出来ないんだ」


 クルトが文句を垂れると、ライナーも味方を得たとばかりに一緒になって責め立てた。だがシルヴィンが振り向くと、その顔を見た二人は慌ててマルクス達の後ろに隠れた。至福の時間を邪魔した不届き者どもに鉄拳制裁を与えるのは、上官としては当然の権利だろう。


「おい。言いたいことはそれだけか?」


 シルヴィンは低音で唸り、ぽきぽきと手を鳴らしながら、可愛い部下達にゆっくりと歩み寄った。マルクス達はライナー達を前に突きだし、巻き込まれないように距離を置いた。

 ライナー達が覚悟を決めたその時、アールファレムが口に手を当てて笑いだした。釣られてルーヴェルも笑い、馬鹿馬鹿しくなったシルヴィンも声には出さなかったものの口元を緩め、ライナーをつかんでいた手を離した。

 皆が笑いだし和やかな雰囲気の中、モニカが咳払いをして現実に引き戻した。


「陛下。イグナーツ様がお待ちになられておいででございます。そのお召し物では少々都合が悪いかと存じ上げます」


 室内の視線がアールファレムの胸部に集中し、モニカの咳払いにより皆気まずそうに下を向いたり、壁を見詰めたりと不自然に誤魔化した。

 そんななかルーヴェルはアールファレムの前に立ちはだかり、堂々とアールファレムの胸を見詰めた。

 アールファレムにとって晒しは身体の一部であり、それを人前で外したことなど一度もない。とてつもなく無防備に思え、ただでさえ不安なのに、いくらルーヴェルとはいえまじまじと見詰められては、落ち着かなくなる。頬をほんのりと染めて、両手で胸を抑えながら、上目遣いでルーヴェルを見上げた。

 アールファレムは自身の魅力を今まで以上に自覚すべきだろう。これまで男性として振舞い、女性達を虜にしてきた訳だが、女性としては自信も自覚もない。女を武器にするには経験が圧倒的に不足しているし、部下相手にそのような手段を用いる気は更更ない。つまり無自覚に色気を垂れ流している訳で、決して本人に悪気はないのだ。そしてそれは過剰なほどの効果を見せることとなった。

 ライナーなどは見とれるあまり、だらしなく口を開けて意味不明なことを小声で呟いた。シルヴィンは一瞬で目を逸らし、拳を固く握り締めて、煩悩を振り払おうとした。クルトでさえ、あれはやばいねと小声で呟き、エクムントに睨まれ肩を竦めた。アールファレムを除いた全員が危機感を抱き、秘密の限界を悟った瞬間だった。


「イグナーツ様にはまだ内密になさって下さいませ。よろしいですね」


 ルーヴェルはアールファレムの両肩に手を置いて、にっこりと笑いかけながらそう言ったが、それについては既に話し合っていたのだ。内心身構えていたアールファレムはほっとしながら頷いたが、殊更に念を押すルーヴェルの真意が掴めずにいた。アールファレムはモニカと共に別室に着替えにいき、男達だけが室内に残った。



今年最後の投稿になります。来年も宜しくお願い致します。

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