表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/125

45 黄金色の瞳のシャリウス人

 アルスラーダは船内図を思い出しながら、船内を巡回していった。頭の中で思い描くのと、目で見て回るのとでは、いざというときに違いが出てくる。足で確認しながら、頭の地図を完成させていった。

 甲板に出ると、冬の潮風が強く吹き付け、思わず身震いしたが、軟弱な自分を心の中で叱咤し、足を踏み出した。家族連れや商人風の男などが、それぞれ景色を楽しんでいるなかを、不審がられない程度に観察しながら、船尾から船首まで隅々まで歩き回った。

 突然視界の隅から、刺すような鋭い視線を感じ、そちらを振り向くと一人の青年が船縁にもたれながら、アルスラーダの方を向いていた。

 見知らぬ筈の青年だが、どこか記憶に引っ掛かる。年の頃は二十台後半といったところだろう。灰色の髪に切れ長の瞳の色は、珍しい黄金色だ。引き締まった身体はまったく隙がなかった。すらりとした刃を思わせるのは危険な瞳の輝きのせいだろうか。美形ではあるが、どこか人を馬鹿にしたような人の悪さが滲み出ているように見えるのは、アルスラーダの先入観のせいかもしれない。先程は鋭い視線に感じたが、今では敵意は皆無で、ただ興味ありげにこちらを観察しているようだ。

 剣は所持しておらず丸腰だが、だからといって彼が無害とは、到底思えなかった。

 ベッカーがこちらに近付いてきて、青年に声を掛けた。


「ケビン様、どうかされましたか?」

「いや……」


 ケビンと呼ばれた青年は、言葉を濁すとアルスラーダに軽く会釈してあっさり立ち去った。


「どうか油断なさらぬよう、あのケビンという男は危険です」


 ベッカーはケビンの後ろ姿を睨み付けるアルスラーダの耳元に、そっと囁いた。

 二人の周囲には誰もいなかったが、警戒するに越したことはない。


「奴は何者だ」

「シャリウス人で、ログプールで降りる予定です」

「全ての乗客を把握しているのか?」


 アルスラーダの声には微かな驚きが滲んでいた。


「まさか。怪しい乗客だけでございます」

「つまり我々のような客だな」

「私の人生は船上にいる期間の方が長いです。今後もそうでしょう。だからといって、私がガルフォンを愛していない訳ではありません。この国に平和をもたらして下さった御方に、不敬な真似は決して致しません」


 ベッカーの言葉に偽りはないだろう。昨日までの彼はマイヤールに言われるがままに、諦めた顔で接しているのが容易に見てとれた。

 それが今やどうだ、彼の表情には誠意が満ち溢れていた。頭の回転も早く、忠義にも厚い海の男となれば、喉から手が出るほど欲しい逸材だったが、諦めざるを得ないだろう。マイヤールには彼が必要で、強引に引き抜けば、不要な軋轢を生むだけだ。

 結果的にハンスはいい仕事をしたのだろう。ハンスがばらしたお陰で、ベッカーが協力的な頼もしい味方になったのだから。


「フィリップ様は船長を高く評価しておいでだ。出来れば麾下に加えたいと仰せだがどうだ? 私にも異存はない。よければ口添えするぞ」

「過分な御言葉痛み入ります。私のような粗忽者には恐れ多い事でございます。マイヤール会長には多大なるご恩があります。有りがたいお話ではございますが、お断りさせて頂きます」

「気が変わったらいつでも来てくれ。歓迎する。それであのケビンという男を怪しむ具体的な理由はあるのか?」


 予想通りの返答だったので、あっさりと引き下がったアルスラーダは、再びケビンの事に話を戻した。


「ここでは人目につきます。御手数ですが、船長室までご同行願えますか?」


 ベッカーはこちらに近付く人影に気付き、アルスラーダもその提案に頷いた。

 少年が一人走ってきて、勢いよく転んだ。一瞬泣きそうになったが、少年はきっと口を一文字に結ぶと、握り拳をつくり目を擦った。

 ベッカーが手を差し出したが、少年は自力で立ち上がると、軽くお辞儀をして後ろで心配そうにしていた母親の元へ駆け寄っていった。


「私にもあれぐらいの息子がいましてね」


 少年に息子の姿を重ねているのだろう、ベッカーは己の手のひらを寂しそうに見詰め、ぎゅっと握り締めた。

 意外そうにこちらを見やるアルスラーダに気付くと、ベッカーは帽子を被り直し表情を引き締めた。


「失礼な事を聞くようだが、年齢を聞いてもいいかな?」


 どうやらアルスラーダはベッカーの年齢を訝しんだようだ。


「四十二歳になります。お恥ずかしい話、妻が十歳年下でして……。まぁそのいろいろとありましてね。アルス様は恋人はいらっしゃるのですか? さぞやおもてになるでしょう」


