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68 練兵所での熱戦

「おはようございます。随分張り切っておいでですね」


 駆け込んできたアールファレムに気付き、シルヴィンは表情を和らげた。肩慣らしにと相手になっていた兵士が礼を言って下がっていき、シルヴィンの前には、呼吸を整えた皇帝が、いつの間に手にしたのか訓練用の剣を両手で握り締めて、シルヴィンを睨み付けていた。


「へ、陛下? 何か私が粗相をしましたか?」


 困惑しながらも、降り下ろされた剣を反射的に己の剣で受け止めた。


「あいつら〜! シウ付き合え!」


 どうやらルーヴェルとアルスラーダが怒らせたらしいと悟ったシルヴィンだが、アールファレムは苛烈な勢いで剣をふるい、シルヴィンは防戦一方になった。シルヴィンの剣も訓練用の刃引きされた物だ。アルスラーダ相手には本物を使用しているので、兵士相手の時でよかったと胸を撫で下ろすシルヴィンだが、アールファレムの剣捌きは、考える余裕を与えてくれなかった。

 視界の隅にアルスラーダの姿が見えたが、本気にならなければ勝てる相手ではない。意識を目前のアールファレムに集中させた。アールファレムは最初は怒り任せだったが、刃を交える度に、感情を落ち着かせ、純粋に戦いに没頭していく様は見事だった。戦っているアールファレムが一番美く、見惚れそうになる。アールファレムの息遣いや、飛び散る汗を、意識してしまい、剣先を鈍らせるが、アールファレムの鋭い剣筋がシルヴィンを現実に戻した。雑念を取り払い、アールファレムに対峙すると、気配で察知したのだろう、アールファレムはうっすらと笑みを浮かべた。好戦的で獲物を狙うような表情に魅了されたシルヴィンは思わず唾を飲み込んだ。


「シウ、手加減はいらん。本気でこい!」


 目前の戦いに集中できず、すぐに煩悩にまみれるシルヴィンだが、アールファレムの一声がシルヴィンを落ち着かせた。


「……参ります!」


 アールファレムの剣は身軽さが売りだ。上手く体重を乗せて、軽やかに剣を振るうが、持久力、腕力共にシルヴィンには敵わず、俊敏な動きで辛うじて身を躱すのが精一杯だ。それでも隙あらばと果敢に挑む為に、シルヴィンに見た目ほどの余裕はない。もし実際の戦場であればアールファレムは更に力を増す。アルスラーダやシルヴィンは安定して強いが、アールファレムは本番では異様な程の実力を発揮する。

 だがこれは模擬戦である。アールファレムに疲れが出てきたところでシルヴィンは迷わず剣を叩き落とした。

 痺れた手を擦り、肩で息をするアールファレムの前でシルヴィンは片膝をついた。シルヴィンは背中の中程まである長い銀髪を、訓練中は邪魔にならないように束ねている。銀糸の如くさらさらの髪が朝日を反射して更に輝き、頭を垂れる姿に観客からは感嘆が洩れた。

 兵士達は運がよければ鍛えてもらえ、それが出来なくとも、熱戦を間近で見られるとあって、今日も満員であった。訓練は女官や文官達にも好評で、目の保養になるとばかりに、連日鈴なり状態だった。ましてや今日は皇帝対大将軍というガルフォンが誇る二大美形の対戦とあって、黄色い歓声があちこちで上がっていた。


「加減もせずに、無礼を働いた事をお詫び申し上げます」


 気障な仕草もシルヴィンがすれば絵になり、アールファレムが息を整え手を伸ばせば悲鳴すら上がった。


「手加減された方が余程無礼だ。本気になってくれて礼を言う。……まぁシウにはまだ余力はありそうだな。ほらアルスがお待ちかねだぞ」


 アールファレムの手をとろうとしたシルヴィンをアルスラーダは襟を掴んで強引に立たせた。準備のいい事にシルヴィンの得物まで片手に用意していた。


「アルファ様、仇は私がとります。覚悟しろよ」

「準備運動なしでは怪我をするぞ。大丈夫か?」

「おいおい、目の前で体をほぐしていたぞ。そんな体たらくで大丈夫か? 目前の敵に気をとられていて、周囲の変化を見逃すなど総大将としては致命的だぞ」

「ぬかせ! 誰に向かって言っているのだ?」


 二人は罵りあっていても、いつもと違い、どこか親しそうである。アールファレムは意外に思いながら脇に移動し、兵士からジークを受け取った。にっこりと微笑まれ、礼を言われた兵士は真っ赤な顔で硬直してしまい、周囲からは羨望の眼差しで見られた。


