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85 武術大会本選開幕

「皆様お待たせしました。第二回武術大会本選いよいよ開幕します」


 司会進行役の文官の挨拶で幕を開けた武術大会だが、観客からは不満の声が上がっていた。何故なら特別観覧席にいる皇帝の前に布で出来た衝立があり、観客からは皇帝の姿がはっきり見えないのだ。かろうじて頭頂部が見えるのみで、昨年あった開会の挨拶すらないのでは、期待外れというものである。

 観客がざわめく中、マイヤールは無言で特別観覧席を凝視していた。あのアールファレムが民と距離を置くなど考えにくい。となればあそこに座っているのは本人ではないだろう。

 だがアールファレムは武術大会を楽しみにしていた筈だ。何せ旅行の際、本人の口から散々聞かされたのだ。


「まさか!」


 真実に思い至り、愕然としてつい叫んでしまった。アールファレムの気性と併せて、そこから得られる答えは唯一つ。アールファレム自身が参加しているのだ。マイヤールの視線は仮面を被った怪しいレオンに注がれていた。背格好がちょうどアールファレムと同じ、それに二人の護衛騎士も胡散臭い。レオンの正体はアールファレムでほぼ間違いないだろう。

 だが出場者の中には、あの恐ろしいケビンもいるのだ。船で一度すれ違った時の恐怖を思い出し、マイヤールは大きな腹を撫で擦った。あまりの心痛に胃が痛みだしたのだ。

 かくなる上はアルスラーダ達に頑張ってもらうしかない。マイヤールは声を張り上げて、アルスラーダに心を込めて声援をおくるのだった。


「では出場者の皆様にはくじを引いて対戦相手を決めて頂きます。順番にどうぞ」


 係りの役人が用意した箱の前に選手達が並び、順番にくじをひく光景をルーヴェルは呆然と眺めるしかなかった。


「やられた!」


 ルーヴェルは部下にはくじではなく、今年からは決められた対戦表を発表するよう命じた。ルーヴェルの命令を覆す事が出来るのは、帝国で唯一人しかいない。

 だが既にシルヴィンのせいで、ルーヴェルの決めた組み合わせは最善とはいえないものになっていた。果たしてくじの結果がどうでるか、まさに運任せになってしまい、ルーヴェルは今度こそ本当に腹をくくった。


「一回戦の組み合わせが決まりました。第一試合、アルスラーダ選手対テオ選手、第二試合、ハンス選手対ジャン選手、この二組の勝者が二回戦の相手となります。そして第三試合はライナー選手対バルド選手、最後の第四試合はシルヴィン選手対レオン選手です! こちらも同じく勝者同士が二回戦を戦う事になります!」


 遂に対戦相手が確定し、反応は皆それぞれだった。テオは敵愾心を隠そうとはせず、仄暗い憎悪を込めた目でアルスラーダを睨み付けていた。アルスラーダとしてはテオに睨まれても、まったく痛痒を感じない。

 その後のジャンとの対戦の方が余程気掛かりで、ちらりとそちらを向くと、奴は特別観覧席の方を気にしているところだった。アルスラーダの瞳が剣呑な光をおびると、ようやく視線に気付いたのか、ジャンは微かに笑みを浮かべ、視線を対戦相手であるハンスに向けた。

 ハンスは顔を強張らせ、緊張でがちがちになっていた。見兼ねたバルドがハンスの背中を勢いよく叩くと、あたふたと頭を下げていた。

 そうした中、一番頭を悩ませたのがシルヴィンだろう。今の自分では誰が相手でも勝てる気がしないが、よりにもよってアールファレムと初戦であたるとはついてないのか。しかも初戦がそのままシルヴィンにとっては最終戦になりそうである。無様な真似をさらすにしても、直接対決は避けたかったが、今更格好をつけても無駄である。うなだれようにも首が痛くて、右に傾けて下を向くのが精一杯でその姿は哀愁が漂っていた。


「まぁ、そんな日もありますよ」


 会場に向かう際、ハンスから事情を聞いたライナーがシルヴィンの肩に手を置いて慰めた。ライナーに慰められた事により、シルヴィンの自己嫌悪は更に悪化した。


「ライナーごときに……。不甲斐ない」


 溜め息を吐きながらも、失礼な発言をする上官にライナーは怒るでもなく、肩を軽く二回叩いてその場を離れた。意気消沈したシルヴィンの姿など見たくないのだ。いつだって部下達の前では偉そうで、自信満々な態度をとるシルヴィンだが、実力があるので、別に反感を抱いている者はいない。そんな者は将軍の中ではカスパードぐらいだろう。

 アールファレムも声を掛けてやりたいが、そうする訳にもいかず、シルヴィンの肩をつついて自分の方を向かせ、無言で右拳を前に突きだした。シルヴィンは戸惑いながらも、同じように突き出し軽くぶつけた。仮面の奥で笑う気配がして、シルヴィンは弱々しいながらも、ようやく笑う事が出来た。

 一方観覧席のルーヴェルにとっても、この結果は好ましくない。一先ずはジャンやテオとあたるのは回避出来た訳だが、どうせならアルスラーダにアールファレムの相手を任せたかったのだ。

 気難しい表情のルーヴェルの手元に、部下の文官が一片の紙切れをそっと差し出した。ルーヴェルは目を通すと、大きく目を見開いて、眼下に見える武舞台に視線を移し、その姿勢のまま長い間固まってしまった。


「何か問題があったのですか?」


 部下は何か命令があるといけないので、待機していたのだが、余りにルーヴェルが動かないので、恐々と尋ねた。


「どちらかというと吉報かも知れんが判断に迷うな。まったく厄介な事に全員があそこにいては、私が決断するしかないではないか」


 何せルーヴェル以外の首脳陣はほとんど大会に参加しているのだ。この上ルーヴェルが離れる訳にはいかないだろう。勘のいい者はエクムントやビクトールの不在に気付いているかもしれない。身動きのとれないルーヴェルは仕方無いので、少ない手駒を活用する事にした。クルトを手招きして呼び寄せると紙切れを読ませ、耳打ちした。近くにいたブルーノを指差すと手を振ってクルトを下がらせた。クルトは頭を振りながらもブルーノの元へ向かった。

 ブルーノは突然の指名に驚きながらも、ルーヴェルに向かって頷いてみせ、フィリップに声を掛けると観覧席を離れた。ルーヴェルはブルーノの背中を見送ると、衛兵を呼んでクルト達の後を追わせた。出来る事を全てやり終えたルーヴェルは再び舞台に目をやると、折しもアルスラーダとテオの試合が始まろうとしており、腰を落ち着けて観戦に専念する事にした。


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