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43 不穏な気配

 港は人でごった返していたが、マイヤールやファビオ達は乗船口の近くで待っていた為に、すぐに見付かった。


「待たせたか?」

「いえ、まだ出港まで大分余裕があります。すぐに乗船なさいますか?」


 マイヤールはにっこり笑いながら、馬車を先に船に乗せるように部下に指示した。


「ハンス、必要な荷物は先に部屋に運んでくれ」


 アルスラーダの命令に素直に従うハンスだったが、リベリオが疑問を口にした。


「おいおい、警護が仕事だろう。あれでは下働きじゃないか」

「構わない。フィリップ様のお役に立つ事が全てだ」


 喋りながら、アルスラーダは肌が粟立つのを感じ、アールファレムを庇いながら、辺りを見回した。同じようにアールファレムやリベリオも、異変に反応し、急に真面目な顔付きで周囲に目を向けたが、特に怪しい人物は見付からなかった。アルスラーダはアールファレムの手からジークを預かると、マイヤールに抱かせた。


「リッケン、何かあったのか」


 イグナーツとリッケンも見送りに来ていたのだが、皆の様子がおかしいので、イグナーツは不安そうに尋ねた。


「一瞬、殺気のような不穏な気配があったように思えたのですが」


 リッケンはイグナーツを背後に守りながら、油断なく答えた。


「いや気のせいじゃないな。テオか? くそっ、人が多すぎる」


 リベリオは忌々しそうに言い捨てると、アールファレムを急に抱き締めた。


「うわっ、なんの真似だ!」

「うるさい。来月シャリウスで会うまで元気にしてろよ」


 リベリオが本気で心配しているのを感じ取り、アールファレムはリベリオの背中に手を回した。


「ああ。ありがとう。お陰で楽しかった」


 リベリオは最後にアールファレムの頬を撫でると、アルスラーダに目配せした。


「フィリップ様、船に乗りましょう」

「ああ。ファビオ、これからよろしく頼む」


 アールファレムがファビオに声を掛けると、ファビオは張り切って返事した。


「こちらこそお願いいたします」


 その後、アールファレムがイグナーツと別れの挨拶を交わしているなか、ファビオはリベリオに抱き付いた。


「気持ち悪い。離れろ!」


 リベリオは嫌がって引き剥がそうとしたが、ファビオは食らい付いて離さない。


「フィリップ様の匂いがする」

「男に抱き付くなー! そんな趣味はないわ」

「フィリップ様には抱き付いてましたよね」


 エリスが冷静に突っ込むと、リベリオはエリスの方にファビオを追いやった。


「あいつは特別……。うぉっ!」


 アルスラーダは思いきりリベリオの尻を蹴飛ばすと、アールファレムを急き立てた。


「ここはいろいろと危険過ぎます。早く乗船しましょう」


 リベリオは尻をさすりながらも、アルスラーダに手を差し出した。


「最後までこれかよ」

「ふん。まぁ世話になったな」


 アルスラーダはおざなりに握手をして離れようとしたが、リベリオは手を離さない。


「こいつの事は頼んだからな」

「まったくお前は……。ああ、任せておけ。いろいろありがとう」


 アルスラーダは照れながら礼を言いつつも、周囲への警戒は怠らない。

 リベリオはアルスラーダにも一瞬だけ抱き付くと、すぐに離れた。


「じゃあな」


 アルスラーダは何か言いたそうにしたが、結局は軽く手を上げるだけにとどめ、アールファレムの背中に手を添え、船へと促した。

 マイヤールはぺこりとリベリオに向かってお辞儀をすると、アールファレム達の後を追った。


「あー、いってしまう」


 ファビオが余韻に浸っていたが、リベリオは首根っこを掴まえ、エリスに声を掛けた。


「我々もいこうか」

「ええ。……先程の気配はやはりフィリップ様を狙った人物でしょうか?」


 エリスも女だてらに護衛に選ばれただけあって、腕には自信がある。万一の事があればリベリオとファビオを守るつもりだ。


「恐らくな。俺もあいつも心当たりがありすぎるが、今、俺の正体を知っているのは限られている。それはあいつも同じだが、可能性は高いだろうさ。だがテオではない気がするんだが」


 テオの実力は知らないが、先程の気配はそれより数段上のように感じられた。しかも一瞬で霧散させ、まるでこちらを試すように思えたのは杞憂だろうか。

 アルスラーダがいれば滅多なことはおこらないだろうが、一抹の不安は拭えない。だが考えても仕方無い事に、時間を割くのは無益でしかない。

 リベリオは軽く頭を振ると、エリスに向き直った。いつもの怒った顔も魅力だが、憂いを帯び真剣な眼差しで周囲を見渡している様も、凛々しく美しい。

 ファビオが邪魔だが、エリスはファビオの従者なのだからそれは仕方無い。帰路を有意義に過ごすためにリベリオは、全力を尽くすことに決めた。


「お三方は不思議な関係ですね。確か以前は敵だった事もあるでしょうに、今では親友に見えます。立場も違う筈なのに心から信頼なさっているのですか?」

「ああ。あいつらは俺の大事な友人だ。もう一人いるんだがな。あいつは今頃、あの二人の分も働いているだろうよ。エリス、俺に興味を抱いてくれているのか?」


 エリスの優しげな眼差しが一転し、口からは大きなため息が洩れた。

 リベリオは自分の迂闊さを呪った。どうやら焦りすぎたようだ。最近駆け引きの要らない相手ばかりで、鈍ったようだ。しかし好感度は悪くないように思える。ここは慎重にいくべきだろう。下手すれば外交上の駆け引きより真剣に頭を悩ませているリベリオに向かって、ファビオが余計な一言を投げ掛けた。


「その付け髭、胡散臭いですね」


 ファビオは昨日から気になっていたようで、正直に言っただけなのに、リベリオに頭を叩かれた。





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