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49 船上の晩餐会

 マイヤールは喜び勇んでやってきた。その一方ベッカーは恐縮しながら、ハンスの隣に座り、居心地悪そうに座っているハンスに向かってぺこりと会釈した。お互いに通じるものを感じとり、少し楽な気持ちになったが、双方言葉には出さなかった。

 晩餐は和やかな雰囲気で始まったが、アールファレムは浮かない顔で行儀悪くフォークで人参をつついていた。


「ベッカー、仕入れを間違えたのか? どうも食材が偏っているように思えるのだが」


 今回で五回目となる船上での食事だが、毎回憎いあいつが大量に使われていた。勿論全て平らげてはいるが、ついぼやきたくもなる。

 ベッカーは正直に言おうか迷ったが、アルスラーダが真面目な顔で言い放った。


「海上では栄養管理が大変重要です。人参は大変優秀な野菜ですから、重宝されているようですよ」


 丸っきり嘘ではない辺りが、アルスラーダの嫌らしいところだろう。虚実織り混ぜ、しれっとした顔でアールファレムを騙した。


「そうか、てっきりアルスの仕業と思ったのだが」

「そんな細かい指示を出す筈がないでしょう。考え過ぎです。さあさあ、お召し上がりくださいませ」

「嫌いなわけではない。あまり好ましくないだけだ」


 アールファレムは思いきってフォークで突き刺すと、観念して口に運んだ。

 ベッカーはどう反応してよいやら分からず、冷や冷やしていた。アルスラーダの言葉を額面通りに実行した訳だが、かなり悩んだのだ。マイヤールにも相談したのだが、面白いからそのまま指示に従えと言われた。

 そのマイヤールはにやけ顔でアールファレムの口元を観察していた。

 仏頂面で食事を終えたアールファレムは、軽めのお酒を飲みながら、アルスラーダに尋ねた。


「ケビンに動きはあったのか?」


 アルスラーダは日中、何度か部屋の外を出歩いていた。


「一度だけ見掛けました。こちらに気付いた様子はありましたが、今日は特に反応は見られませんでした」

「一度会ってみたいが、明日は機会があるかな」

「まさか、そんな機会は与えませんよ。ベッカー、先に我々を下船させてくれないか? 先行されると待ち伏せされるやも知れん」

「勿論、構いませんが、それより護衛を増やした方がよろしいのではないですか?」

「うちの用心棒を回しましょうか?」


 マイヤールの提案はそう悪くないものだ。ログプールからデルレイアまでは、僅か二日しか掛からない。比較的安全な行路なので、荷馬車の方を手薄にしても、さして問題はないだろう。


「ありがとう。だが中途半端に人数を増やすより、身軽に動ける方がやり易い」


 アールファレムは何か言いたそうにしたが、結局は沈黙を守った。


「いざとなれば私が盾となりましょう」


 マイヤールが意気込んだが、動きの遅いマイヤールなど足手まといでしかない。


「それは頼もしいな。分厚い腹がついに役立つ時がきたな。その間に私は逃げるとしよう」


 アールファレムは手を伸ばし、マイヤールの腹を撫でた。


「肉の壁となってお守りする所存です」


 ぽんっと腹を叩いて見せるマイヤールにアルスラーダは苦々しく笑った。元より民間人であるマイヤールを危険な目に合わせるつもりは毛頭ない。


「ログプールで馬をもう一頭調達しましょう。マイヤール、御者を任せても大丈夫か?」


 アルスラーダが騎乗し、自由に動けた方が良さそうだ。ハンスにはアールファレムの警護に専念させるつもりだ。


「お任せ下さいませ。このマイヤール、意外とお役に立ちますぞ」

「意外じゃ困る」


 アルスラーダがぼそっと呟いたが、ベッカーはマイヤールが心配なのか浮かない顔をしていた。


「アルスラーダ閣下、お願い致します。せめてもう一人だけでも護衛を増やして下さいませ」

「足手まといはいらん」


 即座に却下するアルスラーダにベッカーがとんでもない事を申し出た。


「腕に自信はあります。どうか私をお連れください」

「ベッカー、無茶言うな。航海中に船長が船を離れるなんて有り得ないだろう!」


 マイヤールが慌てて反論した。他の面子も同様にベッカーの発言に驚いていたが、ベッカーの決意は固かった。


「勿論、無茶苦茶なのは重々承知しています。ですが陛下や会長に危険が及んでいるかも知れないのに、安心して航海など続けられません!」

「マイヤール、用心棒を何人か回してくれ。アルスラーダ、細事は任せた。ベッカーはそのまま航海を続ければいい」


 アールファレムが決断した以上、アルスラーダは従うしかない。アルスではなくアルスラーダと呼ぶときは特にだ。


「ベッカー、安心して欲しい。必ずマイヤールは守る」

「無理を申しまして誠に申し訳ありません。本当にありがとうございます」


 ベッカーは深々と頭を下げ、マイヤールは鼻を右手で擦った。まさかベッカーがここまで自分を心配してくれるとは思わず感動したのを誤魔化したのだが、照れ隠しなのはばればれだった。


