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88 ライナー対バルド

 第三試合ライナー対バルドの対戦は関係者にとってはやや興味の薄い消化試合である。だが観衆にとってはようやく興味深い対戦になる。何せ今回は見知らぬ選手の参加が多すぎた。

 昨年などは将軍同士の対戦が多かった為、応援に熱が入るあまり、場外での乱闘騒ぎも多発したのだ。

 その点、今大会は応援する相手に迷う事はない。その唯一の例外がこの第三試合だ。右頬に傷があるが、どこか愛嬌のあるライナー、片や安定感抜群の頼れる男、近衛隊長のバルド。二人の対決にようやく観衆達は盛り上がり、一生懸命に声援を送っていた。

 本来なら観客席で応援していた筈のブルーノは、クルトと共に舞台に向かっていた。クルトとはほぼ初対面になるが、他の将軍達同様、ブルーノに対して気さくな態度で接してくれた。そう、この国の将軍達は親切なのだ。一見、気難しそうなエクムントですら意外な優しさを見せた。

 その上の三人が問題なのだ。性格の破綻した宰相、凶悪な人相の補佐官、子供相手でも容赦しない大将軍。あくまでブルーノ視点での評価であり、客観的には少々の修正が入るが概ね正しい。

 ブルーノにとってルーヴェルは恩人だが、知り合ってから、まだ日は浅い。フィリップにルーヴェルの事を聞くと、言葉を詰まらせた挙げ句、自分で判断するように告げられた。何でも快く教えてくれるフィリップにしては珍しかった。


「さてブルーノ。実際のところ宰相閣下とはどんな関係なのかな?」


 クルトの耳にはいろいろな噂が届いていた。女官、女性士官などが、不在中の宮殿での出来事を競うように話してくれたのだ。一番面白かったのが、シルヴィンとルーヴェルの婚約説だが、本気で信じるほどクルトも馬鹿ではない。驚くほど仲が良くなったのは確かだが、そういった気配は微塵も感じとれない。


「べ、別に特別な事は何も……。恩義は感じていますが、変な感情はまったくありません!」


 毎度の質問にうんざりしながらも、同じ返答を繰り返すが、クルトはしつこかった。


「でも一緒に寝ているんだよね」


 正直者のブルーノは黙り込む事で、その問いを肯定してしまった。ブルーノは嫌がったが、ルーヴェルはお構いなしに一緒に寝ようとするのだ。

 ブルーノが本心では嫌がっていない事に気付いているせいだ。ブルーノは愛情に飢えていた。ルーヴェルやフィリップから愛情を向けられると、戸惑いながらも、嬉しそうに応えようとするのだ。その様子がいじらしく、ルーヴェル達の庇護欲を掻き立てるのだ。ついでに苛めたくなるのは、ルーヴェルの性分だ。

 クルトは逃げ出さないようにブルーノの肩に手を回した。ブルーノは逃げたかったが、無礼が許される相手ではない。必死で言い訳を考え、この場を収めようとした。


「あの何故、俺が呼ばれたんでしょうか?」

「宰相閣下のご指名だから。先程控え室に顔を出した時に、顔を覚えられている筈と仰られたのさ」

「確かに控え室には行きましたが、いったい誰にですか?」

「さぁ誰でしょう?」


 クルトは楽しそうに笑いながら、兵士達が追い付くのを待つと、選手達のいる武舞台に向かった。一際大きな歓声が上がり、第三試合が始まろうとしていた。

 クルト達の接近に最初に気付いたのは、シルヴィンである。クルトは軽く会釈をして通り過ぎると、ジャンの方へと歩いていった。

 ブルーノはライナーの試合を気にしながらも、一生懸命クルトについていった。

 クルトがジャンの連れの男の耳元で囁くと、男はクルトとブルーノを見比べた。やがて男はクルト達と共に立ち去ったが、ジャンはまったく気にしない様子で舞台の方を眺めていた。

 シルヴィンは舞台裏で何が起きているのか気になってアルスラーダをつついたが、アルスラーダが知っている訳がない。

 この時に初めてアルスラーダは連れの男をまともに見た。今まではジャンを意識するあまり、彼の事はまったく注意していなかったのだ。


「あの男……。見覚えがないか?」


 シルヴィンはアルスラーダの視線を辿ったが、シルヴィンには心当たりがなかった。


「いやまったく記憶にない」


 なおもアルスラーダは首を捻りながら記憶を探るが、いっこうに思い出せそうにない。アールファレムには聞くにきけない状況である。ジャンと一緒にいるのだから、シャリウス人の可能性が高い。だが今一つ思い出せないでいた。


「気のせいではないと思うのだが」


 今、クルトを動かせるのはルーヴェルだろう。となるとルーヴェルは彼の正体を知っている筈である。何にせよ今は確認する余裕がない。二人はやむ無くライナー達の試合に集中する事にした。

 バルドは巨体を活かして、力攻めで押し切ろうとしたが、ライナーは巧みにいなし続けた。予想以上にライナーは粘り、バルドはライナーに対する評価の上方修正を強いられた。決して舐めてかかっていた訳ではないが、気合いを入れ直して、ライナーに向き合う事にしたが、やや遅かった。

