91 戦士達の休息
アールファレムが椅子に座って寛ぎだすと、バルドが横に立ち、カミーユとの間に壁を作った。
「バルド油断したな。ライナーは単純そうにみえるが、中々の曲者だからな」
「お恥ずかしい所をお見せしました。鍛練が足りないようです。今後精進致します」
バルドは本気で反省したようで、決意を新たに拳を握り締めた。
アールファレムは笑い飛ばして敵討ちを約束したが、それを聞いたライナーは、更に顔を青くさせて肩を落とした。
ブルーノがアールファレムに水を差し出すと、アールファレムは表情を和らげて受け取り、一気に飲み干した。
「ありがとうブルーノ。済まないが他の者にも入れてやってくれないか」
何せ関係者以外を締め出したままなので、室内の雑用はブルーノしかいなかった。ブルーノが水を配ると、それぞれ礼を言って受け取った。その様子をギースが興味深く見守っていると、ブルーノはカミーユとギースの元へもやって来た。
背後には問題が起きたらすぐに動けるように、ライナーとマルクスが眼を光らせていた。
「ありがとう。ブルーノ君は幸せ者だね」
「どうしてそう思うのですか?」
「普通は使用人に礼なんて言わないよ」
「陛下はいつもおっしゃいます。シャリウスでは違うのですか?」
「王族の方は奉仕されて当たり前と思っているからね」
「でも使用人だって人間ですから、礼を言われた方が嬉しいです」
カミーユは水を受け取ると二人の会話に割って入った。
「人それぞれ価値観は違う。成り上がり者はこれだからと馬鹿にする人間もいれば、今後は自分も見習おうとする人間もいるだろう。サミュエル殿下は恐らく前者だろうな。オリアンヌ様は間違いなくアールファレム陛下に倣うだろう」
カミーユは先程と違い、茶化さず真面目に話すと、礼を言って水を飲み干した。
「オリアンヌ様は何故陛下に倣われるのですか?」
ブルーノからすればそもそもオリアンヌが何故カミーユを寄越したのかすら不思議だった。ブルーノ以外には明白だったが、この場で説明するのは流石に憚られた。カミーユは愉快そうな笑みを浮かべ、アールファレムの方に視線を向けたが、バルドの巨体が邪魔して表情が読めなかった。
「オリアンヌ様はアールファレム陛下を大変敬愛なさっておいでだ」
ギースが無難にそう説明するとクルトがブルーノを呼びに来た。
「ブルーノ、そろそろ観覧席に戻るぞ。宰相閣下がやきもきしている頃だろうさ」
クルトは意地悪そうな顔で笑うと、ブルーノの肩を抱いて出口の方へ促した。ブルーノはカミーユ達に向かって会釈すると、するりとクルトの腕をすり抜けて、ライナーの前に立った。
「どうしたブルーノ?」
ライナーは怪訝そうにブルーノの頭に軽く手を載せて、優しく尋ねた。
「あのライナー様、一回戦突破おめでとうございます」
「あ、ああ。ありがとう。次の試合を思うと、あまりめでたくないんだけどな」
「次の御相手はどなたになるのですか?」
「レオン殿じゃ。恐ろしい事に、こやつは何も分かっていなかったんじゃ」
マルクスが笑い飛ばすと、クルトが心底驚いた様子でライナーをじろじろと眺めた。
「何か言いたそうだな」
「いや別にね。今まではハリーが一番だと思っていたんだけど改めた方が良さそうだね」
「冗談じゃない! あいつと比べるな!」
「いやいや久し振りに会った俺だから分かる。もう抜いたんじゃない? おっと!」
ライナーが飛び掛かろうとしたが、クルトはブルーノを盾にしてかわした。
「お前! 卑怯だぞ!」
ブルーノを挟んで、ぐるぐると回り、ブルーノは目を回しそうになりながらも、二人からこうも言われるハリーがどんな人物なのか想像していた。猛将と名高い将軍と聞き及んでいたが、どうやら実像は違うようで、早く会ってみたくなった。ブルーノがふらふらになった頃にようやくシルヴィンから叱責の声が上がった。
