50 ケビンとの出会い
ラジエンデ号は翌日の昼前、予定通りにログプールに到着しようとしていた。乗客達が下船しようと甲板に殺到したが、まず船員達による足止めが行われた。船長から部屋の等級順に下船する事が発表されるとかなりの不平が出たが、船長は客一人一人に丁重に詫びて回り、なんとか押し留めた。
ベッカーは内心の焦りを、おくびにも出さず、マイヤール達が下船を終えるまでの時間を稼いだ。
アルスラーダが下船口に向かおうとすると、ケビンの姿が見えた。隣のマイヤールが息を呑む音が聞こえる中、ケビンはこちらの方に近寄ってきた。
「お連れ様が見当たりませんが、どちらにいらっしゃるのですかな?」
「残念だったな。既に馬車で下船した後だ」
ケビンを部屋に足止めする正当な理由がないので、アルスラーダは万全を期す為に、アールファレムを馬車に乗せ、先行して下船させたのだ。勿論、ハンスと用心棒達も一緒だ。
「随分警戒しておられるようだ。私は敵ではありませんよ」
「ぬけぬけと抜かすな」
アルスラーダは敵意を隠そうともせず睨み付けたが、ケビンはまったく動じなかった。
すれ違いざまケビンがアルスラーダの耳に一言囁くと、アルスラーダは血相を変えて振り返った。
「貴様!」
アルスラーダが掴みかかろうとするのをマイヤールが必死で制止した。
「人目につきます。早くフィリップ様の元へ参りましょう」
ケビンはアルスラーダの肩を強い力で掴み、声を上げて笑いながら突き飛ばした。当然ながらマイヤールも一緒になってよろけてしまった。
「さあ、フィリップ様がお待ちですよ。ごきげんよう」
ケビンは気障ったらしく一礼して、下船口に向けて右腕を伸ばしアルスラーダに下船を促した。
アルスラーダは剣の柄に手を掛け、ケビンから目を離さないようにしながら船を下りた。マイヤールはびくびくしながらケビンを見やり、視線が合うと、慌ててアルスラーダに引っ付いた。
「フィリップ様か、楽しくなりそうだ」
ケビンはシャリウス語で不敵に呟くと、素直に順番に従う事にした。
アルスラーダは下船を終えると、直ちに馬車と合流した。アールファレムが健在なのを確認すると、すぐにログプールを出立した。
アルスラーダは用心棒達にもアールファレムの正体を打ち明けていた。用心棒の一人が御者を務め、その隣にハンスが座った。前方の座席にアールファレムとマイヤールが並び、ジークはアールファレムの膝の上だ。後方の荷台にも用心棒を一人配置し、後ろからの襲撃に備えた。アルスラーダと用心棒の残り二人が騎乗し、馬車の前後を警戒しながら街道を北上した。
マイヤールはケビンとの一部始終をアールファレムに話して聞かせた。
「敵ではありませんと言ったのか」
「嘘に決まっております。奴はアルス様を突き飛ばし、にやにや笑っていたのですぞ」
マイヤールが唾を飛ばしながら捲し立てるものだから、アールファレムは顔をしかめ、ハンカチで顔を拭いた。
「そう興奮するな。何にせよ奴はデルレイアまで追ってくるだろう。狙いは不明だが、さてどう出てくるかな」
「狙いはフィリップ様でしょう。他に何がありますか?」
単純にアールファレムの殺害が目的だとしたら、ケビンの行動は迂闊としかいえないだろう。船で余計な真似をしなければ、これほど警戒されずに済んだ筈だ。アルスラーダは神経を尖らせているだろうなと、他人事のようにアールファレムは考えていた。
最初は挑発かと思ったが、話を聞く限りむしろ嫌がらせのように思える。だが何の為の嫌がらせか、さっぱり見当がつかなかった。
まだ見ぬシャリウス人に興味はつきないが、実際会うのは難しいだろう。ケビンとの接触をアルスラーダが許可する筈がなかった。それでもアールファレムはケビンは必ず自分の前に現れると確信していた。笑みを浮かべるアールファレムにマイヤールは更に詰め寄った。
「笑い事ではありません。あのアルス様ですら勝てるか分からないと仰ったのですよ!」
「まさか! アルスがそう言ったのか?」
アールファレムはそこまでは聞いてはいなかった。アルスラーダは個人の剣士としてはガルフォンでも一、二を争う実力の持ち主だ。無論、競争相手はシルヴィンだ。二人の実力は伯仲しており、前回の武術大会はアルスラーダが勝利したものの、来月行われる大会ではシルヴィンは雪辱を誓っている。
つまりアルスラーダが勝てないほどの相手であれば、ガルフォンでは誰も敵わないだろう。シャリウスにそこまで強い者がいるなど聞いた事はないが、同盟国とはいえ詳しい情報はほとんど入ってこない。
「奴からはかなり危険な匂いがしました。フィリップ様、ゆめゆめ油断なさらぬようになさいませ」
マイヤールがあまりに真面目な顔で忠告するので、アールファレムがまじまじと見返すと、マイヤールは顔を赤らめ視線を逸らした。
「あの、そんなに見詰めないで下さいませ」
「そなたがそれほど心配してくれてるとはな。喜ぶべきか裏があるとみるべきか、ジークどう思う?」
アールファレムは腕の中のジークに問い掛けると、相変わらず尻尾を振って嬉しそうに吠えた。
「ほら、ジークも意外に思っているみたいだぞ」
「そ、そんなー! 本当に心配しているのですよ!」
「くすっ。分かっている。ありがとう」
アールファレムはマイヤールの両頬をむにっと引っ張りながら、礼を言った。マイヤールはあまりに近すぎるのでどぎまぎしながら、体をもぞつかせた。アールファレムの膝の上ではジークが二人の様子を興味ありげに見上げていた。
「いへ。ほの、近いでふ」
「何を言っているか分からんぞ」
「だ、誰のせいですか!」
やっと解放されたマイヤールは肩で息をしながら、アールファレムを睨み付けたが、軽く笑われただけだった。
「そ、そういえば、アルス様に何かあったのですか?」
マイヤールはやや強引に話を切り替えた。ちなみに他の面々も先程から聞き耳を立てていた。
「何かとはどういう意味だ?」
「以前に比べて優しくなられたように見受けられます。何かご存知ですか?」
「アルスは口では厳しい事を言うが、基本的にはいつも優しいぞ」
「今まではフィリップ様限定です。それが他人にも寛容になられたような。ベッカーは女に違いないと申しておりましたが、タヘノスでの最後の夜、アルス様は女性と過ごされたのではないですか」
「知らんな。若旦那は同室だったから知っているかもしれんが、私とは部屋も別だった。私が寝てから何をしようとアルスの自由だ。私は干渉しない」
アールファレムは平静を装い、涼しい顔で言ったが、内心は悶絶しそうなくらい動揺していた。
赤面していないか不安だが、顔に手を当てる訳にもいかない。ジークを持ち上げると、マイヤールの顔の前に持っていった。
「うわっ。何をなさるのですか!」
マイヤールは顔を舐められて、急いでジークを受け取った。
「疲れた。寝る」
アールファレムは反対側を向いて、眼を瞑って俯いてしまった。急に不機嫌そうな態度をとるアールファレムに、マイヤールは深く後悔した。
やはりアルスラーダを他人にとられたのが嫌だったのだろうかと、見当違いな心配をするマイヤールだった。