 瞬時に耳まで赤くなったアルスラーダに、ベッカーは目を丸くした。


「私はその、フィリップ様のお世話が、いやその……。早く船長室に行こう」


 足早に急かすアルスラーダを微笑ましく思いながら、笑みを隠しアルスラーダを部屋まで案内するベッカーだった。


「正直なところ、フィリップ様の素性を知るまではケビン様の事は、気にもとめていませんでした。昨日の夕方フィリップ様とすれ違いました。御一人で子犬を抱いておいででした。その後ろをケビン様が歩いていたのです。その時は別に不審に思わなかったのです」


 アールファレムが一人で先に宿屋に帰った時のようだ。アルスラーダは昨日の記憶を思い出しながら、ベッカーの話に頷いた。


「その後、所用をすませてから、マイヤール会長の元を訪ねた時に見かけたのですが、アルス様、店を出てすぐにケビン様とぶつかったのを覚えておいでですか?」

「……確かに誰かにぶつかったな。どこか見覚えがあったように思えたのは、そのせいか」


 一人で帰ったアールファレムが心配で、慌てて店を飛び出してすぐにぶつかった。軽く謝罪しただけで済ませた覚えがあったが、特に因縁をつけてこなかった。確か彼は剣を身に付けていた筈だ。無意識ではあったが、職業柄そこは記憶していた。


「私にはケビン様がわざと閣下の進路を遮ったように見受けられました。通り過ぎた閣下の背中を見詰めていたようですが、私に気付くと立ち去られました。フィリップ様の素性を知った今となっては、彼の行動は甚だ危険です」


 つまりケビンはアールファレムを尾行し、その後マイヤール商会まで戻り、わざとアルスラーダにぶつかった事になる。

 それぞれの方向に用事があった可能性もあるが、偶然にしては出来すぎだろう。

 だがシャリウス人が、アールファレムがタヘノスに来る事を知り得る筈がない。もし予期出来るとすればミュスタンの上層部かファビオだろうが、リベリオが重要な情報を他国に気取らせるとは思いにくい。

 となると彼はタヘノスでの活動中にアールファレムの正体に気付いた事になる。


「ラジエンデ号がタヘノスに到着したのは、一昨日だ。奴はいつラジエンデ号を離れた? そもそも乗客は寄航中は船内に留まるのか」

「継続して御利用なさる場合は自由です。ただ船内で泊まれば宿代が掛からないので、大抵のお客様は夜はお戻りになられます。御食事等はお客様によってまちまちでございます。ケビン様の場合は出航までに戻るとの事で、到着してからはずっと町中で過ごされたようです。お戻りはぎりぎりでした」


 港で感じた敵意はケビンで間違いないだろう。こちらの反応を試しただけのようだが、いまいち彼の正体が掴めない。

 何にせよ敵である可能性が高そうだが、サミュエル王子が既に動いているのだろうか? 国王の死去後にすぐに動いたとすれば、時期的には丁度だろう。タヘノスに寄ったのは、船の寄港先でもあるが、領主が皇帝の従兄弟だから偵察を兼ねていたのかもしれない。だとすれば領主館の出入りを見張っていた可能性がある。それならば察知されたのにも、納得がいく。ルドルフが倉庫に向かう時から尾行したのならば、その後リベリオと三人で出てきたのを目撃したかも知れない。


「シャリウスの密偵の可能性が高いか。奴に同行者はいるか?」

「単独のようです。他の乗客と接触しているような様子はないと思いますが、玄人であれば隙は見せないでしょう」

「だろうな。どうやら奴はわざとこちらを挑発しているようだ。フィリップ様には二日間、船室に籠って頂く。ハンスと私で警護は十分だとは思うが、船長も用心しておいてくれ」