「ベッカー、マイヤールが嫌になったらいつでも私のところにこい。まったく私を振ってまでこの禿げ親父に忠義を誓うなんて信じられん」


 アールファレムは今度はマイヤールの頭を撫で出した。


「禿げ親父は言い過ぎです。まだ残っています!」


 マイヤールは抗議したが、皆、生暖かい目でマイヤールを見詰め、アールファレムはといえば、後ろに残された髪にまで手を伸ばし、マイヤールは必死に抵抗していた。

 ベッカーは皇帝の気遣いに深く感じ入っていたが、アルスラーダには単に楽しんでいるだけなのが分かっていた。


「さてマイヤール、そうとなれば時間がない。今からでも面談を行いたい」


 アルスラーダは立ち上がるとマイヤールを急かした。


「もう少しゆっくりしてもいい……」


 アールファレムはアルスラーダに睨まれて言葉を途中で呑み込んだ。


「ベッカーはもう少しいてくれるよな」

「も、勿論ですとも」


 ベッカーは一緒に退室したかったのだが、アールファレムの悲しそうな目に逆らえなかった。

 別にアールファレムが嫌いな訳ではない。噂でしか聞いた事のないあの獅子帝が目の前にいるのである。気を遣うなと言われても、はい、そうですかと甘える訳にはいかなかった。等身大のアールファレムはびっくりするぐらい普通の人間だった。勿論、見掛けは噂以上に綺麗ではあるが、中味は感情豊かな好青年だった。人参が嫌いで、拗ねたり笑ったり、ころころと表情が変わった。それでもちょっとした時に見せる表情は紛れなく獅子帝その人である。

 あの打算的なマイヤールが惹かれるのも納得できた。今までも皇帝には敬意を抱いていた。だが面識のなかった以前よりも、更に思いは強まった。だからこそ、これ以上一緒にいるのが怖かった。より一層魅せられ、自分を見失うのが恐ろしかったのだ

 そんなベッカーの心境も知らず、アールファレムは、ベッカーとの会話を楽しそうに続けていた。


「ベッカー、どんな国に行った事があるんだ?」


 アールファレムは目を輝かせて外国の話をねだった。ベッカーが面白おかしく話を聞かせると、目を丸くさせて話に聞き入る様は子供のように無邪気だった。

 かとおもえば海賊や、密輸等に話が及ぶと、真剣な顔付きになり、現状とられている対策を聞き、国に何を望むかを尋ねたりしてきた。気付けば他国海軍や商船の規模など、ベッカーは知りうる限りの情報を話していた。


「各国横並びといったところか。我が帝国海軍はいつになれば満足出来る規模になるやら」


 そう言いながらも、不敵な笑みを浮かべる様は、先程人参をつついていた人物と同じとは到底思えなかった。


「陛下、一つだけ御伺いしてもよろしいでしょうか?」


 質問が途切れたので、ベッカーは以前から抱いていた疑問を聞いてみる事にした。アールファレムは快く頷いて見せた。


「陛下は何故、国王ではなく皇帝に即位なさったのでしょうか?」


 以前リベリオがアルスラーダにぶつけた質問に似通っていたが、アールファレムが知る筈がない。


「んー。実はあまり深い意味はない」


 まさかの答えにベッカーは一瞬言葉を失い、ハンスは思わず水を吹き出した。ハンスはずっと沈黙していたが、話を聞いていなかった訳ではなく、遠慮していただけだ。ベッカーの質問は大半の者が抱いている疑問であった。勿論、ハンスも並々ならぬ興味があったのだ。


「い、意味がない? そんな馬鹿な! いえ、失礼致しました」


 ベッカーはまさかの返答に動揺して、つい無礼な失言をしたが、アールファレムはまったく気にしていないようだった。


「うん。まぁ英雄王、アルトゥール・フォン・フォルムに倣った事になるのかな。ガルフォン出身だからな。最初から皇帝になるって決めていたし、正直国王ってしっくりこなかった。まぁそんなとこかな」


 どうやら言葉が足りないと感じたアールファレムは補足をしたが、あまり効果はなかった。聞かなければ良かったと後悔するベッカーに、聞いていない振りをするハンス、アルスラーダが戻ってきたのは、ちょうど室内を気まずい沈黙が支配していた時だった。


