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40 恥じらいの朝

 アールファレムが目覚めると、まずアルスラーダの胸板が視界に飛び込んできた。頭と背中に、アルスラーダの腕が回されており、いつの間にかとんでもない体勢で眠っていたようだった。

 一瞬混乱したが、昨夜の記憶が鮮明に蘇ってきた。自分から誘うのは、かなり勇気がいったが、アルスラーダは優しすぎて、どうしても遠慮しがちになる。主従という関係がよくないかも知れない。少しぐらいなら強引にしてくれてもいいのにと思うアールファレムだが、はしたない気もするので、中々口には出せそうにない。まさか今後、毎回自分から誘う事になるのだろうかとまで考え、羞恥で顔を赤くした。昨日の今日でもう次の事まで考えるなど、穴があれば入りたくなった。だが隠れる場所などなく、裸のまま触れ合っていたら、どうしても昨夜の感覚を思い起こしてしまう。

 隅々まで、アルスラーダで満たされ、愛されている事を実感した夜だった。痛みがなかった訳ではないが、アルスラーダは充分すぎるほど気遣ってくれ、アールファレムは幸せな痛みがあるのだと知った。同じ行為でも、愛情を伴うだけでこうも違いがあるのかと驚くとともに安堵した。土壇場で拒否して、アルスラーダを傷付けないか心配したが、杞憂だった。アルスラーダは馴れていないが、誠実だった。勿論馴れていたら、その方が嫌だ。アルスラーダがアールファレム一筋なのは疑う余地がない。

 シルヴィンは慣れていたが、それだけだ。それなりに気遣ってはくれたかも知れないが、そもそも同意していないのだから、それ以前の問題だろう。

 朝日で部屋は明るかったが、アルスラーダは起きそうになかった。アールファレムは動こうとしたが、今の体勢では、どうやってもアルスラーダを起こしてしまいそうで身動きとれなかった。

 恥ずかしかったが、肌に直接触れていると、とても心地好く、瞼を閉じて、アルスラーダの匂いを胸いっぱい吸い込み、心の中でシルヴィンと比べた事を詫びた。アルスラーダの体温は温かく、このまま時が止まってしまったら、どれほど幸せなのだろうと考えた。

 だが足を動かしてしまい、よりによってアルスラーダの大事な部分に触れてしまった。お互いに下だけは履いていたが、布地が薄いだけに、質感が直接伝わってくる。

 アールファレムは昨夜の睦み合いを生々しく思い出してしまい、全身を硬直させてしまった。

 早く服を着たかったが、どうする事もできずに、ただアルスラーダが目覚めるのを待つしかなさそうだった。落ち着かずもぞもぞ動いたが、アルスラーダはぴくりともしなかった。

 アールファレムは困り果て、そろりとアルスラーダの顔を見上げたら、ばっちり目が合った。


「なっ! いつから起きていたんだ!」

「かなり前からです。起こさないように気を遣ったんですよ」

「うー、アルスのいじわるー!」

「くすっ。反応がかわいらしかったので、申し訳ありません」


 アールファレムは拳でぽかぽかとアルスラーダの胸を叩いたが、勿論まったく痛くない。アルスラーダは笑顔のまま、ぎゅっとアールファレムを抱き締めた。アールファレムは力を抜いて、アルスラーダの背中に手を回した。

 暫く抱き合う二人だったが、アルスラーダが欲を出した。アールファレムの耳たぶを軽く噛んだのだ。


「……アルス、駄目だ」


 アールファレムは反応しそうになるのを堪え、はっきりと拒絶した。

 アルスラーダは未練があったが、仕方なしに力を弛めた。

 アールファレムは体を起こすと、軽く伸びをした。


「お早う、アルス」


 アルスラーダの頬を軽く撫でると、掠めるように軽く口付けた。

 寝台から出ると、晒しを手に取った。惜し気もなく裸をさらけ出したアールファレムは、窓から射し込む朝日に照らされ輝いて見えた。アルスラーダはあまりの美しさに息を呑んだ。時に大胆になったり、恥らったりとアルスラーダを魅了して止まない。けっして計算ではなく、ありのままに振る舞うアールファレムが眩しかった。

