89 シルヴィン対レオン
「さて第四試合開始します。シルヴィン選手、レオン選手、前に出て下さい」
審判の合図に選手二人が中央に進み出た。クルトと名勝負を演じたレオンにも多少の声援が寄せられたが、観客のほとんどがシルヴィンの応援に回った。銀竜ことシルヴィンは帝都では皇帝に次ぐ程の人気を博しているのだ。昨日の予選も圧倒的な強さで難なく勝ち上がり、観客達はアルスラーダとの再戦を待ち望んでいた。
だが当人は観客の期待など、知ったことではない。たかが寝違え、それだけで、こうも動きが鈍るものなのかと、シルヴィンは首を右にぐぐっと傾けながら実感していた。気分がどんよりして、まったく勝てる気がしない。
対するアールファレムは軽快に体を捻って準備体操をしていた。見るからに絶好調で、絶対に手加減などしてくれそうにない。雑魚相手なら、今の状態でも自信はある。だが流石にアールファレム位の実力者となると話は別だ。シルヴィンの気持ちの整理がつかないまま、試合は始まってしまった。
「両者前へ。……始めっ!」
覚悟を決めて、シルヴィンは踏み込んで、一撃を繰り出したが、難なく受け流された。切り結ぶが、やはり首の違和感が気になり、一旦後方に下がった。透かさずアールファレムが食らい付き、辛うじて凌ぐが、その後も猛攻は止まらず、じりじりと舞台ぎりぎりまで追い詰められた。
素人目にもシルヴィンの劣勢が分かり、観客がざわめき出した。怒声が浴びせられるが、それに応える余裕がシルヴィンにはない。いや、むしろ雑念だらけの為、そんな声にすら苛つく自分がいて、自己嫌悪するなか、遂にその時が訪れた。
「あっ!」
シルヴィンは間抜けな言葉とともに舞台から落ちてしまった。段差が設けられており、とっさに体勢を立て直し、転倒だけは免れたものの、場外の為、失格が告げられたのだ。
悲鳴と怒号が飛び交うなか、シルヴィンは深く頭を下げ、黙って席に戻った。選手席で気まずい空気が漂うなか、アルスラーダは無言でシルヴィンの頭を軽く叩いた。シルヴィンは頭を擦ったが、手加減されていた為まったく痛くない。意外に優しいのかなと思い、アルスラーダの顔を横目で眺めると、本日一番の冷たい視線を浴びせられた。やや気落ちして、隣のライナー達の方を向くと、ライナーが突然青ざめた顔で立ち上がった。
「いきなりどうしたんじゃ?」
「どうって! 俺の次の相手……」
「まさかとは思うが、お主分かっていなかったのか?」
マルクスは心底驚いて呆れてしまい、アルスラーダは先程からシルヴィンに向けていた憐れみと軽蔑の入り雑じった複雑な視線をライナーへ向けた。
「だっていくらなんでも閣下が負けるなんて……」
本調子ではないにしても、最後はシルヴィンが勝つと信じていたので、ライナーは全力で戦っていたのだ。
シルヴィンとしては期待を裏切ってすまないと謝るべきか、見てわからんのかと怒鳴るべきか悩むところである。内心呆れつつも部下に難題を押し付けた自覚はあるので、視線で謝意を表明してみせたが、ライナーはまったく気付かない。もっともシルヴィン以上に責任がある筈のアールファレムは素知らぬ風だ。仮面がなくとも、アルスラーダ達には分かっていた。
「えっ? えー!」
マルクスは混乱状態のライナーを引き摺りながら、控え室へと引き上げた。選手の疲労が溜まらないように、二回戦までの間には休憩時間が設けられているのだ。他の選手達も各々無言で二人に続いた。




