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94 ライナー対レオン

 さてライナーであるが、心の準備などまったく出来ていなかった。アールファレムを守る為に剣を振るってきたのに、何故こんな羽目になったのか、泣きたいぐらいである。

 だがあのカミーユとアールファレムの対戦を食い止める必要があるのは間違いない。アールファレムは確か大会前には棄権すると約束したが、どうやらうやむやになったらしい。先程控え室で、カミーユは敵ではないからと主張して、シルヴィンとアルスラーダを押しきったのだ。

 あの二人が頼りないから、ライナーが苦労するのだ。そもそもアールファレムの参加を認めたルーヴェルにも責任がある。ライナーは頭の中で次々と断罪していったが、現実からは逃れられない。

 仮面姿のレオンは悠然として、ライナーの準備が整うのを待っている。これ以上の引き延ばしは無理だろう。ライナーは形だけは覚悟を決めて、レオンに向き合った。仮面があるだけましだと思いたいが、中身は結局アールファレムなのだ。ライナーは迷いだらけのまま剣を抜いて、剣先を主君に向けた。


「よろしいですか? はいっ! 始め!」


 審判が勢いよく手を下ろし、試合は始まった。ライナーは震える剣先を静めようと、必死である。アールファレムが軽く剣先を合わせたと思ったら、突然踏み込んで至近距離まで近付いた。アールファレムはたじたじと後退るライナーに小声で命令した。


「ライナー。本気で頼む」


 その一言はライナーに雷を受けたような衝撃を与えた。ライナーは試合中にもかかわらず、自らの左頬を強い力で引っ叩いた。再び剣を握り直し、主君に向き合うライナーの目に迷いはない。

 クルトといいライナーといい世話が焼けるなと勝手な事を思いながらも、アールファレムは満足して、思う存分試合を楽しむ事にした。

 楽しそうに戦い始めた二人を見るシルヴィンとアルスラーダの表情は冴えない。


「どっちが勝つと思う?」

「聞くまでもないが、ちょっとぐらいは根性を見せてもらいたいものだ」


 アルスラーダが左手を離すと、傷口に布が張り付き、ぶら下がってしまい不安定なので、仕方なしに再び手で押さえた。何かあった時の為に手を空けておきたいのだが、暫くは我慢するしかない。


「痛くないか?」

「痛いに決まっているだろう。見て分からんか」

「そんな人相していたら分かるか!」

「やけに今日は突っ掛かるな。何かあったのか?」


 シルヴィンは呆れ顔で首を擦ってみせた。大分ましにはなったが、本調子には程遠い。


「本当に無神経な奴だな。この首のせいで俺はまともに戦えてないんだぞ。お前はまだいいじゃないか」

「試合中はアルファ様と二人きりだったんだからいいだろう」

「お前……。まさか妬いているのか」


 やきもちを妬くにも程があるだろう。口をあんぐりと開けて、これ見よがしに呆れるシルヴィンの頭を上から掴んで、アルスラーダは強い力で正面を向かせた。


「試合に集中していろ」


 耳まで真っ赤にさせて、シルヴィンの方が恥ずかしくなるぐらいだ。こうして見ると、顔立ちは悪くない。むしろ整っているといっていいだろう。目付きが悪いだけで……、いや口も悪く、それにすぐに手が出てやきもち妬き。シルヴィンはアルスラーダの良いところを探すつもりが、欠点ばかりが思い付く。アールファレムの名誉の為にも、何とかアルスラーダの良いところを見付けてやりたかった。だがアルスラーダは最早シルヴィンなどには目もくれず、アールファレムを一心不乱に見詰めている。微かな胸の痛みを自覚しつつシルヴィンは無用な心配を止めた。

 舞台上ではアールファレムがライナーを追い詰めようとしていた。身軽さではライナーはアールファレムに及ばない。素早い動きに翻弄されて、ライナーは勝機を見出だすどころか防戦一方になった。

 アールファレムとしては相手がライナーで助かったのだ。もしバルドであれば、どうしても力負けしてしまい、技巧だけではどうにもならなかっただろう。ライナー相手なら相性もよく、何とかアールファレムでも渡り合えた。

 何としてもカミーユと戦ってみたい。あのアルスラーダですら降したカミーユと一度剣を交えてみたかったのだ。敵討ちが出来るとは思わない。圧倒的なまでの力量差があるのは明らかだ。

