83 武術大会予選
武術大会予選は本選と同じく大闘技場で行われる。観客席は無料で一般公開もされていたので、すぐに満席になった。ただ本選と違い特に説明がない為、後方の席からでは誰と誰が戦っているのか分かりにくいし、当然ながら並行して試合が行われる。それでも贔屓の将軍を応援しようと大勢の民衆が詰め掛けていた。
アルスラーダ、シルヴィン、ライナーらが順当に勝ち残る中、番狂わせが起きていた。老将軍マルクスが敗戦したのだ。マルクスは予選決勝まで勝ち進んだのだが、ジャンという無名の男に負けたのだ。
その試合はかなり注目を浴びており、参加する高官達が見守る中、マルクスはあっさりと敗退した。マルクスは老いたとはいえ、戦士としての力量は他の将軍と比較しても、ひけをとらない。
「あのジャンが例の男か。確かに桁違いの強さだな」
悔しがるマルクスを無感動に眺めながら、シルヴィンが隣のアルスラーダに話し掛けると、アルスラーダはむっすりしたまま頷いた。視線はマルクスを下し、気障ったらしく観客に一礼する金眼の男に釘付けである。
男は試合前からアルスラーダに気付いていたらしく、呼ばれもしないのに真っ直ぐ二人の元へ歩いてきた。
「お初にお目にかかります。アルスラーダ閣下にシルヴィン閣下ですな。高名なお二方が並びますと私のような弱輩者は気後れしそうです」
随分お喋りな男らしく、シルヴィンは妙に感心しながら、アルスラーダに対応を任せ、観察に徹した。
「貴様のような軽薄な男と話す事はない」
「なるほど。剣での対話がお望みか。軍事大国のガルフォンならではですな。明日の本選を楽しみに致します」
立ち去ろうとする男の肩をアルスラーダは強く掴み、振り向かせた。
「待て! 貴様の本名は何だ?」
「明日まではジャンですよ」
うっすら笑い、アルスラーダの手を振り払って、ジャンは今度こそ立ち去った。
「確かに嫌な野郎だ」
名門貴族出身の筈のシルヴィンが吐き捨てるように酷評した。アルスラーダから胡散臭い目で眺められ、シルヴィンはどうかしたのかと目で訴えたが、アルスラーダはこれ見よがしに溜め息をついて、隣の組の決勝戦に注意を移した。そちらも同じくらい頭の痛い光景が広がっていたのだ。
三人の不審な人物がそこには立っていた。一番背の低い出場者らしい人物のみ軽鎧で、後の二人は完全に全身を覆う重装備の出で立ちだ。そして三人とも鉄仮面を被っており、異様さを際立たせていた。言わずと知れたレオン様一行である。今朝になってエクムントとビクトールは笑顔のアールファレムから仮面と甲冑を渡された。
「まさか我々もですか?」
「当然じゃないか。二人は顔が知られているんだから、私だけ隠しても意味ないだろう」
エクムントは真冬にも拘わらず、背中に汗が伝うのを感じた。馬鹿馬鹿しいと思っても、皇帝相手に言える筈もない。戦場ですら、ここまで重装備になった事はない。
ビクトールは嬉々として、フィリップの手を借りながら甲冑を着込み始めた。ブルーノが気の毒そうな顔で、エクムントの被る仮面を持って近付いてきた。にこにこしたアールファレムの前でエクムントは覚悟を決めて、護衛騎士に変身した。今となってはアールファレムも周囲に隠す必要はなく、堂々と準備を行っており、近衛の間では、かなりの動揺が広がっていたが、バルドの一声で鎮静化した。普段は影が薄くとも、ここぞという時、バルドは力を発揮する。近衛は一丸となりアールファレムの武術大会参戦を見守る事を誓ったのだ。
不審な三人組の前には途方にくれたクルトがいた。いっそマルクスの方がましなのではと、よそ見しながら悩んでいると、不自然な笑顔を張り付けた二人組が近付いてきた。
いつもは傍若無人なクルトでも、流石にお手上げで、救いを求めるべくライナーを探した。本来ならこういう損な役回りはライナーが引き受けるのだが、抽選の結果では仕方無い。せめて巻き込んでやろうと探したのだが、ライナーはマルクスを慰めるのに忙しく、とてもクルトに構う余裕はない。だがあったとしても逃げるだろう。ライナーは逃げ足の速さではガルフォン一との呼び声が高い。頬の傷は見かけ倒しかと、よくマルクスに笑われていたが、ライナーは勝算のない戦いはしないとうそぶくだけだった。
