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58 全快祝いの宴 

 宴は皇帝専用の小広間で開かれた。小広間といっても、あくまで宮殿基準での事である。


「陛下〜! ご無事で何よりです。お戻りをお待ちしておりましたぞ!」

「こらっ! じぃ! 御病気だ。いい加減な事を言うな!」


 マルクスが嬉しそうにアールファレムに駆け寄り、主従は固い握手を交わしたのだが、マルクスは失言をライナーに咎められた。


「久々に我々の前にお姿を見せられたのだ。お戻りと表現して何が悪い!」

「いや、まぁ。それはそうだがな」


 ライナーは屁理屈を言い出したマルクスに、上手く言い返せず言葉を濁した。


「はっはっは。いろいろと心配かけて済まなかった。ライナー、じぃの面倒いつも御苦労様。これからもよろしく頼むぞ」

「私などには勿体ない御言葉、恐れ多い事でございます。ですがそのお役目はそろそろ他の者に……」

「ライナー、何を訳のわからぬ事を言っているのだ。よもや陛下から賜った勅命を余人に押し付けようとしているのではなかろうな」


 シルヴィンがライナーの肩に手を置くと、ライナーは項垂れた。


「いつのまにこのような役回りになったのやら。はぁ〜」

「元気がないのぉ。せっかくの目出度い席で溜め息をつくな」

「誰のせいだと思っているんだか」


 ライナーがぶつぶつ言うのをマルクスは笑い飛ばし、二人は席に戻っていった。何だかんだで並んで座るあたり、ライナーはマルクスの事が放っておけないのだろう。


「さぁ、陛下も早く席に着いて下さいませ」


 シルヴィンがアールファレムを促したが、皇帝は素っ気ない態度でシルヴィンを無視した。


「あの陛下? 私が何か気に障る事でもしましたか?」

「何かだと! フィリップとジークを独り占めしたのは知っているんだぞ! そんな真似が許されるなら私がやっていたわ! こっちは怖いアルスが山のような書類を私に押し付けて、恐ろしい事になっていたんだぞ!」

「申し訳ありません!」


 シルヴィンはぺこぺこと頭を下げ、許しを乞うたが、アールファレムはむくれて、上目づかいで睨み付けた。シルヴィンはむくれ顔のアールファレムが可愛すぎて、思わず相好を崩しそうになり、慌てて頭を深く下げた。

 アルスラーダは二人の親しげな様子が気に食わなかったのだろう、アールファレムの肩に手を置いて、注意を自分に向かせた。


「押し付けて? どうも誤解があるようですね。陛下が病床中に溜まった仕事です。可哀想にルーカスなんかこの半月ですっかり痩せてしまって、今日から当分静養するよう命じましたが、気丈にも早く復帰したいと申しておりました。少しは見習っていただきたいですね」


 皇帝補佐次官のルーカスは、アールファレムの顔を見るなり泣き出した。勿論、嬉しかったのもあるが、あまりの激務に倒れる寸前まで追い込まれていたのだ。部下達からはアルスラーダ並の処理能力を期待され、ルーヴェルやシルヴィンに仕事を回すだけで精一杯で、宮殿内を駆けずり回っていたのだ。


「うん。まぁ、ルーカスは真面目だからな。適当に手を抜く事が出来ないんだな」


 ちなみにアールファレムが手抜きした皺寄せは、アルスラーダがきっちり尻拭いしている。いつも口では文句を言うのだが、頼られるのを喜んでいるのは端からみて明らかだった。アールファレムが調子にのるのは、アルスラーダにも責任がありそうだ。


「明日からは休みなしで頑張ってくださいね。そうそう今日はお酒は少しなら呑んでも構いませんよ」

「嫌な事ばかり言うな。シウ、今夜は禁酒は無しだぞ。付き合え」

「有り難く御相伴に与ります」


 元々羨ましかっただけで、本当に腹を立てていた訳ではなかったアールファレムは、あっさりとシルヴィンを許し、席に着いた。

 シルヴィン、ルーヴェル、アルスラーダの三人、それに帝都にいる将軍の内、療養中のクルトを除く四人全員が参加していた。アールファレムは四人しかいない将軍達を見回した。ゾレスト問題のせいで四人の将軍が不在であった。勿論、カスパードは既に将軍位を剥奪されている。