「あれ、盛り下がっていますね」

「みたいだな。なんかいろいろすまない」


 アールファレムが頭を下げると、ベッカーはあたふたして立ち上がった。


「いえ、私が悪いのです。不躾な事を御伺いして本当に申し訳ありませんでした」


 ベッカーは深々と頭を下げると、アルスラーダにも会釈して退去しようとしたが、アールファレムが呼び止めた。アールファレムはベッカーの元まで、つかつかと歩み寄ると、笑顔で手を差し出した。


「ベッカー船長。今日はありがとう。本当に楽しい夜だった。嫌かもしれないが、もし帝都に来る事があれば、私の元を訪ねてくれ。いつでも歓迎する」


 ベッカーは感激してアールファレムの手を押し頂くように、両手で握った。


「ありがとうございます。来年はミュスタン人育成の為、ラジエンデ号を離れる事になると思います。会長からは近隣を航海する中型船での指揮を執るよう命じられております。必ず直接ご報告に伺います」

「流石に素早いな。しかしミュスタンに紹介したのが間違いだった。叶うなら我が海軍の指導をお願いしたいぐらいだ」

「ご冗談を! 商船と軍艦はまったく別物です!」


 ベッカーは驚いて手を離したが、アールファレムの手は逃がさない。追い掛けて、がっちりとベッカーの手を掴んだ。


「船に対する姿勢を学ばせたいのだ。軍の指揮など軍人に任せればよい」

「船長が困っております。あまり無理を仰いますな」


 アルスラーダは困り果てたベッカーを気の毒に思い、口を挟んだ。

 アールファレムは名残惜しそうに手を離すと、今度はがばっと抱擁した。

 リベリオの悪い影響を受けたのだろうかとアルスラーダは悩みながら、引き離した。


「困らせないようにと言ったばかりですよ。親愛の情は言葉で表現してください」


 可哀想にベッカーは真っ赤な顔をして、逃げ帰ってしまった。


「ハーンス」


 アールファレムはハンスにじりじりと近寄った。ハンスは身の危険を感じ逃げ出したが、アルスラーダの反応の方が早かった。アールファレムを抱き抱えると寝室に運び、嫌がるアールファレムから服を引っ剥がし、強引に寝衣に着替えさせた。


「眠くない!」

「駄目です! お休み下さい!」


 アルスラーダはおでこに口付けると、さっさと居間に戻ってしまった。かと思うと、ジークを連れてくると、寝台に放り込んだ。アールファレムはジークを抱きながら、ふて腐れている内に寝入ってしまった。


「あのいったい何があったのでしょうか?」


 慌ただしい展開に何があったのか、さっぱり理解出来ないハンスはアルスラーダに尋ねた。


「最初はリベリオの抱擁癖が移ったかと思ったのだが違う。あれは酒が原因だ。酔っ払うとあの症状が出る。軽い酒だからと油断したか」

「あれぐらいでですか?」


 確かにアールファレムは酒を呑んでいたが、ハンスから見て、それほどの分量を呑んでいたようには見えなかった。


「あれぐらいでだ。今後は気を付けるようにしてくれ」

「はい。かしこまりました。アルス様は苦労されているんですね」

「苦と思った事は一度もない」


 アルスラーダはさらりと言ってのけ、ハンスは改めて補佐官の顔を眺めた。あまりにもハンスがしげしげと見詰めるので、アルスラーダは不機嫌そうに眉間を寄せた。


「何か言いたいのか?」

「本当に陛下の事がお好きなんですね」

「ば、馬鹿な事を言うな。補佐官として当たり前だ。それより呼び名に気を付けるようにしろ。そろそろ船員が片付けに来る頃だぞ」

「申し訳ありません」


 ハンスは照れ隠しに怒って誤魔化すアルスラーダを可愛いと思ってしまった。初めてアルスラーダが年下であることを意識した瞬間だった。

 やがて船員達が片付けにやってきている様子を眺めながら、ふと気付いた事があった。アールファレムがベッカーに抱き付いたのは酔いのせいらしい。だが食事前にハンスに抱き付いた時点では酒は呑んでいなかった。ハンスはにやけそうになるのを必死に堪えたが、口元を緩むのを我慢できなかった。特別扱いされた事を喜んでいるハンスだったが、アルスラーダの冷たい視線を浴び、一気に現実に引き戻され、顔から血の気がひくのが自分でも分かるほどだった。船員達が引き揚げた後、至近距離で下問が行われた。


「何か不埒な事を考えていないか?」

「今、目が覚めました」

「ならばよい。四人の用心棒が同行する事になった。近衛としては後れを取るような無様な真似はしないようにな」

「心得ております」


 可愛いかった補佐官はいつもの冷血漢に戻ってしまった。




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