表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/125

44 アールファレム体調を崩す

「特別貴賓室はこちらでございます」


 ベッカーは出港準備に忙しいので、マイヤールが案内役を務めた。

 特別貴賓室は特別の名前に恥じず、とても船内とは思えぬ豪華な部屋だった。流石に宮殿とまではいかないが、十分快適な広さで、調度品は豪奢ではあるが華美過ぎないように絶妙に抑えられていた。居間、寝室、それに専用浴室に洗面所が備えられ、専用デッキに側仕え用の小部屋まで設えてあった。部屋を一通り見て回ると、アールファレムは、居間の長椅子に腰掛けた。


「船の上とは信じられないな。揺れても大丈夫なのか」

「見えないように家具は固定しています。それに大きな船ですので、ほとんど揺れも感じません。もうすぐ出港しますが、出港の様子を見学なさいますか?」


 マイヤールの申し出はアルスラーダが断った。


「いや、危険すぎる。なるべくお部屋からは出ないようにお願いいたします」

「つまらん。ちょっとぐらい駄目か?」

「駄目ですよ。我慢なさって下さいませ」


 軽く口を尖らせたが、アルスラーダは指で口を挟んだ。


「御食事はお部屋までお持ちした方が良さそうですな」


 マイヤールが気の毒そうに言うと、アールファレムは余計な事を言うなと言わんばかりに睨み付けたが、アルスラーダの指に口を押さえ付けられたままでは、迫力はなかった。

 拗ねたアールファレムなど初めて見たハンスなどはおろおろするばかりで、なんの役にも立ちそうにない。


「マイヤール、下がってよい」

「かしこまりました。私は一号室にいますので、何かあればいつでもお申し付け下さいませ」


 アルスラーダの命令に従い、マイヤールは深くお辞儀すると、部屋を出ていった。


「ハンス、先程、何者かは不明だが、陛下に対し強い悪意を持つ者の視線を感じた。ゆめゆめ警戒を怠らないようにしてくれ。出港の様子を確認するのと、取り敢えず一度船内を巡回してきてくれ」


 ハンスは一瞬で真剣な眼差しになると、敬礼すると直ちに部屋を後にした。


「テオだと思うか?」

「だといいんですが。かなりの手練れに思えます。恐らくは別人の気配でしょう」

「だとすると見当がつかないな。私の正体がばれているという事か?」

「考えにくいですが、そういう事になりますね」


 アルスラーダが眉を寄せるアールファレムのバンダナを外すと、きっちり編み込まれた黄金の髪が眩しく煌めいた。誘惑に負け、さわさわとつい撫でてしまい、慌てて手を引っ込めようとしたが、アールファレムは手を伸ばして手を握ってきた。暫く見つめあい、アルスラーダが屈み込もうとしたところで、船が動き出した。

 アールファレムは立ち上がると窓に張り付いて、すこしでも出港の様子が分からないか見たが、分かりにくい。専用デッキがあったのを思いだし、そちらに足を運んだ。

 当然の事ながら外は寒く息も白くなった。震えながら見渡すと、デッキは角度的に他の客からは見えないようになっており、船が港から離れていく様子が窺えた。アルスラーダは寒そうなアールファレムを後ろから抱き締め、暫くそのままで外を眺めた。