 ライナーはにやりと笑うと、バルドとの距離を一気に詰め、懐に入り込んだ。咄嗟に後ろに下がろうとしたが、ライナーは更に踏み込んだ。守勢に回ったバルドだが、何とか受け流した。その後も長い間つば迫り合いが続き、バルドは埒が明かないので、勝負に出る事にした。


「お覚悟!」


 鋭い掛け声を発し気合いを入れると、猛然とライナーに斬りかかった。だがライナーはバルドの渾身の一撃を紙一重で躱した。伊達に訓練を重ねていた訳ではない。実力上位の怪物がひしめく本選で勝ち抜くには、ライナーは身軽さを武器に立ち回るしかない。ひたすら相手の攻撃を受け流し、バルドの隙を待ち続けた。

 だが忍耐力ならバルドにも自信がある。持久戦は望むところだった。実のところバルドにはこれ以上勝ち進む理由はない。既にアールファレムの側にいるという目的は達成している以上、勝ちに拘る必要はない。

 ジャンという男がアールファレムに仇なす危険な男だとアルスラーダから聞かされた。だがそれを聞かされても、バルドはアールファレムとの対戦を避けたかった。アールファレムの安全を思えば、自分がアールファレムに勝つのが正しいのだろう。

 だが主君に刃を向けるなど、試合といえども耐えられなかった。シルヴィンさえ健在ならこれほど悩まずに済んだ筈なのだ。バルドは心の中でシルヴィンを罵ったが、元を質せばアールファレムが悪い。

 だがバルドにとってアールファレムは絶対である。例えアールファレムが間違っていたとしても、全て肯定してしまうのだ。それを近衛隊長としての使命だと思い込んでいるところにバルドの限界があった。

 アルスラーダがでしゃばるのも理由あっての事なのだ。本来ならバルドは隊長には向いていないのかも知れないが、アールファレムはこの手の相手には無理は言わない。多少なりとも自覚はあるのか、我が儘が全て通るとなれば、逆に遠慮するようで、アールファレムを抑制するには、バルドは最適といえた。

 結局、バルドの覚悟の無さが勝敗を分けた。本気に勝ちにきているライナーに気圧され、バルドは膝を屈する事になった。


「よっしゃぁ〜! 勝ったぞ〜!」


 ライナーが天に向かって剣を掲げて、雄叫びを上げると、割れんばかりの歓声が上がり、人々はライナーの名を称えだした。

 マルクスが破顔して、ライナーに抱き付き、更に拍手が沸き起こるなか、関係者達は顔を曇らせていた。シルヴィンは思わぬ展開に舌打ちしながら唸った。


「何をやってやがる!」

「ふん! あのざまでは例えライナーに勝ったところで役にたたんさ。奴は覚悟が足りんのだ。本当に守るという事が分かっておらん。あれではまだライナーの方がましだ。少なくとも何を優先すべきか、わきまえているからな」


 アルスラーダは苦々しげに吐き捨てると、最早用はないと言わんばかりに、バルドからシルヴィンの方へ視線を移した。だが隣にいるのはバルド以上に使えない男だ。これ見よがしに溜め息をつくと、シルヴィンは自分の現状を思い出したのだろう、急に咳払いをして、喉を擦った。


「ほぅ。ついでに体調も悪いのか。いっそ死ぬか」

「あまり冗談に聞こえんぞ。ただでさえ人相が悪いんだから、気をつけろよ。……まったくこの男のどこがいいんだかな」


 後半は小声だったが、きっちりアルスラーダに聞こえていた。思いきり足を踏んづけると、シルヴィンは声にならない悲鳴をあげた。


「やかましい! そもそも貴様のせいで算段が狂ったんだぞ」


 また怒りが再燃したらしく、シルヴィンの首を掴み荒々しく引き寄せると、耳元で低い声で囁いた。


「首は洒落にならない。止めてくれ。……いや本当に反省してるって」


 アルスラーダは鼻を鳴らし、今度は強い力でシルヴィンの首を揉みほぐしてやりながら尋ねた。


「なら勝てるんだな」

「いやそこはな。ほら、棄権するって仰られたし、大丈夫だって」

「本当にそう思うか?」

「……そうして欲しいんだがな」


 二人は顔を見合わると、揃って溜め息を吐いた。ライナーは仲良さそうな二人を薄気味悪く思いながら、軽く会釈して席に戻った。バルドは済まなそうに頭を下げて、アールファレムの側に戻っていった。

 依然としてアールファレムの表情は誰にも読めないままである。内心楽でいいなと、ほくそ笑むアールファレムだが、浮わついた様子は両隣のビクトールとエクムントにはしっかりと伝わっていた。二人ともお喋りな方ではないので、この状態自体は苦ではない。

 だが当初この任務を楽しんでいた筈のビクトールですら困惑する事態に陥っていた。エクムントに至っては言うまでもない。

 彼等には既に分かっている事がある。万が一アールファレムが勝ち進んだとしても、棄権などしないだろうという事が彼等には分かっていた。アルスラーダ達も薄々感付いているが、二人には確信するだけの根拠があった。

 長い一日はまだ始まったばかりである。 

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