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53 ルーヴェル、少年に女装させる

 ルーヴェルは少年を連れ帰ると、使用人に預け風呂に入れるよう指示した。そして夕食をいつもより多目に作るように頼んだ。

 恐らくは空腹が原因だろうが、念のために医者を呼びにいかせた。

 着替えを済ませ、長椅子で人心地ついて寛いでいるルーヴェルの前に、家令のネロが指輪を差し出した。


「あの少年の荷物から出てきました」


 素人目でも値打ち品と分かる金の指輪で、紋章が彫られていた。ルーヴェルはこの紋章に見覚えがあった。驚愕しながら指輪を手に取り、色々な角度から眺めた。


「こいつは……! 盗品か? それとも正当な持ち主だとしたら、あの少年は……」


 同情と好奇心から少年を連れ帰ったのだが、思わぬ掘り出し物だったようだ。


「様子はどうだ?」

「ここ数日まともに食事をとっていないようで、かなり衰弱しています。今のところされるがままになっています。先に食事を与えましょうか? あの有り様ではまともに尋問に答える事も出来ないかと存じ上げます」

「尋問とは穏やかでない物言いだな。彼は客人だ。私と一緒に食事をとらせる」


 ルーヴェルの物好きは今に始まった事ではない。反対意見など言うだけ無駄な事は分かっているので、ネロは素直に従った。


「彼に合う衣服がないのですが、いかがいたしましょう」


 使用人の中には小柄な者がいなかったので、どうしようか悩んでいたのだ。こんな時間では服屋は閉まっているだろう。


「ふむ。……そうだ! 女性の服なら小さいからいけるんじゃないか」


 ネロは顔をひきつらせて、主人の顔を直視した。好色な主人の為に、女物の服は多く取り揃えていた。少年は痩せてはいるが、上背はひょろっと年齢の割りには高めではある。少年に合う大きさの物もあるだろう。


「本気で女装させるおつもりですか?」

「あのな。今日だけに決まっているだろう。朝一で調達してくるようにな」


 いくらルーヴェルでも、そんな性癖はなかった。


「かしこまりました。ですが私は知りませんよ。彼はルーヴェル様に敵意を抱いております。その上で更に辱しめを与えるのですから、相応の覚悟はなさいますよう」

「応急処置だ! そこのところをよく説明しておいてくれ。不名誉過ぎるわ! それと指輪を返しておいてくれ」


 ルーヴェルは手を振って、煩いネロを下がらせた。もしシルヴィンにばれたら、とんでもない事になる。ルーヴェルは指示を撤回しようか、思い悩んだが、これはこれで面白いかも知れないと悪戯心が沸き上がってきた。

 果たしてルーヴェルの前に現れたのは、驚くほど可愛らしい美少女だった。綺麗に泥を落とされた少年は、柔らかな白金色の髪に緑色の瞳をしており、羞恥と敵意で顔を真っ赤にして、ルーヴェルを噛み付かんばかりに睨み付けていた。疲労した体で風呂に入った為に体力が限界なのだろう、口を聞くのも億劫そうだったので、先に食事を始める事にした。

 少年は目の前の料理の魅力には抗えず、恨み言を言わず、一心不乱に食事に没頭した。

 途中で医者がやって来たが、その見事な食べっぷりに感心して、問題なしと診断して帰ろうとしたが、ルーヴェルが引き止めた。食後、隣室で一通りの問診と丁寧な診察が行われ、栄養のある食事と数日の休養を言い渡された。


「心配せずともお嬢さんは若いからすぐに回復します」


 けっして医者が悪いわけではない。発育の遅い女児などいくらでもいた。例え胸がまっ平でも、医者が疑う筈がなかった。ルーヴェルが必死で笑いを我慢しているのを、少年は泣き出しそうなくらい悔しそうに顔を歪め、拳を握り締めていた。医者が退室するとルーヴェルは少年の肩に手を置きながら問い掛けた。


