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81 談話室の密談(後)

 先程までは賑やかだった談話室が、嘘のように静まり返り、三人は自然と無言で顔を見合わせた。息詰まるような沈黙の中、アルスラーダは扉を施錠して、万一にも会話が外に洩れないように気を配った。シルヴィンはその様子を目で追いながら、思いきったように話し出した。


「いっそ例の件も話してしまおうかと思ったがな。私から話すのは筋が違うだろうし、アールファレム様の御意向を伺う必要があるからな」


 この状況で将軍達の不満を残すのは避けたいシルヴィンは、この機会に全てを打ち明けるべきかと気持ちが揺れ動いていたのだ。だが流石にその判断はアールファレム自身が下すべきだった。そしてそれはアールファレムの口から語る必要がある。でなければどうして彼等の信用が得られるというのか。

 残りの二人も同様の思いを抱いていたらしく、それぞれ今後について思いを廻らせた。


「確かに春までもたないかもな。既にフリードリッヒ、ビクトールとクルトの三人が気付いている。他は根が単純な連中だからな。疑うという事を知らん」


 アルスラーダが皮肉気に笑いながら述べると、シルヴィンはどうやらクルトが勘づいているのには気付いていなかったらしく、意外そうに首を傾げた。


「クルトもか? そうは見えなかったがな」

「クルトはアルファ様に対して完全に女性扱いの態度をとっているぞ。目で分かる。誰かさんと違い、よこしまな気持ちはないようだから問題はないが」


 アルスラーダ自身がそういう目で見ているから気付くのだ。自分の思いはけっしてよこしまではないと自負している。だがシルヴィンとて、そう断言されては面白くない。


「誰がよこしまだ!」

「大聖堂で鼻の下伸ばしていただろうが!」

「うっ! 気付いていたのか。あ、あれは不可抗力だろうが!」


 途端にうろたえる姿はとても大将軍とは思えなかった。アルスラーダとシルヴィンがしょうもない言い合いを始めるなか、ルーヴェルは一人冷静だった。


「アルスラーダ、クルトはいつ頃から感付いた?」


 ルーヴェルやアールファレムが名前をアルスラーダときちんと呼ぶときは真剣な時が多い。アルスラーダは気持ちを切り替えて、真面目に対応した。


「実は確信したのは昨夜だ。復帰の挨拶に来た時に違和感があった。明らかに以前と対応が違ったからな。それまでは特に普通だった」


 そしてアルスラーダに対する態度も変化していた。何かにつけて生暖かい目で見るのだ。あるいは以前から気付いていたが、アルスラーダとの関係に変化があったのを気付いたからこそ態度を変えたかも知れない。

 クルトは男女間の仲に関しては勘の鋭い男である。二人の親密度の変化も容易に察した事だろう。

 ルーヴェルはアルスラーダをじっと見詰めた。久々に会ったクルトにばれたのが大問題なのだ。何せこの後アールファレムはシャリウスに赴くのだ。万一オリアンヌやサミュエルにばれでもしたら、取り返しのつかない事態になる。アールファレムに恋心を抱く姉と殺意を抱く弟。変化に気付く可能性は限り無く高い。


「クルトもか。……アルス、シャリウスではなるべくアルファ様から離れるようにしろ。警護はシルヴィンとバルドに任せておけ」


 そのような事、承服できる筈もなくアルスラーダは激昂し立ち上がろうとしたが、寸前でとどまり、椅子に座り直した。以前リベリオからも同様の忠告を受けていたのを思い出したからだ。言われるまでもなく、自分でも不味いと自覚していたのだ。

 だが敵地でアールファレムの側を離れるなど、不安で仕方ない。シルヴィンとバルドの事は信頼している。信頼? 近衛隊長のバルドはともかくシルヴィンを信頼しているのか?

 沈思するアルスラーダを見守るルーヴェルの目は厳しい。シルヴィンは口出しすべきでないのは分かっているので、黙して二人の判断に任せる事にした。


「アルス。まずは武術大会だ。それを終えるまでに気持ちの整理をつけておけ」


 ルーヴェルは容赦なくアルスラーダに言い渡し、先に部屋を出た。シルヴィンはアルスラーダを気にしながらも、ルーヴェルを追い掛けた。


「少し厳しすぎるんじゃないか」

「そんな甘い考えでアルファ様を守れると思っているのか? シルヴィン、頼む。アルファ様を無事に連れ帰ってくれ」


 ルーヴェルの真剣な眼差しを受けて、シルヴィンは己の甘さを恥じた。何を優先するかは明らかだった。


「必ず無事にお連れする。私の命に代えてもだ」

「阿呆。お前もアルスも生きて帰ってくるんだ。勝手に死ぬ事は許さんからな」

「おいおい、死ぬ時はわざわざお前に断る必要があるのか。そろそろ死にたいのですがよろしいですか? ってか。馬鹿馬鹿しい」

「それぐらいしろよ。絶対に許可してやらんがな」

「可愛くないな。素直に心配だから無事に帰ってこいと言えんのか?」

「そう聞こえなかったか?」


 ルーヴェルはいっそ無邪気ともとれるほどの笑みを浮かべ、シルヴィンの方が照れてしまい、強引に話を切り替えた。


「ところで今からアールファレム様の元へ向かうのか? そろそろ時間だろう」


 ルーヴェルと話をする為についてきただけなので、目的地が定かではなかったが、既に自分達の私室とは違う方向にきていた。ここから先は皇帝居住区しかない。


「少しでも話せればいいと思ってな」

「だが大丈夫だろうか? 先程お疲れのようだったし、お休みになられているのではないか?」


 色々と報告する事はあるが、アールファレムから下がるよう命じられたのに、すぐに邪魔するのは憚られた。


「そこはアルスが上手くやっただろうさ。駄目だったら出直す」


 ルーヴェルはそこまでアールファレムに気を使わないが、シルヴィンには到底真似出来ない。いくら親しくなったとはいえ、シルヴィンはアールファレムの不興を買うのが恐ろしい。アールファレムがそれで自分を煙たがるような事はないと思うが、既に身に染み付いている。


「心配性だな。ほらもう着くぞ。フィリップ、入るからな。暫く人は通さないでくれ。時間になればノックするようにな」


 私室前でフィリップがブルーノや近衛兵達と共に待機していたが、ルーヴェルは声を掛けただけで、扉を叩き、返事も待たずに室内に入ってしまった。


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