 アールファレムがくしゃみをしたので、急いで室内に戻った。

 アルスラーダがアールファレムのおでこに手を当てると、やや熱かった。アールファレムはひんやりとした手の感触に気持ち良さそうに目を細めた。


「お加減が悪いのですか?」

「ちょっとだけしんどいかな」

「早く仰って下さい!」


 慌てて寝室に連れて行くと、服を着替えさせ寝台に寝かせた。


「アルス、寝るほどではないぞ」


 一応言ってみたが、聞き入れられないのは明白だった。


「駄目に決まっています」


 アルスラーダは即座に却下し、室内を見渡したが動かせそうな椅子は見当たらなかったので立つ事にした。

 アールファレムがぽんぽん隣を叩いたが、流石に甘える訳にはいかない。


「広いから大丈夫だ。横にいてくれないか?」


 魅力的な誘いだったが、体調を崩したのは自分のせいだと自覚していたので断った。

 アルスラーダがすまなそうにしているので、アールファレムは手招きして、顔を近付かせた。


「アルス、自分のせいだと思ってないか?」

「昨夜無茶させました」


 しょんぼりするアルスラーダのおでこを指で弾いた。


「痛っ! 本当に申し訳ありません。んっ!」


 更にもう一回弾くと、アールファレムはアルスラーダの首に手を回し、抱き付いた。


「アルスラーダ! それ以上謝るのは許さん」

「アルファ様……」

「少し疲れが出ただけだ」


 アールファレムの吐く息も少し熱いのが、アルスラーダにも分かった。更に負担をかけている事にアルスラーダは申し訳なく思い、アールファレムの体に手を回し慎重に寝かせた。

 アルスラーダは一端離れると、居間にハンス宛に書き置きをすると、寝室に戻り中から鍵を掛けた。

 アールファレムの空けてくれた隣に体を滑り込ませると、軽くアールファレムを抱き締めた。


「お休み下さいませ」

「眠くない」

「目を閉じていれば、その内眠れますよ」

「アルスがこんなに近くにいては、緊張して寝れそうにない」


 アールファレムの顔が赤いのは、微熱のせいだけではなさそうだ。


「おや、私を誘っておいて、それはないでしょうに」


 アルスラーダの吐く息がアールファレムの耳に当り、くすぐったそうに体をよじった。アルスラーダは昨夜も耳には敏感だった事を思いだした。そういえば今朝も耳を軽く噛んだら、駄目だと強く制止したのは、気分の問題ではなく、弱点だからかもしれない。

 アルスラーダは悪戯心を発揮し、アールファレムは散々耳を攻められた。


「アルスの馬鹿!」


 しまいにはアールファレムはアルスラーダに背を向けてしまった。

 アルスラーダは後ろから手を回し、腕の中にすっぽりアールファレムを抱き締めた。アールファレムは抵抗せずにじっとしていたが、不意に振り向いた。


「ジークは?」

「居間で動きまわっていましたよ」

「寂しくないかな」

「その内ハンスが相手するでしょうよ」

「んー、アルス。連れてきてくれないか」


 熱のせいで少し潤んだ瞳で見詰められて、アルスラーダが拒否出来る筈もなく、渋々連れてくると先程アルスラーダの寝ていた場所に陣取り、アルスラーダの居場所がなくなってしまった。

 ジーク相手に悋気剥き出しにするのも大人げないので、我慢して寝台の隅に腰掛けた。ジークがアールファレムの顔を舐め出したからといって殺意を抱く筈がない。アールファレムが穏やかな笑顔をジークに向けているからといって、自分の方が親密な仲なので嫉妬する筈もない。


「……アルス、怖い顔をしているぞ」

「気のせいです。早くお休みくださいませ」


 アールファレムは大人しく目を閉じ、暫くすると眠りについたようで寝息をたてだした。

 アールファレムが眠ったのを確認すると、アルスラーダの仮面が剥がれ、自己嫌悪で顔を歪ませた。体の負担も考えず、欲望のままに抱いた事を後悔していたのだ。丁寧に扱ったつもりだったが、なにぶん初めてで余裕がなかった。

 微熱が出たという事は、アールファレムの体が拒否反応を示した事に他ならない。シルヴィンの時は熱は出さなかった。翌日は会えなかったからはっきりとは知らないが、もし発熱していたらルーヴェルが教えてくれただろう。

 シルヴィンのつけた跡は未だ薄く肌に残っていた。昨夜、痕跡を見つけると一つずつ上書きしていった。アールファレムはまったく制止しなかったので、調子に乗っていたのだろうか? つまらぬ張り合いで傷付けたのだろうか?