「それでそろそろ名前ぐらいは聞かせてもらおうかな」

「こんな格好をさせやがって、この変態野郎!」

「他に服がなかったんだ。朝一番で用意させるから我慢しろ。あんなぼろい服を着るよりはましだろう」

「女の格好するぐらいなら裸の方がましだ!」

「裸の少年と食事をともにする方が問題だと思うのだがな」

「やっぱり変態じゃないか!」


 二人のやり取りに、後ろに控えていた使用人達は失笑したが、ネロに睨まれ真面目な顔に戻った。体力の戻った少年が主人に襲いかかるかも知れないのだ。もっとも完全無欠のルーヴェルが簡単にやられる筈もない。


「風呂と食事代がわりに話してくれないか。それとも犯罪を犯して逃げ回っているのかな?」

「……分かった。俺の名前はブルーノ。ブルーノ・フォン・フォルムだ」


 使用人達が息を呑んだが、ルーヴェルは平然としていた。先程指輪を見ていなければ、同じように驚いただろう。あの紋章はフォルム家のものだった。フォルニア帝国初代皇帝、英雄王アルトゥール・フォン・フォルムの縁者とブルーノは名乗ったのだ。


「英雄王と同じ姓を名乗るとはな。名前を騙るには少し大物過ぎる」

「騙ってなどいない! 俺は正真正銘アルトゥールの子孫だ!」


 ブルーノはいきり立ったが、食事をしたからといってすぐに回復する筈もなく、まだ辛そうだった。


「分かった。分かった。取り合えず体力が戻るまではうちにいろ。どうせ行く宛てなどないのだろう」

「お前なんかの世話になるもんか!」

「口だけは元気なようだが、体はついていっていないようだぞ。金はあるのか?」

「う、煩い。一晩だけ休んだら出ていくからな。うわっ! 離せ!」


 ルーヴェルは今度は肩に担ぐのではなく、前から抱き上げた。何せ女物の服を着せられ、どこから見ても少女にしか見えないのだから、あまり無体な真似はしたくなかった。


「姫、寝室までお連れしましょう」

「お、お前! 何をするつもりだ! 止めてくれ!」

「あまり暴れると、本気で襲うぞ」


 ルーヴェルが本気で凄むと、ブルーノは動きをとめ、恐々と上目使いでルーヴェルの顔を窺った。

(うっ! 可愛いじゃないか!)

 ルーヴェルは笑顔でブルーノを客室まで運び、寝台に寝かせた。


「添い寝してやろうか?」

「いらん! 一人で眠れる!」

「まぁ、そう言うな」


 ルーヴェルがブルーノの横に体を割り込ませると、ブルーノは本気で怯え出した。


「心配するな。女しか抱かん」

「なら何で入ってくるんだ!」

「気にするな。嫌がらせだ」

「あんた宰相なんだろ! 何でそんなに性格が破綻しているんだ!」

「さぁな。……柔らかいな」


 ルーヴェルはブルーノの頭を撫で、柔らかい髪の感触を楽しんだ。


「ほ、ほんとにその趣味はないんだよな!」

「ない。あまり煩いと口を塞ぐぞ」


 何で塞ぐのかは恐ろしくてとても聞けなかった。


「それで私に恨みがあるのか?」


 まさかこの状態で聞かれるとは予想出来ず、ブルーノは目に見えて狼狽してしまった。逃げることも視線を逸らすことさえできない。


「いや、俺は……」

「私の名前に反応したようだったが、英雄王の子孫に恨みをかった覚えがない。ブルーノ、お前の狙いは私か? それとも皇帝か?」


 ルーヴェルは優しい手付きで頭を撫でながら、ブルーノに尋ねた。


「ち、違う。俺は……こんなに落ちぶれたのをあんたらのせいにしたかっただけだ。だから別に狙いとかそういうつもりはない。信じてくれ!」


 ブルーノは必死に捲し立てると、ルーヴェルにすがり付いた。


「そうか。もし皇帝に害意があるなら、殺すつもりだったが、本当に違うのだな」

「違う! 誓ってもいい!」

「ならよい。ブルーノ、ゆっくり休め。医者も言っていただろう。当分、うちにいろ」

「あ、ああ」


 ブルーノは目の前の男が急に恐ろしくなった。この男は躊躇なく自分の首をへし折るのだろう。ひょっとして自分の考えを全て見透かされているのではないか。ブルーノの瞳にはっきりと怯えが見えた。