「これで全員か。春までは寂しいな」

「陛下、先日、クルトの見舞いに行った折りに、一月より復帰出来そうだと申しておりました」


 エクムントが朗報を伝えると、ライナーが意外性に驚いた。


「天敵の見舞いに行ってきたのか?」

「ふん。ビクトールに無理矢理連れていかれたんだ。それにあいつが本当に大人しくしているか疑わしい。抜き打ちで会って確認する必要がある」


 そう言うエクムントが、クルトの部下の面倒を一番よく見ていた。そしてクルトがいつ復帰してもいいように尽力しているのは、ここにいる全員が知っていた。


「素直じゃないな」

「お前が言うな」


 ルーヴェルが小声で言うと、即座にシルヴィンが突っ込みをいれた。

 その後ライナーが茶化したが、エクムントは断固としてクルトへの好意を認めなかった。


「では陛下の全快を祝してかんぱ~い!」


 待ちきれずにマルクスは勝手に音頭をとって、杯をかかげた。アールファレムが快く応じると、他の面々も慌てて唱和した。


「今日は呑んで食べて騒ぐぞ〜!」


 楽しそうなアールファレムを見て、諸将達は嬉しそうに頷きあった。今日アールファレムが元気に顔を見せると、一気に宮殿に活気が戻った。皆、主がいないとつまらなかったのだ。


「よし。じぃ注いでやる。早く空けろ」


 ライナーが酒瓶を持って促すと、マルクスは一気に飲み干した。


「小僧。儂を酔い潰すなど出来ると思うなよ」


 マルクスとライナーは無駄に競い始めたが、ビクトールを誘わないだけ理性があるのだろう。勝ち目のない戦いを避けるのは名将としては当然である。


「エクムントは武術大会には参加するのですか?」


 そのビクトールはエクムントに武術大会の話題をふり、アルスラーダ達は揃って苦々しい表情を浮かべた。


「いや、参加する気はない。ハリーやフリードリッヒがいなくても、二強が健在とあっては、とてもじゃないが勝ち目はない。クルトの奴は復帰を派手に飾るつもりで息巻いていたが、無駄な事だ」

「クルトも参加するのか? ふむ。仕上がりが楽しみだな」


 シルヴィンはにやりと不敵に笑い、部下の回復ぶりを自身で確かめてやると言わんばかりに腕を軽く回した。


「それでビクトールはどうするんだ?」

「見学に徹します。今回は将軍が少ないので、副将以下の参加が多くなるようですし、大人しくしています」


 アルスラーダの問い掛けにビクトールはにこやかに応じ、空になったグラスに酒を継ぎ足した。既に三杯目である。


「じぃは参加するとして、ライナーはどうだ?」

「勿論、参加します。ハリーを悔しがらせてやりますよ。シルヴィン閣下とアルスラーダ閣下が早目に当たれば、決勝までいける可能性がありますからね」

「そういえば前回は上手くばらばらになったな。ルーヴェル、細工しているのか?」


 大会はルーヴェル主導で行われている。本来なら武官がすべきだろうが、高官のほとんどが参加している以上、不正を防ぐ為だ。


「予選は偏らないように、将軍が散らばるように手配している。潰しあって本選が盛り下がると台無しだからな。本選の組み合わせはくじ引きで決めるから、運任せになる」

「そういえばそうだったかな。となると私とアルスラーダ、それに将軍三人の参加が確定か。それと……」


 シルヴィンが言葉を濁したのは、勿論ケビンと先程から気味が悪いほど沈黙を守る皇帝の事だ。にこにこしながら話に加わろうとしないのだ。シルヴィンと目が合うと、笑顔のまま控え目に手を振ってきた。

 シルヴィンは熱く込み上げてくる感情を強引に押し殺して、平静を装い手を振り返した。隣にいるルーヴェルからの気の毒そうな視線には気付かない振りをした。


 宴も終盤になると、マルクスは眠りだし、ライナー達が隅の長椅子まで運んだ。部屋まで連れていってもよかったが、起き出して騒がれても厄介だった。以前それで面倒な事になったので、以降はライナーが責任を持って監視する事になったのだ。


「はぁ。なんで俺ばかり苦労するんだ」

「でもライナーはじぃといるときが一番楽しそうですよ」


 ぼやくライナーにビクトールが笑いながら指摘すると、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。


「楽しいというか、腐れ縁というか仕方無いじゃないか」


 頭を掻きながら、酒を煽ったが、ライナーもそろそろ限界を超えそうである。ふらふらとマルクスの方へ歩いていき、隣の長椅子に自ら身を横たえた。

 ビクトールは笑顔で同僚を見送ると室内を見渡した。アールファレムはシルヴィンとお茶を飲みながら語らい、ルーヴェルとエクムントが談笑していた。もっとも実際はルーヴェルが一方的にエクムントをいじって楽しんでいるだけだったが。

 アルスラーダが皇帝の方を気にしながら、一人で酒を呑んでいたので、ビクトールはアルスラーダの隣に座った。


「隣、宜しいですか?」

「ああ。構わない」


 アルスラーダは注意をビクトールに向けた。ビクトールはアルスラーダより十歳も年長だが、いつも物腰が柔らかい。部下に対しても丁寧で、怒った姿を誰も見たことがなかった。