「部下に見張らせましょうか?」

「いや、危険過ぎる。私ですら一対一で勝てるかどうか分からん」

「まさか! ガルフォン一と謳われる閣下が気弱な事を仰いますな!」

「ガルフォン一であってルディベルド大陸一ではないからな」


 アルスラーダはあのケビンという男に底知れぬ不安を感じていた。決してアールファレムに近付ける訳にはいかない。刺し違えてもだ。

 アルスラーダの表情から確かな決意を読み取り、ベッカーも背筋を伸ばした。

 昨日までは政治に巻き込まれたくないと思っていたが、皇帝の命が掛かっているのなら話は別だ。

 少なくとも乗船中は、船長の名にかけて御守りする事を密かに誓った。


「黄金色の瞳のシャリウス人……」


 ベッカーは呟くと記憶を探り出そうと遠い目をした。


「心当たりがあるのか?」

「以前会長から聞いたような気がします。お呼びしましょうか」

「すまないが頼む」


 ベッカーはすぐにマイヤールを連れて戻ってきた。大分急いだようで、この寒い中マイヤールは汗までかいていた。


「はいはい。確かに金目の男の話は聞いた事があります。ですが名前はカミーユだった筈です」

「名前は偽名だろう。どちらが本名かは分からんが、そんな事はとるに足りない。それでどんな男か覚えているか?」

「噂を聞いただけです。懇意にしてくださる貴族の御方に聞いた話です。カミーユは国王陛下にもお目見えが許されていたようで、クリストフ将軍が連れてきたようです。公の場にほぼ出てこないらしく、あんな胡散臭い男を出入りさせるなどけしからんとぼやいておいででした」


 クリストフ将軍は五十代の宿将で、国王の右腕として絶大な信頼を得ていた。リベリオの情報では、病床の国王の代わりに政務を執るサミュエルの補佐を行っているらしかった。アルスラーダとも面識があり、忠義に厚く信頼のおける好人物だったが、だからといって今現在もガルフォンに好意的とは限らない。


「クリストフ将軍か……。当面シャリウス方面は要注意だな」

「私もなるべく積極的に情報を集めます」

「まさか我国の情報を他国に売り渡すような真似はせんだろうな」


 アルスラーダは前のめりになるマイヤールに警戒を露にし、牽制してみた。


「心外ですな。私を見くびらないでくださいませ。私にとっては金儲けよりも陛下への忠誠の方が遥かに大事なのですよ」


 マイヤールは目を剥いて憤慨して見せた。誇張はあるだろうが、嘘をついている訳ではなさそうだった。ベッカーも苦笑いしながらも、頷いている。


「それはすまなかった。許せ。船長、部屋の警護は我々で十分だ。だが厨房の監視は強化してくれないか」


 毒殺の危険はいつでも付きまとっていた。アールファレムが宮殿外の食事を好むのは、そういった事が煩わしいからだと言い訳に使っていた。

 危険は外でもあるだろうが、いつどこにいくか分からないのでは、少なくとも毒殺の手段はとれない。つまり心置きなく食事だけは楽しめるという訳だ。道々危険なのは重々承知はしているようで、剣は手離さないようにしていたが、一人で外出するなど、アルスラーダが許可した事は一度もない。


「かしこまりました。陛下は好まれない食材などはないのでしょうか?」

「好き嫌いなど皇帝には許されない。それだけで料理人が解雇されかねない。だが困ったことに人参はあまり好まれない。だからたっぷり使って欲しい」

「……言葉通りに受け取ってもよろしいのですか?」

「勿論だとも。ただ私もそうなんだが、ここのところ食べ過ぎたようだ。消化の良い物だと有りがたい。ハンスも含めて三人同じ食事を出してくれ。だが今日の昼の分は間に合わないかな」

