96 アールファレム対カミーユ
第二回武術大会決勝戦は、観衆達にとっては最早どうでもよい対戦である。ガルフォン最強を決める大会で、ガルフォンの誇る将軍が揃いも揃って敗退し、決勝に残ったのが胡散臭い連中なのだから無理もない。
レオンなる者は仮面を被り、正体すら不明で薄気味悪い男である。もう一方のジャンなる男は更に最悪で、先程のアルスラーダに対する最低の仕打ちは許せるものではない。
ジャンに対する反感からレオンに対して少なからず声援が送られたが、ほとんどの者は関心を失い、一応決着を確認する為に残ったに過ぎない。
選手達が入場しても、ほとんどの者が無感動に迎え入れるだけだった。微妙な雰囲気の中で、選手二人が舞台に上がり、向かい合った。
そのまま試合が開始されるかと思いきや、舞台脇で異変が起こったのに観衆が気付き、会場がざわめきだした。
「おい! あれっ! ビクトール様じゃないか?」
「それにエクムント将軍もいるぞ!」
「どうなっているんだ?」
「仮面の二人が将軍だとしたら、あのレオンの正体も将軍なのか?」
「おいおい、まさかハリー将軍が前線から帰ってきたのか?」
「馬鹿! 体格が違いすぎるぞ」
ざわめきは段々どよめきに変わり、場内が騒然になるなか、レオンなる人物はゆっくりと仮面を外し、眩い黄金色の髪をなびかせ、観衆の前に素顔を曝した。
「まさか! こ、皇帝陛下!」
「そんな馬鹿な! だって特別観覧席に……! あの衝立はその為か!」
人々が特別観覧席と舞台を見比べていると、数人の兵士が皇帝の前の衝立を取り払った。皆が注視するなか、影武者役の近衛は豪奢な外套を脱ぎ、ぺこりと頭を下げると、そそくさとその場を離れた。至近距離で確認した者が偽者である事を大声で周囲に知らしめ、場内は大混乱に陥った。
そしてアールファレムが剣を抜いて、高らかに掲げると、今日一番の大歓声が上がった。興奮した人々はこぞってアールファレムの名前を叫び出した。
「随分と民に慕われておいでですな」
「本当にこれで良かったのか? 仮面をつけたままなら、私にこれ程の声援は寄せられなかったというのに」
「内乱がおきて不安を抱く者もいるでしょう。日頃の不満を払拭する為にも、民衆には楽しみを与える必要があります。私と謎の仮面男の対決など誰も望んではいませんよ」
アールファレムはカミーユをしげしげと眺めた。彼がどこまで計算して行動をしているのか見定めようとしたのだ。カミーユの言葉の全てが虚言であるとは思えず、今の発言がカミーユの本音であることを直感的に悟った。先程の戦い方で嫌悪感を抱いたものの、カミーユという男に不思議と惹き付けられるのだ。無論、男性としてではなく、人間としての興味だが、こうなったアールファレムを止めることは誰にも出来ないだろう。
アールファレムが仮面を外す事を提案したのはカミーユだった。休憩を終え、控え室を出ようとするアールファレムを呼び止め、素顔を晒して皇帝として戦うように進言したのだ。アルスラーダとシルヴィンが難色を示したが、観衆の反応を間近で感じていたルーヴェルが賛成した。何せあまりに酷い結果に決勝を待たずに帰る者もいる始末である。
果たして観衆達からは先程までの不満は微塵も感じられず、賭けに負けた者も、大興奮しながらアールファレムの名を叫んでいるのだ。幸運にもレオンに賭けた者などは、周囲に見せびらかし、先見の明を誇った。場内はアールファレムの応援一色になり、皆がアールファレムの勝利を確信していた。
こうなればカミーユは決して本気にならないだろう。アールファレムは格上の相手との真剣勝負を楽しみにしていたのだ。元よりまともに相手をしてもらえるとは思ってはいなかったが、僅かな可能性すら潰えてしまい、意気消沈してしまった。
「どうやら道化を演じなければならないようだな」
アールファレムの自嘲混じりのぼやきにカミーユはついつい吹き出してしまった。軽く睨まれ、カミーユは言葉を選んでアールファレムを慰めた。
「民の期待に応える事がどうして道化になりましょうか? 陛下は勝つべくして勝つのです。私は引き立て役としてお役に立ってご覧に入れましょう」
アールファレムは今になってようやく武術大会への参加を後悔したが、後の祭りである。今更、後には退けず戦うより他はない。アルスラーダ達に馬鹿にされそうで、心中を絶対に知られる訳にはいかなかった。アールファレムは満足気な笑みを浮かべ、試合の開始を促した。