「早くいけ! 馬鹿が!」
クルトはシルヴィンが怒鳴ると同時に、可哀想なブルーノを抱えるようにして部屋を飛び出していった。
「ライナー! 将軍としての自覚はあるのか!」
「元々誰のせいだと……。いえ何でもないです」
ライナーがぶつぶつぼやくのをシルヴィンは一睨みで黙らせた。先程まではしおらしくしていたシルヴィンだったが、カミーユのせいで不機嫌になり、いつもの傲岸不遜な上官に戻ってしまった。ライナーはぼやきながらも、内心では一安心していた。シルヴィンが大人しいと勘が狂うのだ。自然と生暖かい眼差しを向けてしまい、薄気味悪くなったマルクスが軽く小突いて止めさせた。
「うちの連中はこれだから」
エクムントが呆れるのを、ビクトールが宥めるのはいつもの光景である。やっと忌々しい仮面を脱ぐ事ができ、寛ぐ二人の背後にアールファレムが忍び寄った。
「エクムント、ほらっ、もうすぐ時間だぞ」
エクムントには主君が何故こんなに嬉しそうなのか理解できない。アールファレムに肩を抱かれながら、エクムントはひきつった笑みを浮かべ、軽い抵抗を試みた。
「もう仮面は要らないのでは?」
「素顔をさらすと観衆が混乱するじゃないか。冬で良かったな。こんなの夏場では耐えられん」
「冬でも嫌ですよ」
「エクムント!」
シルヴィンに怒鳴られ、エクムントは口をつぐんで再び仮面を被った。
「うん。似合っているぞ」
似合うも何も、顔がすっかり隠れているのだが、アールファレムは本気で言っているらしく、エクムントは無言を貫いた。隣では大人しくビクトールが再び仮面を被っている。
カミーユとギースはそんな主従の様子を珍しげに眺めていた。
「先程はひやっとしたが、ああしていると同一人物とは思えないな。カミーユ、くれぐれも陛下を怒らせるなよ」
ギースは小声でカミーユに念を押した。何せカミーユはシャリウス一の問題人物である。誰が相手でも遠慮せずに言いたい事を言う男で、決闘沙汰になった事も、ギースが知るだけでも片手では足りない。
クリストフ将軍はカミーユの派遣に難色を示したのだが、オリアンヌが押し切ったのだ。懐の広いアールファレムならカミーユを御しうるとオリアンヌは判断した。それよりもアールファレムの安全を優先させたのだ。
「怒り顔であれだけの色気だ。一度痛めつけて喘がせてみたいね」
「お前! 首がとぶぞ!」
ギースはとんでもなく不穏な発言をするカミーユの口を塞いで小声で強く叱責した。幸い誰にも聞かれていないようで、ほっと胸を撫で下ろした。カミーユはギースを払いのけ、下唇を無意識に嘗めながら、主君の想い人をつぶさに観察した。
「分かっているな。陛下には間違っても怪我を負わせるなよ」
ギースはカミーユが決勝に残る事を確信している。アルスラーダの強さを十分過ぎるほど承知した上での確信である。もしカミーユが口だけの男なら、ギースの精神衛生上どれ程よかったかしれないが、残念ながら腕だけは立つのだ。
本来ならカミーユは一人で出向く筈だったのだが、あまりに不安なのと、信用されなかった時の為に、ギースが同行させられたのだ。オリアンヌからだけでなく、良識派のクリストフ将軍直々に頼まれては断れなかった。もっともオリアンヌがその様な選択権を与えてくれる筈もない。オリアンヌのアールファレムに対する思慕は度を越している。報われて欲しいが、どうもアールファレムを見ていると、オリアンヌと並んでいる姿が想像出来ない。
「オリアンヌ様はアールファレム陛下に相応しい御方だと思うのだが、果たしてどうなるか」
「……本気で言っているのか? どう考えても無理だろうが」
カミーユがギースを見下した発言をするのは、いつもの事なのでギースは気にもとめなかった。