 昨夜は余裕がなかった為、あまりはっきり見れなかった。無論、滑らかな肌や、恥じらう顔、柔らかい胸など部分的には目に焼き付いている。だが全身を見たのは初めてだ。

 か細いが鍛えられた肢体は、無駄な贅肉など一切存在せず、すらりとしていた。普段、厚着によって意図的に隠されたくびれは、魅惑的で、アルスラーダが手を回す為に存在していた。白く柔らかな胸はアルスラーダの大きな掌にちょうど収まる大きさで、まるでアルスラーダの為に、その大きさに育ったようだった。アールファレムは、昨夜全てを自分に捧げてくれた。拙い愛撫に身を任せてくれた。この人は自分のものだと錯覚させた。

 アルスラーダはアールファレムの為に存在している。だがその逆はあってはいけない。分かってはいても、独占欲は治まらない。むしろ以前より一層強く、執着してしまう。アルスラーダの視線に込められた思いに、アールファレムは気付かない。気付かれる訳にはいけない。

 アールファレムは晒しを差し出した。


「アルス、つけてくれないか」


 アルスラーダは儀式のように恭しく押し頂くと、慎重に巻いていった。晒しはアールファレムにとっては象徴である。男になるために、必要不可欠のそれをアルスラーダによって身に付ける。さながら戦への身支度のようであった。


「もう少し強めに巻いてくれ」

「苦しくないですか?」

「私にとっては鎧のような物だ。今更、どうということはないさ」


 きっちり巻き終えると、いつものように平らな胸が出来上がった。

 アルスラーダは着替えようと、昨夜脱いだ服を探すと、ジークが下衣の上で眠っていた。暖炉の火が消えて寒くなったジークが、椅子の上に引っ掛けてあった服を引っ張ったのだった。

 着替え中のアールファレムが、乱れた格好のまま、気の毒なジークを抱き上げると、ジークは目覚め、元気よくアールファレムの顔を舐めた。

 昨日までのアルスラーダなら、ジークにまで嫉妬しただろう。だが今日は違う。ジーク相手であれば寛大な気持ちで、微笑ましく眺める事が出来た。ジークといるとアールファレムは笑顔になる。なら歓迎すべきだろう。狭量な昨日までのアルスラーダはいない。

 アルスラーダは毛だらけになった下衣以外を着込むと、部屋に戻る事にした。間男のようで情けない感じがしたが、やむを得なかった。

 隣室の鍵は今朝は開いていて、リベリオがにやにやしながら出迎えた。


「よう。色男、素敵な格好をしているな」

「この野郎、女を連れ込みやがって!」


 アルスラーダが胸ぐらを掴んだが、リベリオは悠然とした態度を崩さなかった。


「退路を断ってやったんだ。感謝しろよ」


 どうやらアルスラーダが戻ったのに気付いていたようだった。昨夜の嬌声はわざと聞かせたのだろう。アルスラーダは手を離すと、荷物から下衣を取り出し着込んだ。


「その様子では上手くいったらしいな」

「下世話な事を言うな」


 アルスラーダは睨み付けたが、リベリオにはまったく効き目はなかった。


「……絶対に口外するなよ」

「見損なうな」


 リベリオが眼光鋭く唸ると、アルスラーダは素直に頭を下げた。


「すまん」

「一皮剥けたようだな。アルス、感想はどうだ?」

「人に話すような事じゃないだろう」


 本人はいつものようにぶっきらぼうに話しているつもりのようだが、照れているのが、丸分かりで、リベリオからみれば微笑ましかった。


「ふーん。じゃあ、あいつに聞いてこよう」


 リベリオが出ていこうとするのを、アルスラーダは必死に止めた。


「絶対に聞くな!」

「気にならないか? 満足出来たかどうか尋ねてきてやる」

「やめんか!」


 扉が開き、アールファレムがジークと共に顔を出した。


「二人とも騒々しいな」


 ぴたりと騒ぐのをやめ、アルスラーダは瞬時に壁に向かって直立不動の姿勢をとった。


「ほう。……なるほどね」


 リベリオはアールファレムの周りをゆっくりと一周すると、感嘆の言葉を洩らした。アールファレムの変化は顕著だったが、この場で言及すべきではないだろう。リベリオは空気の読める男である。内心ではアルスラーダが羨ましかったが、それも口には出さない。そちらに関しては生涯打ち明けるつもりはない。微かな胸の痛みを自覚しつつ、笑いながら封印する。