 落ち込むアルスラーダの手をジークが舐めた。嬉しそうに尻尾を振るジークの頭を軽く撫で、アールファレムを託すと、そろっと寝室を抜け出した。

 ちょうどハンスは戻ってきたところのようで、書き置きを手にしていた。


「閣下! 陛下の御容態は!」

「心配ない。旅の疲れが出ただけだろう。それより怪しい人物はいたか?」


 ハンスは鼻息荒くアルスラーダに詰め寄ったが、軽くあしらわれ距離をとらされた。


「特に不審な動きをする輩はいませんでした。これを御覧ください」


 ハンスは船内の見取り図を差し出した。


「ベッカー船長がくれました」


 ハンスの補足を聞きながら、アルスラーダは見取り図に目を通した。


「ふむ。この部屋への浸入経路はその扉のみか。守りやすいとも言えるが、逃げ道がないともとれるな」


 一長一短あるが、ハンスと二人警戒すれば二日ぐらいは凌げるだろう。マイヤールに言えば、警護を回してくれるかもしれないが、マイヤールはともかく部下まで信用出来ない。ベッカーは頼りになりそうだが、船長を使う訳にはいかないだろう。


「ベッカーには正体をばらしていないだろうな」


 アルスラーダが念のため尋ねたが、ハンスは沈黙したまま視線を逸らした。


「ハンス? まさかまたやらかしたのか」

「いえ、近衛である事は話しましたが、フィリップ様の正体は内緒にしました」


 ハンスは自分で言っててまずいと思ったのだろう、後半は小声になっていた。


「近衛の仕事は何かな」

「陛下をお守りする事です」

「ベッカー船長もそれぐらいは知っているだろうな」


 ハンスは決して無能な訳ではない。手柄を立てる為ではなく、アールファレムの役に立ちたい、その一心で気を張って、空回りしているだけだ。

 アルスラーダにもそれが分かるだけに、いかにして彼を使いこなすか悩んだ。彼の長所は実直で、努力を怠らない。剣の腕も立ち、若手の中でも注目株だ。叱ると萎縮するだけかもしれないが、現状誉めるところがない。

 ベッカーにはいずれはばらすつもりだったが、彼の事をはっきりとは見極めきれていない為、まだ様子を見ようとしていたのだ。ベッカーが有能な男なのは間違いない。ただ人柄がはっきりしない。

 この船旅で接触してみようと心に決めたアルスラーダだったが、ハンスがしょんぼりして、こちらを窺っているのに気付いた。ハンスはアルスラーダより四歳も歳上の筈だが、やや幼い面立ちをしており、ともすればアルスラーダより下に見えなくもない。立場ではアルスラーダが上だが、もう少し頼りになるところを見せてもらいたい。


「ハンス、フィリップ様が無事戻れるかはお主次第だ。正体がばれれば、よからぬ事を企む者も出るかもしれん。今後くれぐれも慎重に行動して欲しい。宮殿に戻るまでは室内であってもフィリップ様とお呼びするように」


 てっきり叱責されるものと覚悟していたハンスは肩透かしをくらい、意外そうな表情を浮かべた。


「何か質問がありそうだな」

「アルスラーダ閣下が失敗を見逃して下さるなど、珍しいですよね」


 近衛には勿論、隊長がいるが、実質的にはアルスラーダが指示をする事が多い。近衛の失敗は即アールファレムの安全に繋がるので、勿論厳しく指導を行っている。


「閣下もよせ。私は船内を見回ってくる。頼んだぞ」


 アルスラーダは反論せずに、ハンスの肩をぽんと一つ叩くと部屋を出ていった。


「あのアルスラーダ閣下が? 本当に別人のようだ」


 呆然と棒立ちになるハンスだったが、使命を思い出すと油断なく表情を引き締め、アルスラーダの出ていった扉に意識を集中させた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