「どうした? 大丈夫だぞ」


 ルーヴェルはブルーノをしっかりと抱き締めた。ブルーノは身を強張らせていたが、疲労しきった体は心地好い暖かさにいつしかほぐれてゆき、ついにはルーヴェルの腕の中で眠りだした。

 ルーヴェルはブルーノの背中をとんとんとあやしながら考えていた。ブルーノの言い訳を信じるほど、ルーヴェルは善人ではない。ブルーノの狙いは十中八九アールファレムにあるとみて間違いないだろう。だからといって怪しいだけで殺す訳にはいかない。ブルーノに大それた事は出来ないだろうと判断した。

 ルーヴェルはアールファレムの事を考えると、早く会いたくなった。アルスラーダはどうでもいい。代わりにシルヴィンで退屈を紛らわしているからだ。

 だがアールファレムの代わりはいない。フィリップは可哀想に毎日、泣きそうなぐらい心配していた。

 無人のアールファレムの私室で、アールファレムが帰ってくるのをひたすら待っているのだ。

 嘘のつけないフィリップだが、毎日寂しそうにしている様子が皆に皇帝の深刻な病状を思わせた。何よりフィリップは食事をほとんど取っていないのだ。皆が勧めるのだが、食欲がないらしく、ほとんど毎食残すのだ。

 アールファレムとアルスラーダの食事は毎回モニカが一人で運んだ。二人分といってもかなり少なめに用意された食事は、フィリップが毎食平らげていた。いくら育ち盛りとはいえ大変なので、出来るだけルーヴェルやシルヴィンも協力するようにしていた。

 フィリップの奮闘ぶりを思い出し、ルーヴェルは小声で笑ってしまった。思わずブルーノの様子を窺ったが、ぐっすりと寝入っているようで、ぴくりともしない。

 ブルーノがフィリップの友達になってくれれば、アールファレムが喜ぶに違いなかった。レオナが来てフィリップは楽しそうにしていたが、同性の友人が出来るにこしたことはない。

 このまま寝ようと思ったが、風呂に入っていない事を思い出し、そろりと脱け出した。

 ルーヴェルが客室を出ると、すかさずネロが姿を現した。どうやら見張っていたらしい。


「子供相手に警戒し過ぎだ」

「私が心配しているのはルーヴェル様が彼に手を付けないかどうかです」

「本気で言っているのか?」

「底知れぬ御方ですからね」


 本気とも冗談ともとれる表情で、ネロは一礼すると立ち去った。

 ルーヴェルは頭を掻きながら、風呂場に向かった。もはや外出する気も失せてしまい、のんびりとお風呂を堪能した。自室に戻るつもりだったが、やはり一人で寝るのは寂しくなった。にんまり笑うと客室に戻り、ブルーノの無邪気な寝顔に目を細め、再び横に身を滑り込ませた。微かに身動ぎしたが、疲れているのだろう、やはり目覚める気配はない。

 細くがりがりの体は痛々しいほどだった。幼いブルーノがいったいどれ程の苦労をしてきたのかを想像すると、ルーヴェルの胸は痛んだ。

 ルーヴェルはアールファレムを抱くのと同じ感覚で、ブルーノをしっかり抱き寄せた。夢の中でアールファレムに会えるといいなと思いつつ、ルーヴェルは意識を手放した。


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