「何がなるほどなんだ」

「別に何もないさ。腰は大丈夫か」


 リベリオは慣れた手つきで、アールファレムの腰を擦った。

 アールファレムは何を気遣われているかに気付き、赤面しながらアルスラーダを睨み付けた。

 背後からの視線を感じたアルスラーダは、壁に同化したくなった。長い沈黙に耐えきれず、そろっと振り返ると、アールファレムが口を尖らせてむくれていた。その表情があまりに可愛らしく、アルスラーダは慌てて、リベリオとの間に割って入った。


「駄目です。その顔はいけません」


 アルスラーダはアールファレムの顔を両手で包み込んだ。


「私以外には見せては駄目ですよ」

「アルス、私は怒っているんだぞ!」

「ならもっと怖い顔をして下さい。そんな可愛い顔していたら、襲い掛かられても文句は言えません」


 リベリオはやってられるかと、アールファレムからジークを奪い取り、朝食に行く事にした。

 昨夜と同じ個室に案内され、リベリオは一人でさっさと朝食に取り掛かった。


「遅くなってすまない」


 少し遅れてきたアールファレムは上機嫌に謝罪しながら、席についた。アルスラーダの目が余計な事は言うなと、訴えていた。


「気にするな。それで昨夜はどうだった? 楽しめたか」


 アルスラーダが目を剥いたが、そんな事で動じるリベリオではない。 


「野暮な事を聞くなよ」


 アールファレムは余裕の笑みを浮かべ、リベリオを見返した。


「つまらんな。仕方無い、アルスをおちょくるとするか」

「私のアルスにちょっかいをかけるのはやめてもらおうか」


 アールファレムの言葉にアルスラーダは動揺して、むせかえった。

 リベリオがアールファレムをじーっと見詰めると、アールファレムは根負けして、真っ赤な顔で視線を逸らした。


「やっぱり無理していたか」

「苛めないでくれよ」

「親友の恋愛を心配しているだけだ。お前らときたら、まどろっこしくて俺の方がやきもきしたぞ」


 リベリオは二人のことは、弟のように大事に思っているのだ。確かに身分と性別という二つの壁はあるだろう。だが思い合っている癖にぐずぐずしている二人が歯痒かった。早くくっついてくれた方が、リベリオもすっきりする。


「心配かけたようだな」

「余計なお世話だ」


 アールファレムとアルスラーダはそれぞれ反対の感想を抱いたようだ。


「余計なお世話ついでに忠告してやる。オリアンヌ姫に気をつけろよ。来月顔を合わす事になるんだろう。今のような態度をあの姫の前でしてみろ。アルスは殺されるぞ」


 リベリオは以前アルスラーダにした忠告を繰り返した。だが前回よりずっと深刻みを帯びていた。


「何度も断っているんだがな。だがオリアンヌ姫はお前が言うような恐ろしい女性じゃない。確かに気の強いところもあるが、基本的にお優しい方だ」


 アールファレムは自分の発言の中にこそ問題がある事に気付いていない。基本的に優しいとは、あまり誉め言葉としては使われない。


「いっそアルスを連れていかない方がいいかもな」


 その提案にアールファレムは、なるほどと頷いたが、アルスラーダが容認出来る筈がなかった。


「冗談じゃない! 今となってはシャリウスは敵地同然だ。そんな所にお一人でなど……」

「一人で行く訳ないだろう。ビクトールが適任かな。兵士も連れて行く訳だし、心配ない」

「駄目です!」

「アルス、声がでかい。いくら個室でも気をつけろ」


 リベリオが注意すると、アルスラーダは声を落として、アールファレムに懇願した。


「アルファ様お願い致します。どうかお連れください」


 そんな縋るような目でお願いされても困るのだ。アールファレムとしては危険は避けたい。オリアンヌを敵に回すのは、外交上得策ではない。色恋沙汰で拗れたぐらいで、流石に戦争などにはならないとしても、刺激しないに越したことはない。


「オリアンヌ姫の前だけに限った話ではない。宮殿に戻ったとしても気を抜かないようにしよう」


 アールファレムの言うことはもっともである。気の抜ける場所の方が少ないのだ。二人が結ばれた、めでたいという訳にはいかない。

 ぱしっとアルスラーダは自分の顔を両手で叩いた。浮かれ気分でいたのは事実だ。本来ならリベリオの前で油断する事も危険なのだ。

 目付きが変わり、一瞬で冷静さを取り戻したアルスラーダに満足したアールファレムは頷くと、冷たくなった朝食に取り掛かった。


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