80 談話室の密談(前)
ルーヴェルとシルヴィンは将軍達を談話室に集めて、フリードリッヒからの手紙の内容を伝えた。ケビンの話も解禁し、エクムントとビクトールはようやく裏事情を聞かされた。
「そのような大事な話は最初から教えて下さらなければ困ります」
エクムントが憤るのも無理はなく、シルヴィンは大人しく頭を下げた。
「返す言葉もない。せっかくのお祭りに水を差すのもどうかと思ってな。ビクトールもすまなかった」
「どうかお気になさらず。何にせよ敵が分かればやりようもあるでしょう。金眼のケビンですか……。アルスラーダ閣下ですら敵わない相手とは、いやはや世界は広いですね」
「相変わらず呑気な事をいいよってからに。事は陛下のお命にかかわるのじゃ! しっかりせぃ!」
マルクスは勢いよく机を叩いた。普段は不真面目なマルクスだが、こういうときは年長者らしいところをみせる。ビクトールは反省したように表情を引き締め頷いた。
「我々が対戦する可能性もある訳か。かなり荒れそうだな。俺も参加をやめて警護に回ろうかな。その方がお役に立てそうだ」
既に大会への意欲は無くなっているライナーが弱気な発言をしたが、シルヴィンは首を振って却下した。
「駄目だ。勝てないまでも、少しは怪我を負わせろ。腕をへし折ったら褒美をくれてやる」
「無茶言わないで下さいよ」
「死ぬ気でやれば出来るだろう。クルトもマルクスも分かったな。殺すつもりであたれよ。もしもの時は事故で済ませる。ケビンの試合は絶対に気を抜くな。……そうだな。ライナー、いっそ殺されてくれないか。規定違反で奴を失格処分にできる」
「真顔で冗談は止めて下さい。…………まさか本気ですか?」
「お前なら瀕死程度なんとかできるだろう」
「前途有望な若者に何ということを! どうせなら老い先短いじぃを犠牲にして下さい!」
すかさずマルクスはライナーの頭を叩いたが、元を正せばシルヴィンが悪いだろう。ルーヴェルは一つ咳払いして、弛みかけた雰囲気を吹き飛ばした。
「冗談はさておき、予選の対戦表にはケビンの名前はない。更に偽名を使っているらしい」
「ケビンの方も大事ですが、陛下の偽名は分からないのですか? 予選で将軍とあたらないようにするか、もしくはシルヴィン閣下かアルスラーダ閣下に先にあたるよう細工すべきでは?」
エクムントの進言はもっともで、どうしてもアールファレムを特定する必要がある。アールファレムにはケビンと当たる前に敗退してもらうのが一番都合がいい。そうなればケビンが勝ち残ったとしても、さほどの問題はない。
「後で確認しておく。取り合えず昨年同様、将軍同士は予選では当たらない様に細工はしてある。予選段階でケビンを特定出来るだろうよ。本選のくじ引きにも細工は出来るが、あまりやり過ぎてもな」
「悠長な事を言っている場合か! 陛下の安全を第一に考えろ。ついでに私とアルスラーダが当たるようにしておいてくれ。昨年の雪辱を果す」
ちょうどアルスラーダを顔を出したので、シルヴィンは目をぎらつかせながら挑発してみせた。アルスラーダが横を通り過ぎる際、クルトが一瞬面白そうな表情を見せたが、すぐに真顔に戻った。アルスラーダはクルトの反応を訝しげに思いながら、シルヴィンを扱き下ろした。
「やるだけ無駄だ。衆人環視の中で再び恥を晒すだけだろうよ」
シルヴィンとアルスラーダの舌戦はエクムントの仲裁により早々に中断する事になった。結局、細工するにも正解がどれなのか、ルーヴェルには判断がつかなかった。取り敢えず予選を終えてから協議する事にして、この話は終了した。
「あの陛下がケビンとの対戦を本当に諦められたのですか?」
今まで黙っていたクルトが大事な事を確認すると全員黙り込んでしまった。ここにいる面々は、アールファレムの気性を十分知りつくしている。それだけに本当に約束を守るか懐疑的だった。
「一応な。しかし我々三人との約束だけでは心許ない。後で皆の前で再度誓って頂こう。流石のアルファ様もここにいる全員との約束を反故にはできんだろう」
部下達との約束を君主として破る訳にはいかない。だがルーヴェル達相手なら、アールファレムは甘えてうやむやにする時がある。一筆書いてもらった方が安心出来るが、そこまで求めれば、アールファレムが怒り出すだろう。
「武術大会も心配ですが、シャリウス行きはもっと深刻でしょう。確実に陛下を狙ってきます」
既にシャリウスへの同行が確定しているビクトールが懸念を示したが、それにはシルヴィンが応じた。
「だろうな。だから私も同行を志願するつもりだ。ルーヴェル留守は任せたぞ」
シルヴィンの発言にアルスラーダはぴくりと眉を動かしたが、特に反対しなかった。