「気になりますか?」

「何がだ?」

「陛下とシルヴィン閣下の事ですよ」


 アルスラーダは訝しげに思ったが、まったく表情を変えなかった。


「アルファ様が呑みすぎていないか心配しているだけだ」

「左様でしたか」


 ビクトールはにこにこしながら、それ以上の追求をしてこなかった。相変わらず何を考えているか読めない食わせ者だ。


「年始にシャリウスに弔問に訪れる。同行してもらうかもしれない」

「了解しました」

「…………それだけか?」

「他に何かありますか?」

「いや、別に何もない」


 沈黙を息苦しく感じたのはアルスラーダだけのようで、ビクトールは淡々と杯を重ねるだけだ。


「いったい何杯呑んでいるんだ?」

「さぁ? 何杯なんでしょうね。多分、宰相閣下よりは少ないと思いますよ」


 恐らくは似たり寄ったりだろうが、その謙遜に何の意味があるのかアルスラーダには理解出来なかった。


「自分の酒量を超えなければ別に構わないさ」

「一度は酩酊してみたいのですがね。じぃを見てると楽しそうです」

「酒を呑んでなくても、じぃはあまり変わらない気がするな」

「確かにそうですね。陛下もどちらかというと陽気になられますよね。いつも量は控え目ですが、一度ぐらい自由に……」

「絶対に駄目だ!」


 とりつくしまもないとはこの事だろう。ビクトールはアルスラーダの反応を面白がったが、口には出さなかった。


「最近の陛下はとてもいい表情をされていますね。旅に出る少し前ぐらいからですかな。それに閣下も随分お変わりになられた。勿論いい方向にですよ。気に障ったのでしたら申し訳ありません」


 恐らく変化を感じ取ったのは、ビクトールだけではないだろう。そしてビクトールは口には出さなかったが、シルヴィンが絡んでいる事も気付いているに違いなかった。


「気にしていない。最近はいろいろありすぎた。アルファ様も私も変わらざるをえないだろうさ」

「今の閣下の方が私は好きですよ」

「ありがとうと言うべきなのかな」


 照れると目付きの悪さも緩和され、少しは人好きのするように見えるが、ビクトールは笑顔を浮かべるだけで、そこに触れなかった。


「話が弾んでいるようだな」


 アールファレムが二人の肩に手を置きながら、声を掛けてきた。アルスラーダは振り向き様に、シルヴィンの様子を窺ったが、特にこちらを意識している様子はない。過剰に意識している自分が馬鹿らしくなり、自嘲して顔を僅かにしかめた。


「陛下が最近輝いておられるので何があったのか、お伺いしていたんです」

「輝いて? あまり実感はないな」

「とてもお綺麗になられましたよ」

「そこを誉められてもあまり嬉しくない」

「そうですか? 陛下がお綺麗だと、兵士達が喜びます。我々も誇らしく思います」


 ビクトールは平気で誉め言葉を口にする。それが嫌味にならないのは、基本的に他人の悪口を言わないからだろう。誉める時も、心にもない事は一切言わない。だが同僚達からは完全な善人とは見なされてはいない。

 優しく善良なのは確かだが、決してお人好しではない。将軍の中ではライナーの方がよっぽど人がよい。それでも他人からの印象がいいのは言葉遣いに依るところが大きいだろう。


「そうか。ありがとう。今後はそういった事も意識するようにしよう」


 アールファレムは感心しながら頷いた。


「どうか意識なさらずに。陛下は自然体でいてください。それで十分でございます」

「うん。そうする」

「私の申した事も、それぐらい素直に聞いていただきたいものです」

「アルスのは小言だろう。ビクトールの助言には誠意が溢れている」


 二人がビクトールをだしにして、楽しんでいるのは明らかだったので、口を挟まず、仲良さそうな二人を見守った。

 アールファレムが欠伸をしたので、アルスラーダはルーヴェルに目配せし、一旦お開きにする事にした。

 アールファレムも疲れていたのだろう、素直に従い部屋に戻ると、フィリップがジークを膝の上に載せてうつらうつらしていた。

 起こすのが可哀想だったが、椅子に座ったままでは疲れるだけだろうと、フィリップの頭を優しく撫でた。フィリップが目を開けて、アールファレムに気付くと飛び起きた。拍子にびくっとしたジークも慌てて逃げ出した。


「ご、ごめんなさい。つい眠くなってしまって……」

「謝らなくてもよい。こんな時間まですまない。今度からは眠くなったら私の寝台で休んでいなさい」


 またアールファレムはとんでもない事を言い出した。


「そんな大それた真似出来ません!」

「今日からはジークの寝床にもなるのだから気にするな。フィリップも一緒に寝るか?」

「お、お休みなさいませ!」


 フィリップが逃げ出して、アールファレムは寂しくなって、ジークを呼び寄せた。


「ジーク、今度からフィリップを寝台まで連れ込むんだぞ」


 お風呂は翌朝に入る事にして、着替えもせずに寝台に潜り込むと、すぐに眠りについた。こうして宮殿はいつもの日常を取り戻した。

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