「すぐに手配して参ります」


 ベッカーは一目散に部屋を飛び出していった。


「ベッカーはいい男だな。勧誘したらあっさり断られた」

「油断も隙もありませんな。ベッカーは得難い男です。手放す気は毛頭ございませんよ」

「だろうな。まあミュスタンの事もあるしな。宜しく頼む」


 マイヤールは不思議そうにアルスラーダを眺めた。あまりにも露骨な視線にアルスラーダは身じろぎした。


「何か言いたそうだな」

「ずいぶん変わられましたな。厳しい閣下も魅力的ですが、今の柔和な優しい雰囲気の閣下の方が人間味があって好きですよ」


 にこにこしながら言うマイヤールに、アルスラーダは面映ゆく視線をずらした。

 そういえばハンスも訝しそうに、自分を見ていたように思える。そんなに分かりやすく変わったのだろうか。何かあった次の日に変わるなど、単純過ぎるだろう。

 恥ずかしさで悶々と悩むアルスラーダを慈しむように見守る禿げ親父マイヤール。

 ベッカーが戻ると微妙な空気が室内を満たしていた。


「閣下、間に合いました。他にご要望はございますか?」


 ベッカーはアルスラーダが赤面している事に気付かぬ振りをしながら尋ねた。


「……ああ。今のところは大丈夫だ。二人ともありがとう。後二日宜しく頼む」


 鈍い反応を示しながらアルスラーダは軽く頭を下げた。


「こちらこそ宜しくお願い致します。何かあればなんなりとお申し付け下さいませ」


 滑らかに返答するベッカーとは裏腹に、マイヤールは逡巡した様子だった。


「私は帝都まで戻るつもりなのですが、御一緒してもよろしいでしょうか?」

「別に構わんが、供回りはつけているのか?」

「同行させていただけるのなら、私一人でお願いできますか。元々は用心棒をつけて荷馬車と共に戻る予定だったのですが、そちらは部下に任せます。今後の体制を調整する必要が出来たので、なるべく早く戻りたいのです」

「ちゃっかりしているな。まぁいい。陛下には私から話を通しておこう」


 そもそも体制変更はアールファレムの要望が原因だろうし、馬車にも余裕があった。


「だが二日後までに少し痩せておくんだな。馬車が窮屈になる」


 マイヤールは情けない表情を浮かべながら抗議したが、アルスラーダは意地悪な笑みを浮かべ悩む素振りを見せた。


「会長の食事を抑制するよう申し付けておきましょうか?」

「ベッカー! 何てことを! 給金を減らすからな!」

「横暴な雇い主だな。ベッカー、今の三倍の給金でどうだ。なんだったら帝都に邸宅を用意してやろう」

「よろしいのですか? 妻が喜びます。是非……」


 悪のりするベッカーにマイヤールがすがり付いた。


「冗談が過ぎる! 冗談だといってくれー!」

「くっ、苦しいです。会長、冗談ですから離れてください!」


 マイヤールはベッカーの体に手を回しながら、勝ち誇って高笑いして見せた。


「はっはっは。閣下、残念ですな。ベッカーは私のことを慕っているのですよ」


 ベッカーは諦めたようで、されるがままになっていた。マイヤールは勿論、面白がってふざけているだけのようで、こういうところがアールファレムと気が合うのだろうなと、アルスラーダは変に納得したのだった。

 最後にケビンの部屋の番号を聞き出すとアルスラーダは、アールファレムの元へと戻った。


「意外と親しみやすい御方なのですね」

「まぁ陛下が絡まなければな。あの方は良くも悪くも陛下中心でお考えになる。御自身の事に興味がないのだ。と思っていたんだが、どうも変わられたようだ。良い変化のようでなりよりだが、どうなさったのかな」

「女性でしょう」


 ベッカーは断言して見せたが、マイヤールはぴんとこなかった。アールファレム以外を大事にするアルスラーダなど想像できなかったからだ。


「あの閣下に女性か。そういう事もあり得るか? 珍事に違いないな」


 マイヤールが首を傾げて悩む姿は端から見ていると、愛嬌があって可愛らしくもあった。ベッカーがその様に思っているなど知らないマイヤールは、急に両手でベッカーの手を握りしめた。


「ベッカー、期待しているからな」


 どうやら引き抜きの話を聞いて、内心不安だったようだ。


「ありがとうございます。ですが私は会長にいつまでもついていきます」

「今回はアルスラーダ閣下からのお誘いだから断れた。だが直接陛下からの御命令であればどうた?」


 ベッカーは目を瞑り、深く考え込んだ。確かにもし直接お声が掛かれば、自分でも意思を貫けるか自信はなかった。


「そうなれば国との仲介者として仲を取り持ってくれ」


 本当にちゃっかりしているなと、心底感心するベッカーだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