「分かった。つまりアルスラーダ、シルヴィン、それにビクトールの三人が同行する訳か。国境には兵士を待機させる訳だが、そちらの指揮はどうする?」
これで帝都に残る将軍はマルクス、ライナー、エクムント、クルトの四人だけになる。ルーヴェルは本来なら、シルヴィンを止めるべきだろうが、アールファレムの安全を優先させた。アルスラーダとシルヴィンの二人が揃えば何かあっても、どうとでもするだろう。
「俺に任せて下さい!」
ライナーが志願したが、シルヴィンは首を縦に振らなかった。これ以上帝都を手薄にする訳にはいかないからだ。
「ベルノルトを動かす。今はベイロニアよりシャリウスの方を警戒すべきだ。陛下の裁可を仰ぐ必要があるが……、アルスラーダはどう思う?」
「賛成だ。余剰がない以上ベルノルトを活用すべきだろうよ」
「ベイロニアが動かない保証はないぞ。もし手を組んでいたらどうする?」
ルーヴェルが注意を喚起した。いくら確率は低くとも可能性がある以上、無策では許されない。たかが一将軍の謀反、だが帝国全体がそれに振り回されていた。
「その時はミュスタンに動いてもらう。軍事同盟を結ぶからには当然だ」
アルスラーダの発言に将軍達は騒然となった。それもそのはずミュスタンとの軍事同盟など初耳だからだ。
「軍事同盟? そんな話は聞かされていません!」
「儂らが信用出来なかったという事だろう」
ライナーが憤慨して叫ぶと、マルクスが吐き捨てるように呟いた。いつもの陽気さは鳴りを潜め、不信感を露にしてアルスラーダ達を睨み付けた。他の者も不満を抱いたようで、事情を知っているだろう三人に対し、厳しい視線が向けられた。
「様子を窺っていただけでけっして他意はない。黙っていてすまなかった」
アルスラーダの言葉に誠意は感じられず、一同は黙りこんだまま、気まずい空気が流れた。ルーヴェルがアルスラーダの不味い説明に苛立ち、弁明しようとしたが、シルヴィンの方が早かった。シルヴィンは立ち上がると、深く頭を下げた。
「色々と重なり、説明する機会がないまま、ずるずるきてしまった。黙っていて本当に悪かった。だが皆の力が必要なんだ。どうかこれまで通り力を貸して欲しい」
「儂らの能力を疑ったわけではないのじゃな」
「まさか! それはあり得ない!」
シルヴィンは即座に否定してみせ、マルクスを真剣な眼差しで見詰めた。シルヴィンの表情から誠意を感じとり、マルクスが口元を緩めると、シルヴィンも表情を和らげた。一気に部屋の緊張が緩み、シルヴィンは座り直すと、ミュスタンとの盟約の詳細を説明した。アールファレムがタヘノスに行った事だけは聞かされていたので、皆はようやくその理由に得心がいった。
その後、活発な論議が行われ、話が一段落したところでエクムントが確認をとった。
「これで隠し事は以上ですかな」
エクムントが念を押すと、三人は顔を見合わせ黙りこんだ。正直なところ内緒事が多過ぎて、どこまで打ち明けてよいか、シルヴィン達だけでは判断に迷うところである。
「まだあるのですか?」
エクムントはうんざりして顔をひきつらせ、他の者も既に怒る段階を通り過ぎて、呆れ顔である。
シルヴィンは観念したような表情を装いながら話し出した。
「実はルドルフ様の死因は事故死ではない。イグナーツ様がお見えになられているので、お主らに打ち明けようか迷っていたところでな。ルドルフ様は弑逆を企み、事が露見した為、アルスラーダにより処刑されたのだ」
シルヴィンは最後の秘密と言わんばかりに、勿体振りながら話してみせた。ルドルフの死の真相など、アールファレムが無事であるなら、ここにいる人間にとって正直どうでもよかった。意外に思った者、さもありなんと納得した者がいたが、だからといって今更真実に大した意味はない。重要拠点タヘノスの領主がイグナーツに代わる事に多少の危惧はあるものの、全体からすればさほど問題はなかったからだ。シルヴィンの演技に幾人騙されたかは、表情からは読めなかった。だが将軍達は取り敢えずは納得したようで、それ以上追求しようとはしなかった。
「あれっ? カスパードはシャリウスと手を組んだのに、ルドルフ様にも共同統治を持ち掛けたのか?」
ライナーが首を傾げたが、既にその事はアルスラーダ達も考察済だった。
「さほど意外でもないだろう。ルドルフ様の反乱など成功するとは思ってないだろうよ。事実帝国は何の被害も受けていない。本命はシャリウスと思って間違いない」
アルスラーダの見解にルーヴェルとシルヴィンも大きく頷き、同意を示した。最大の秘密を守れた事にシルヴィン達は密かに胸を撫で下ろした。だが解散して部屋を出る間際にビクトールが見せた思わせ振りな表情が引っ掛かる。あるいはシルヴィンの先入観がそう見せたかもしれない。室内にはシルヴィン達三人が残った。




