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90 ジャンの正体

 選手達が控え室に戻ると、クルト達と鉢合わせした。クルトは一同を見渡すと、まずシルヴィンに試合結果を尋ねた。隣のブルーノも興味津々でシルヴィンを見上げている。


「アルスラーダとライナー、それにジャン選手とレオン……選手が勝ち進んだ。それより何をしているんだ?」


 シルヴィンはレオンに敬称をつけそうになり、とっさに言い換えた。だがそんな些細な事より、シルヴィン達はクルト達の妙な動きの方が気になっていた。クルトの背後にはジャンの連れの男がいて、自然と選手達の視線が集中した。平凡そうな青年で歳は三十前くらいだろうか、皆の視線を受けて、居心地悪そうに体をもぞつかせた。

 取り敢えず一同は控え室へ入り、選手と主要な者以外の立ち入りを禁止した。クルトは暫し考え込んだが、視界の隅でアールファレムが頷いたのを認め、口を開いた。


「彼の紹介を済ませた方が手っ取り早いですね。彼はシャリウスのオリアンヌ姫の従者です」

「ギースと申します。皆様宜しくお願い致します」


 やや気後れしながらギースは頭を下げた。ようやく得心がいったアルスラーダは軽く会釈して応じた。以前シャリウスにいった時に一度だけ見掛けたことがあったのだ。だが記憶を探るうちに謎が湧いてきた。アルスラーダの記憶が確かなら、ギースはガルフォンには来た事がない筈だ。そうなるとルーヴェルとは面識がない事になる。

 アルスラーダがちらりとアールファレムの方を見ると、微かに頷いて自分の指示である事を肯定した。

 つまりアルスラーダ達がシルヴィンの寝違えで騒いでいる最中に、アールファレムが適切に対処していたのだ。あまりの不甲斐なさに歯噛みしたくなったが、今は反省している暇はない。平静を装いアルスラーダはクルトの説明に耳を傾けた。

 だがギースがためらいながらクルトを制した。この場に怪しい三人組が同席しているのを気にしているらしかった。クルトは判断に迷った挙げ句、シルヴィンに丸投げした。


「問題ない。レオン殿は軍関係者だ。訳あって素顔は隠しているが、怪しい者ではない。私が保証する」

「了解致しました。レオン殿、ご無礼を申し上げ大変失礼致しました」


 ギースは丁寧に詫びて、格式ばったお辞儀をして見せた。洗練された所作はブルーノがこっそり参考にしようと思ったほどである。

 アールファレムは手振りで気にしていない事を伝えた。以前に会話を交わした事もあった為、警戒したのである。どのみちばれるに違いないが、せめて本選が終わるまでは隠すにこしたことはなかった。


「それで目的は何だ。オリアンヌ様の御命令で動いているのだろう?」


 シルヴィンの口調に若干のとげが含まれているのは、ギースのせいではなく、にやけ顔でこちらを眺めているジャンのせいだった。ギースは途端に顔をしかめ、ジャンを庇うようにジャンの前に立ち、皆に向かって頭を下げた。


「この男は我が国で一番腕のたつ者でして、性格に難はありますが、必ずアールファレム陛下のお役に立てる筈です。オリアンヌ様はゾレストの話を耳にして以来、陛下の御身を大層心配なさいまして、こうしてジャン……本名は」

「カミーユと申します。まずは武術大会で実力を示してから、陛下の下へ馳せ参じようと参った次第でございます」


 途中からジャンが、いやカミーユが言葉を引き継ぎ、アールファレムの方を真っ直ぐ見ながら話した。

 相変わらずバルドはアールファレムの斜め前に立っており、他の者も自然とアールファレムを庇うような位置に立っていた。やはりカミーユにはレオンの正体はばれていると見てよいだろう。