「何をきょろきょろとしているのだ。公衆の面前では将軍として毅然とした態度をとるよう常日頃から言っているだろう」
「左様。そんな事では次の決勝戦で負けてしまうぞ」
シルヴィンとアルスラーダは好き勝手な事を言うが、それなら代わってやると言いたいクルトである。
「それで俺にどうしろと言うのですか? 手加減するのか、本気で勝ちを狙うのか、どちらをお望みです?」
クルトがむすっとした態度で問い掛けたが、シルヴィンはにこやかに笑みを貼り付けたまま、クルトの右肩を押さえ付けた。そして何故かアルスラーダに左肩を押さえられ、クルトは身動き出来なくなった。
「暴力反対!」
「人聞きの悪い奴だな。ただ可愛い部下の激励にきただけだろうが。クルト、分かっているな。怪我を負わせず、悔いのないように満足していただき、なおかつ勝利するのだ」
「自分で出来ない事を部下に押し付けないで下さいよ。せっかく復帰を華々しく飾るつもりだったのに、台無しですよ」
クルトの両肩に食い込んだ手に力が入り、クルトは顔をしかめたが、シルヴィン達はお構い無しだ。
「それは批判と捉えていいのか?」
先程までの笑顔は消え去り、上官の眼光が鋭くなるが、それぐらいで恐れ入るクルトではない。
「そんな訳ないでしょう。あの方に剣を向けるなど、例え試合でも俺は御免です」
クルトはアールファレムの方をちらちらと見ながら、小声で囁いた。
「棄権は許されん。そんな真似をしてみろ、どれほどお怒りになられると思う?」
シルヴィンに言われるまでもなく、アールファレムが激怒するのは間違いなかった。
そうこうする内にクルトは名前を呼ばれ、アールファレムと対峙することになった。及び腰のクルトとは対称的にアールファレムは積極的に仕掛けていった。クルトは咄嗟に受け流したものの、未だにどうすればいいのか結論は出ていない。
考えあぐねている間にもアールファレムからの猛攻は止まらない。クルトは気が付けば舞台ぎりぎりまで追い詰められていた。場外に出れば失格になり、いっそのこと押し出されようと、力を弛めようとした。
「クルト!」
だがアールファレムに名前を一喝されて、その場で踏みとどまった。仮面の奥で笑ったように思えたが、当然分かる筈もない。それでもクルトには確信があった。
剣を握る手に力が入り、ごくりと唾を飲み込んだ。女性達からの熱い声援すら耳に入らず、主君と二人きりしか存在しないような錯覚を覚えた。肌が粟立ち、胸の奥から熱い何かが込み上げてきて、ようやくいるべき場所に帰ってきたのを実感したのだ。病に倒れ、アールファレムに会えなかった日々はクルトにとって苦痛でしかなかった。クルトは歯痒い思いを誰にも洩らす事なく、ひたすら静養に努めた。女性が訪ねてきても、クルトを本当に癒すことなど出来なかった。
二人は中央まで戻り、再び仕切り直した。主君に対して遠慮する事の方が無礼だろう。覚悟を決めてクルトは敬愛する主君に立ち向かった。久々の実戦がクルトの感覚を呼び覚まし、以前の流麗な剣捌きが蘇った。将軍クルトが完全復活を遂げたのだ。
クルトの剣から迷いが消えたのを悟ったアールファレムは、満足して本気でぶつかる事にした。二人はまるで舞踏会で踊るように動き回り、会場の観客は息を呑んで勝負の行方を見守った。優雅にすら思えるクルトの剣先を軽くいなし、アールファレムが流れるように剣を薙ぐと、それをクルトが間一髪で躱した。体勢を崩した瞬間を狙うが、クルトは逆に誘い込もうと後ろに跳んでみせた。アールファレムは深追いせずに再び間合いをとった。
最早シルヴィンやアルスラーダは口出す事はしない。ただ結果を待つしかなかった。他の組が次々と終了する中、アールファレム達は未だに激戦を繰り広げていた。
「まぁ善戦した方かな」
シルヴィンがそろそろ決着が着くのを予想すると、アルスラーダも無言で頷いた。試合は徐々にアールファレム優勢に傾きつつあった。クルトが体勢を大きく崩すと、アールファレムは容赦なく、クルトの剣を叩き落とした。
「そこまで!」
クルトは制止の言葉と共に地面に寝転がった。肩で息をしながら、拳で汗を拭った。
「負けたか〜。勝ちたかったな〜」