 だが強い敵と戦えるなど中々ないことだ。戦場程の高揚感はないが、それに近い感覚が呼び覚まされ、アールファレムは久し振りの充足感を味わっていた。ライナーからすればたまったものではない。


「駄目だ。ああなったアルファ様は手が付けられない。納得いくまで戦うしかない」


 アールファレムの戦いぶりが戦時中のように隙のない動きに変化していくのをアルスラーダ達は苦々しげに眺めることしか出来なかった。


「最近戦いがなかったからな。久し振りに獅子が覚醒したか。あの状態は私でも手こずるぞ。ライナーでは勝てんだろうさ。仮面がもったいないな」

「お主に見られるぐらいなら仮面で隠した方がいいわ」

「どうせ独り占めしているんだから見るぐらいいいだろう」

「汚れる!」


 二人は視線は舞台から逸らさず、下らない討論を小声で延々と繰り返した。マルクスの方まで内容は聞こえていないが、どちらにせよマルクスはそれどころではない。アールファレムの応援するのに必死なのだ。


「こらっ! 危ないじゃろ! お怪我をなさったらどうするのじゃ!」


 マルクスはライナーの随伴者として応援しなければいけないのだが、最早そんな事は頭にない。一応アールファレムの名前を呼んではいないが、かなりぎりぎりである。

 一方、観衆は一丸となってライナーに声援を送っていた。何せ将軍の中でたった一人しか残っていないのだ。中にはレオンに賭けていた者もいたが、大半の者がすってしまった為、反感を怖れて声を出せずにいた。賭け事をしていない者は言わずもがなである。

 レオンの正体を疑っているマイヤールは複雑な心境で試合を見守っていた。既にアルスラーダの敗退により、損害が出ているが、私費である為、さほどの問題はない。

 問題は純粋にアールファレムを応援してよいものかどうかである。叶うなら優勝してもらいたいが、次の対戦を考えればここで敗退した方が安全である。

 だが絶好調のアールファレムの前にライナーは遂に膝を屈する事になった。肩で息をして呼吸を整えるライナーに対し、アールファレムは息すら乱していない。物足りなさすら感じていて、ライナーと握手をすると、さっさと控え室へと向かった。慌ててビクトール達が追い掛けるのを、ライナーは呆然と見送った。


「消化不良で暴れたりないのだろうな。次の決勝戦で思う存分、戦ってやるといったところか」

「我が儘が過ぎる。相手との力量差を考えれば、少しは大人しくして頂かなくては!」


 シルヴィンが冷静にアールファレムの心境を分析したが、アルスラーダは勢いよく立ち上がり、すぐさま後を追った。

 司会兼審判の役人が休憩を宣言したが、試合結果に納得出来ない観衆からは罵声が飛び交った。選手達は異様な雰囲気の中、次々と控え室へと引き上げていく。

 ルーヴェルはイグナーツに断りを入れ、席をたった。決勝前に一度アールファレム達と話がしたくなったのだ。イグナーツはといえば、まったく状況を飲み込めておらず、言われるがまま頷くしかなかった。いまだにリッケンは戻っておらず、不安なまま一人で待つしかない。タヘノスの新領主となり、少しは自信もついてきたと思えば、この体たらくで我ながら情けなくなる。

 自己嫌悪で沈むイグナーツの横には、がちがちに緊張した影武者役の近衛が座っている。彼は不幸にも背格好と髪の色が皇帝に近い為に選ばれてしまい、着なれぬ衣装に身を包み、皇帝用に設えられた席に座らされたのだ。

 謁見の間にある玉座でないだけ、まだましだとバルドに慰められたが、比較が悪すぎる。玉座に座ろうものなら極刑もので、生きた心地はしないだろう。アールファレムが試して見るかと冗談で言ったのだが、アルスラーダやモニカまで目を剥いて止めに入った。

 こんな事になるなら武術大会に参加しておけば良かったと悔やむが、今更である。アールファレムが負ければ交代するとの約束だったのだが、周囲の思惑を裏切り、アールファレムは勝ち残ってしまった。

 こうしてアールファレムの勝利を誰一人望まぬままに、決勝戦が行われようとしていた。


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