74 愛すべき大将軍の変化
朝食の後は、重臣達がアールファレムの元へ祝賀の挨拶に訪れた。今日ばかりは全員正装である。その後は宮殿の前庭で兵士や民衆の前で参賀が行われる。特別な公布がある時や新年だけ一般にも開放されるのだ。といってもアールファレムが露台から顔を出して一言挨拶するだけだ。それでも皇帝に一目会うためにわざわざ帝都に出向く者も多い。
武術大会の観戦のついでに参賀に訪れる者も多い。武術大会は好評で、入場券は既に完売になっていた。武術大会は帝都中心部にある闘技場で行われる。昨年は宮殿から闘技場までの道に移動中のアールファレムを見ようと大勢の民衆が詰め掛けた。
宮殿正面の露台にアールファレムが姿を見せると、大勢の群衆から歓声が上がり、皇帝が手を振ると更に声は高まった。ルーヴェルとシルヴィンが脇を固め、アルスラーダが斜め後ろに立ち、ライナーら将軍達が背後に並ぶ様は壮観だった。
昨年と違い将軍達の不在が目立ったものの、十分な層の厚さに兵士達は不安どころか、絶対の信頼を抱いたのだ。復帰したばかりのクルトが手を振ると、主に女性から悲鳴めいた歓声が上がり、エクムントは隣で顔をしかめた。
アールファレムが両手を挙げると、次第にざわめきが収まり、完全に静かになると、アールファレムは手を下ろし、笑顔で語りかけた。
「我が親愛なるガルフォン国民諸君、並びに勇敢なる兵士諸君。新しい年を皆と共に迎える事が出来て、大変嬉しく思う。私の治世も三年目になり、いよいよ正念場を迎えている。ゾレストで不穏な動きがあり、皆に不安を抱かせている事を、非常に申し訳なく思っている」
アールファレムが頭を下げると、悲鳴と共にあちこちからアールファレムを擁護する声が上がった。ざわめきだしたが、ルーヴェルが両手を打ち合わせて大きく鳴らすと、再び静けさを取り戻した。ルーヴェルの顔にはまだシルヴィンに殴られた痕があったが、下からは見えず、頼もしい宰相閣下は健在である。
「ありがとう。皆の気持ちは大変嬉しく思う。ゾレストの事は春まで時間をもらいたい。春には大将軍率いる討伐隊が鎮圧に向かう。シルヴィン大将軍が私の期待を裏切る事はないとここに断言する! 我がガルフォンに栄光あれ!」
今日一番の大歓声がおき、今度はシルヴィンを称える声が高まった。シルヴィンが手を挙げると、民衆達はこぞって叫び声をあげた。やはり弟の謀反という事で、民衆の間では不安が広がっていたのだ。アールファレムの発言は不安を払拭し、シルヴィンの立場を強固にするためのものだ。
民衆の反応を満足げに見渡し、アールファレムがシルヴィンの手をとり共に手を挙げると、興奮した民衆達は、拳を突き上げ二人を称えた。
「ガルフォン帝国万歳! アールファレム陛下万歳! シルヴィン大将軍万歳!」
歓声はアールファレム達が立ち去った後も、暫く鳴り止まなかった。人々が喝采を送る中、一人無言で佇む男がいた。黄金色の瞳が興味津々に皇帝の残像を追っていたが、それに気付く者はいなかった。
「ありがとうございます」
シルヴィンが感謝で声を震わせながら最敬礼を施すと、アールファレムはシルヴィンの肩を力強く掴んだ。
「気にするな」
「そうそう気にするな」
ルーヴェルがにやけながらシルヴィンの肩を抱くと、周囲にいた兵士から奇異な視線が二人に注がれた。
「そうそう気にするな」
アルスラーダは容赦なくシルヴィンの頭を小突き、シルヴィンは忌々しそうに、ルーヴェルを振り払い、アルスラーダを睨み付けた。将軍達は苦笑いして発言を控えた。余計な事を言って変に絡まれでもしたら、たまったものではない。
ライナーはマルクスをがっちり抑え、問題がおきないように、睨みをきかせた。とばっちりを受けるのは毎度の事で、せめて新年ぐらいは平穏に過ごしたかった。
「次は神官共の相手だな」
アールファレムは憂鬱そうにぼやき、髪を掻き上げようとして、アルスラーダに止められた。