こうして場内の熱気と当人のやる気がまったく釣り合わない決勝戦が始まった。もうこうなれば自棄である。アールファレムはうっぷんを晴らすように派手に動き回り、カミーユもそれに上手く応じて見せた。二人の息の合った対戦はまるで剣舞のように華麗だった。二人は魅せる為に動いているのだから、当然である。互いの呼吸を合わせ、技量の限りを尽くして、撃ち合うのはとても気持ちよかった。アールファレムもカミーユも存分に腕を振るい、場内には激しい剣戟音が響き渡った。
シルヴィンはアルスラーダの歯ぎしりを聞いたが、目は二人の対戦にくぎ付けになっていた。最初アールファレムの動きは大袈裟に見えたが、段々と洗練されたものに変化するのが見てとれた。カミーユによりアールファレムの能力が最大限に引き出されていったのだ。
元より実戦に強いアールファレムだが、今の強さは先程ライナーと戦った時より数段上である。シルヴィンですら手こずるかも知れないが、カミーユの力量は更に底知れないものだ。アールファレムの動きを最大限に魅せる為に、絶妙に立ち回り、まったく手を抜いている事を悟らせないのだ。
この男からアールファレムを守り抜く事は至難のわざだろう。シルヴィンは自分こそが大陸で最強だと信じていた。自分に比する人物は唯一アルスラーダだけだった。だが目の前の男は自分達より遥か高みに到達しているのだ。
どの様な分野にしろ自分より優秀な者にアールファレムは惹かれる。ましてそれが戦いにおいてとなると無関心でいられる筈がない。そしてカミーユもそれに気付いているふしがある。一番最悪なのはアールファレムが女だと知られた場合である。シルヴィンは既にカミーユがそこまで感付いていると確信していた。
秘密裏に殺害する覚悟を固めたが、一対一で勝てるとは思えなかった。個人で敵わないのなら、集団で殺すだけだ。仄暗い殺意を込めて、シルヴィンは舞台上を注視していた。いっそここでおかしな真似をしてくれれば、正々堂々と殺害出来るとばかりに睨み付けたが、アールファレムの窮状を願うなど本末転倒である。シルヴィンは慌てて自らの考えを振り払い、純粋にアールファレムの無事だけを祈る事にした。
誰にとっても最良なことに、戦いは無事に終わろうとしていた。カミーユはじりじりと追い詰められ、背後を気にした一瞬の隙にアールファレムがカミーユの剣を叩き落とした。
「そこまで! 勝者はアールファレム皇帝陛下であらせられます! 皇帝陛下万歳!」
万感の思いを込めて審判が叫び声を上げると、観衆は一斉にアールファレムを称えだした。アールファレムが手を振って声援に応えると、更に声は高まり、轟音となって帝都に響き渡った。
「アールファレム陛下万歳! ガルフォン帝国万歳!」
とんだ茶番だが、自らが招いた事態である為、アールファレムは内心を押し殺し、鳴り止まぬ歓声に応じていたが、際限がない。適当に切り上げるべく選手席に視線を移すと、総立ちになり拍手していた。
一般人と違い彼等はこの優勝がアールファレムの実力などではない事を十分に理解している。それでも彼等の顔に浮かぶのは本物の笑顔だ。アールファレムの無事を心底喜んでいるのが伝わり、有り難いやら情けないやらで、ばつの悪さを感じて、複雑な笑顔で重臣達の歓呼に応えた。
アルスラーダとシルヴィンが訳知り顔でアールファレムに近付くと、一際歓声が高まった。
「アルファ様、楽しめましたか」
「それなりにな」
アールファレムの強がりにアルスラーダは意地悪く笑い、シルヴィンも含み笑いをして、二人してアールファレムに小突かれた。そんな三人の前に、カミーユが進み出た。一瞬で笑顔を凍り付かせ、アルスラーダは冷ややかな眼差しで、カミーユを迎え入れた。カミーユはにっこりと笑うと、アールファレムの前で跪くと頭を下げ、己の敗北を素直に認め、アールファレムの勝利を讚美した。アールファレムは頷いて受け入れると、改めてカミーユに尋ねた。
「本選に残った者は登用するのが決まりだ。お主以外は全て既に我が臣下だから意味はない。さてジャン……いやカミーユ。お主は私に仕えるか?」
「これより私の命は陛下の物でございます。陛下の剣となり盾となってあらゆる敵から陛下を御守り致します。アールファレム陛下に永久の忠誠を誓います」
こうしてカミーユはアールファレムに正式に仕えることになった。観客達は拍手で迎えたが、関係者で歓迎する者は誰一人として存在しない。武術大会は形だけは大盛況で幕を閉じたのであった。