 だがギースは何故レオンに向かって話し掛けるのか、分かっていないようだ。彼はシルヴィンとアルスラーダの二人に視線を向けていたのだ。

 アールファレムは仮面を外して、素顔を晒した。額にはうっすらと汗をかいており、ブルーノが駆け寄ると、懐からハンカチを取り出して汗を拭い、やや乱れた髪を整えた。アールファレムが礼を言ってブルーノの頭を撫でると、ブルーノは恐縮しながら後方に下がった。

 ギースが驚愕するなか、カミーユは短く口笛を吹いて、アルスラーダ達を不快にさせた。


「初めましてというべきかな。何せタヘノスでは私だけ会えなかったからな。私がアールファレムだ。宜しく頼む」


 アールファレムは笑顔で右手を差し出した。カミーユは失礼なほど、まじまじとアールファレムの青い瞳を見詰めながら、握手を交わした。カミーユの手はがっしりと優れた剣士の掌をしており、アールファレムはカミーユの手を両手で掴んで観察しだした。


「いくらオリアンヌ様の推挙と言えど、信用致しかねます。あまりに品位に欠けます」


 アルスラーダは割って入る訳にもいかず、厳しい表情で異を唱えた。他の者も同意見のようで、カミーユを睨み付けたが、カミーユは気にすることなく、左手も出して、逆にアールファレムの手をべたべたと触りだした。


「陛下の手は大変小さくて柔らいですね。それなりに剣も使われるのに不思議です」

「鍛え方が足りないようだ。まだまだ未熟者でいかん」

「今後は私が鍛えて差し上げます」

「ふざけるな!」


 耐えきれずアルスラーダがカミーユの手を強引に引き剥がした。カミーユは抵抗せずに軽くせせら笑った。


「この無礼者! 貴様のような輩を陛下のお側に置けるか!」

「しかしこうも頼りない方々ばかりでは、オリアンヌ様が心配なさるのも無理はありません。礼儀を重んじて、実力不足の輩しかいないのでは、帝国の程度が知れますな」


 ギースが慌ててカミーユの前で頭を下げるが、あからさまな侮蔑に諸将は敵愾心を剥き出しにして、カミーユを囲んだ。じりじりと包囲を狭めようとしたが、アールファレムが右手を上げると、皆引き下がった。

 アールファレムはギースに下がるように手振りで追い払い、カミーユの前に立ち、右手を振り上げると、カミーユの左頬を思いきり平手打ちした。痛そうな音が室内に響き、カミーユは赤く腫れた頬を擦った。


「言葉に気を付けるんだな。私の部下を侮辱することは絶対に許さん! いくら腕に自信があろうとも、それだけは認めん!」


 アールファレムは無条件に寛大な君主などではない。自分や自分の大事な人間を侮辱されて怒らないのでは、ただの馬鹿である。

 小柄なアールファレムが発する威圧に、豪胆なカミーユでさえ圧倒され、ごくりと唾を呑み込んだ。その姿は噂に違わず獅子のように気高く、そして美しかった。ギースなどは完全に畏縮してしまい、無意識に後ずさってアールファレムの視界から逃れようとしたほどである。

 アールファレムが怒気を露にする姿に、皆は深く感じ入り、マルクスなどは少し涙ぐむほどだった。

 シルヴィンとアルスラーダは、いつの間にかアールファレムの両隣に陣取り、カミーユの動き次第では実力行使も辞さない構えをとっている。


「これは失言申し上げました。自分を売り込むあまり、ついつい口を滑らせてしまいまして、誠に申し訳ありませんでした。かくなるうえは自らの力量を陛下にお見せして、挽回する所存でございます」


 カミーユは謝罪したものの、実力不足といった事を撤回した訳ではない。当然ながら皆の怒りが収まることはなく、ギースは絶望的な表情で額を押さえた。


「この後の活躍を期待しよう」


 アールファレムが矛を収めた以上、他の者も納得出来なくとも我慢するしかない。それぞれ不満を抱きながらも、休憩をとる事にした。


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