「折角のお髪が乱れます。神事も大事なお務めの一つです。我慢なさいませ」
今から宮殿と目と鼻の先にある大聖堂にいき、大神に五穀豊穣を祈るのだ。ガルフォンではフレイダル教が広く信仰されており、国教に定められていた。大神フレイダル、大神の妻である女神ノアの二大神を主に崇め奉っており、それ以外には戦神アランドルなども軍人を中心に人気が高かった。
君主として必要な儀式だが、アールファレムは信心深い方ではない。そもそもここにいる大概の面々は自らの力でここまで国を造ったという自負がある。いるかどうかも定かでない神様に祈るより、建設的な事は幾らでもある。とはいえ国家である以上はそういった物を無視する訳にはいかない。今から退屈な儀式が待っていると思うとアールファレムでなくとも、憂鬱になる。唯一の例外はビクトールで、彼は信心深く大聖堂には足繁く通っていた。
「うっ! 目眩がする。俺は宮殿で休んでいようかな」
クルトがわざとらしくよろけたが、エクムントに首を抑えられた。
「みえみえの仮病を使うな!」
たしなめられても、一向に反省した様子のないクルトの前に、大将軍が腕を回しながら、立ちはだかった。
「二度とたわごとがいえないような体にしてやろうか?」
「なんか凶暴になってませんか? やだな……冗談じゃないですか! 暴力反対!」
謝りながらも、ふざけた態度をとるクルトの胸ぐらをシルヴィンは掴み、至近距離まで顔を近付けた。
「昨年は部下に対して少し甘過ぎたと反省していてな。今年は厳しく指導しようと決めたところだ」
後ろではライナーやマルクス達から抗議の声が上がったが、シルヴィンの一睨みで沈黙した。
「みんな仲良しで結構な事だ」
アールファレムは平和な光景に嬉しそうに頷いたが、ルーヴェルは肩を竦めるだけで、同意は避けた。軍部の問題に口出しする気はない。シルヴィンが部下に鉄拳制裁を加えようと、少々の事でへこたれるような将軍はいない。どうせじゃれているだけなのだ。
しかしシルヴィンの変わりようはクルトからすれば意外だろう。以前なら部下の軽口など冷ややかな視線で封殺するだけだったのだが、今では感情剥き出しで怒るのだから、クルトからすれば煽りがいがあるというものだ。一部では歓迎すべき変化だが、シルヴィンの方に自覚があるのか定かではない。ルーヴェルは他人事のように友人を眺めながら、昨日殴られた頬を撫でた。
「奴の変わりようはアルファ様のお力かな」
いつの間にかアルスラーダが隣にきて、ルーヴェルに小声で話しかけた。シルヴィンの変化はアルスラーダにとっても不思議らしい。クルトは間接技を極められ、もがき苦しんでいた。
「かも知れんな。まぁいい傾向だろうよ。クルトにもて遊ばれて楽しそうで結構な事だ。腹いせはライナー辺りに向かうのだろうな」
ライナーは絶望的な表情で項垂れ、マルクスは高笑いをしてライナーの背中を叩いた。エクムントはあまりのくだらなさに、苦虫を噛み潰したように顔をしかめていた。
「そろそろいきましょうか」
アルスラーダの嫌な一言で、一同は揃って溜め息をついた。大聖堂まではいくら近くとはいえ、兵士達がアールファレム達がくるまで、道を規制していた。道路脇には無論見物客が待ち構えている。
「嫌な事はさっさと済ませて、新年の祝賀会を始めましょう」
「昨夜あれだけ酔い潰れていた癖に今日も呑むのかよ」
マルクスがやる気の無さそうな皆を鼓舞したが、昨夜も介抱させられたライナーが小声でぼやいた。
「今年も頑張って下さいね」
ビクトールが笑顔で励ましたが、それならいっそ代わってくれとライナーは言いたかった。
ようやく解放されたクルトだったが、誰も心配する者はいない。シルヴィンは涼しい顔をして乱れた衣服を整え、何もなかったようにアールファレムの隣に戻った。
内心はどうあれ一同は公人として、殊勝な態度で儀式に臨むのだった。
あまりにも長くなったので次話と分割しました。中途半端な長さで申し訳ありません。