「お前、少し重たくなっていないか?」


 アールファレムがジークを高く抱き上げると、ルーヴェルがアールファレムの汗を拭った。


「ありがとう。ルーヴェル、いつの間にあの二人は仲良くなったんだ?」


 昨日顔を合わせた時は、せいぜい休戦中といったところで、アルスラーダは無駄な会話などかわそうとしなかった。

 ルーヴェルはしっかりと汗が拭えたのを確認して、視線をアルスラーダ達に向けた。


「昨日牢屋で何かあったようですよ。仲がいいのはいい事です」

「そうだな。……あっ!」

「どうかなさいましたか?」


 アールファレムは微妙な表情で溜め息をついた。


「怒っていたんだった」


 シルヴィンと手合わせしている間に、発散してしまい、すっかり機嫌が直っていたのにようやく気が付いたのだ。


「御無礼をお許し下さいませ」


 ルーヴェルは笑いながら、アールファレムの髪を一房掴んで、軽く口付けた。アールファレムの両手がジークのせいで塞がっていたので、代わりに髪にしたのだ。


「ルーヴェルは私の事をからかい過ぎだ。アルスと一緒になって苛めなくてもいいじゃないか」

「苛めたのではなく、愛情表現ですよ」


 ルーヴェルは人目があるので、言葉選びに気を遣った。流石に二人の周囲は空いていたが、興味津々で会話を聞いている者も多かった。ブルーノとの噂の信憑性を確認しようと会話を盗み聞きする輩もいた。

 ルーヴェルは噂など気にしないが、ブルーノはかなり難しい環境にある。モニカに頼んで配慮してもらった方がよさそうだった。


「どうした? 眉間がアルスみたいになっているぞ」

「アルスが聞いたら怒りますよ。私も少し体を動かしてきます」


 ルーヴェルはアールファレムの問いには答えず、訓練用の剣を手にした。別にはぐらかすつもりがあった訳ではなく、そのような些事を報告するまでもないと判断しただけである。


「相手になろうか?」


 まだ戦い足りないのだろう、嬉しそうにアールファレムは尋ねた。ルーヴェルはアールファレムの負担にならないのなら、別に構わなかった。


「シルヴィンの後では物足りないでしょうが、お願いできますか?」


 アルスラーダとシルヴィンは激闘を繰り広げていたが、毎日の事なので別に見守る必要はない。アールファレムは再びジークを預けると、嬉々としてルーヴェルの相手を務めた。

 シルヴィンとの対戦とは違い、両者の実力はかなり伯仲していたが、実戦経験の差でややアールファレムに分がある。

 練兵所は朝から武術大会のような盛り上がりを見せた。アルスラーダ達の対戦を見物していた者も、アールファレム達の対戦が始まると視線を動かすのに大忙しである。


「出遅れたかな?」


 ライナーとマルクスの仲良し二人組がようやくやってきた。練兵所は広い為、まだまだ余裕はあるのだが、全員手を止めて二つの熱戦に夢中である。剣戟の音が響き渡り、将軍二人のやる気に火をつけた。


「よし! 小僧、掛かってこい!」

「じじぃ引導を渡してやる!」


 ライナー達まで戦い始めると、兵士達はようやく何しに来たのか思いだし、相手を見付け、訓練を再開した。

 下働きの一人が練兵所の様子を窺っていたが、慌てふためいて、厨房に駆け込んだ。


「今日も練兵所は大盛況です!」

「くそぅ! 何人ぐらいだ?」

「いっぱいいました!」

「あほか〜! そんな事は分かっとる。兵士どもめ! 朝食ぐらい家で食ってきやがれ!」


 料理人達は大忙しで朝食の準備に追われていた。怨嗟の声を喚きつつ、次々と大皿に盛り付けていく。


「どうせ奴等は味の違いなど分からん! 量でごまかせ〜!」


 勿論、皇帝には専属の料理人が何人も付いていて、厨房も別だった。高官用にも別の料理人達が存在する。彼等は一般担当で、連日の訓練に参加する兵士達の胃袋を満たす為に夜も空けぬ内から包丁を振るい続けていた。最近は朝食の当番が一番過酷で誰もやりたがらないが彼等も仕事人である。誇りにかけて足りない事態などおこす訳にはいかなかった。

 この様にアルスラーダとシルヴィン始めた訓練は宮殿の様々な人々に影響を及ぼしていたのだ。

 彼等料理人は武術大会までの期間だけと思って耐えていた。だが一旦習慣付いた訓練は規模は縮小しようとも、継続される事になるが彼等はまだ知る由もない。

 もう年も改まろうとした年末の一幕であり、新年の宴の準備も着々と行われていた。


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