悔しいが全力を尽くして負けたのだから納得出来た。息を整え半身を起こして、アールファレムの方を見ると、クルトの剣を拾い上げ、こちらに差し出してくれていた。慌てて受け取り、立ち上がると、割れんばかりの喚声が起きた。クルトの敗退という衝撃に静まり返った観衆は、一呼吸あけて、一斉に拍手して二人を讃えたのだ。予選とは思えぬ程の盛り上がりに戸惑いながら、互いにに一礼すると、上官二人の元へ、叱責覚悟で向かった。
「よい試合だったな。よくやった。完全復活だな」
素直に称賛するシルヴィンの声には羨望が混じっており、クルトはにやりと笑ってしまい、肩を軽く小突かれた。それに較べてアルスラーダからの言葉は笑えない。
「まぁ上出来かな。だが今度鍛え直してやるから覚悟しろよ」
冗談だと思いたいが、目が笑っていない。だがクルトは思い直して、余裕綽々で応じた。
「有り難きお言葉しかと胸にとどめておきます。シャリウスからのお戻りをお待ちしております」
何せこの後この二人はいなくなるのだから、慌てる事はない。表情に出ていたのだろう、シルヴィンとアルスラーダは顔を見合わせると、揃って嫌な笑みを浮かべた。
「留守中、将軍は全員早朝訓練を行うようにな。一日も欠かすなよ。エクムントに見張りを命じるからさぼれると思うな」
「そんな横暴な! 冗談でしょう! 俺には女性に博愛精神を教えるという神から与えられた使命がありまして……痛っ! 止めてください!」
シルヴィンはクルトの耳を容赦なく引っ張り、クルトは涙目になりながらも、なんとか逃げ出すと全速力で走り去った。
「逃げ足の速い奴だな。おっ! ライナー、ちょっとこい」
「えっ! いや俺はちょっと用がありまして、すんません」
シルヴィンの声の調子から嫌な予感しかしないライナーは、回れ右すると素早く逃げた。
「おいおい大将軍閣下は人望がないんじゃないか?」
「人の事が言えた義理か」
「ふんっ!」
アルスラーダはシルヴィンと仲良く並んでいるのに今更ながら気付き、急に不愉快になった。離れようとしたが、ルーヴェルがこちらに向かってくるのに気付いて、仕方無しにその場にとどまった。
「これで本選出場者が出揃ったな」
「私、アルスラーダ、ライナー、それにジャン、レオン様、これで何人だ?」
「五人だ。近衛では当然ながらバルド、それと意外にもハンスが残った。中々腕を上げていたようだな。最後にテオという男だが、見覚えがある気がするんだがな」
「テオ! まさか奴がここで現れるとはな。……妙な事になったな」
アルスラーダは予想外の人物の出現に顔をしかめたが、二人から無言で説明を求められた。
「ルドルフ様の側近だった男だ。例の騒ぎのあと、行方をくらましていたんだが、まさか武術大会に出るとはな。間違いなく私に対する復讐だろうな。アルファ様に対してじゃないと思いたいが確信は持てない」
「おいっ! 円満に片付けたんじゃなかったのか!」
「そのつもりだったんだがな。主君の喉を切り裂いたんだ。まぁ恨まれるかも知れんな」
「切り裂いた? また面倒な殺し方をしたな。血が吹き出て大変だったろうに」
「確かに血塗れになったな。今度から後始末も考えて殺す事にする」
「最近平和だから、勘が鈍ってるんだろう。武術大会ぐらいでは実戦感覚は取り戻せんからな。シャリウスにいくまでに何とかしてくれよ」
シルヴィンとアルスラーダは少し論点がずれている事に気付かず、楽しそうに話し合いをしている。ルーヴェルは呆れながらも、どうしようか思案に耽った。
「………………おっ! そうだ! テオとジャンを組ませよう! なら問題は一つだけになるな。だがそうなるとアルスとシルヴィンの片方しかあたらないか。どちらがいいと思う?」
「細工はしないよう御命令があっただろう」
「ふんっ! 安全第一だ」
アルスラーダはルーヴェルをつついて黙るように示唆した。三人の仮面集団が横を通り過ぎたからである。
「楽しんで頂いて何よりだな」
仮面集団の後ろ姿を見送りながら、シルヴィンが目を細めた。一般参加者が遠巻きになるなか、近衛らしき者がそれとなく周囲を固めていた。既にジャンには見張りが張り付いており、万が一にもアールファレムと接触しないように、厳重に警戒していた。
かくして武術大会予選は無事終了し、八人の出場者が明日の本選に進む事になった。
予選を一話にまとめた為に長くなりました。本選は一戦ずつの予定なので逆に短くなります。ご了承願います。




