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39 欲望のままに

 

 風呂を終えてさっぱりとしたアールファレムは、お休みと挨拶して手を振ったが、アルスラーダは部屋を出ようとしなかった。

 リベリオは大浴場にいったので、別行動をとっており、ジークは暖炉の前で既に眠っていた。アールファレムはジークを抱き上げていいものか、迷っていたのだが、アルスラーダの様子がおかしい事に気付いた。


「先程からどうかしたのか? 何か大人しいな」


 アールファレムは体からほかほか湯気を立て、無邪気に首を傾げた。寝る時なので晒しは少しだけ弛めに巻いており、ほんのり胸が膨らんでいるのが分かった。アールファレムが晒しを巻いていない日は十二歳を過ぎてからは、一日もなかった。今では体の一部のようなものだが、窮屈な事に変わりはない。


「髪を梳かしましょうか?」

「さっきやってくれただろう。まだ乱れているか? もう遅いし明日でもいいぞ」


 風呂上がりに寝衣を着た後、脱衣所でアルスラーダによって梳かされ、艶やかに波打つ髪には綺麗な天使の輪が出来ていた。部屋までは一応バンダナで隠してきたが、今は当然外している。


「今日は大変な一日でした。アルファ様、大丈夫ですか?」

 

 アールファレムはアルスラーダを暫く見詰めたが、無言で寝台をぽんぽんと叩いて、アルスラーダを深く腰掛けさせた。

 アールファレムも隣に座ると思いきや、靴を脱いで寝転がるとアルスラーダの膝に頭を載せた。あまりの事に固まるアルスラーダだったが、アールファレムが下から見上げ、視線が絡み合った。恐る恐る手を伸ばし、柔らかい髪に手を潜らせると、アールファレムの体から力が抜け、身を委ねてきたのが伝わってきて、愛しさで胸がぎゅっと苦しくなった。

 暫く頭をゆっくりと撫で続けていたが、膝がじわりと熱くなり、手を止めた。流れ落ちる涙をそのままにしているアールファレムの横顔を見ていると、更に胸が痛んだ。リベリオの気遣いに感謝して、再び撫で始めた。

 長い間そうしていたが、泣き止んだアールファレムは身を起こした。


「アルス、ありがとう。もう大丈夫だ」

「いつでも甘えて下さい」


 アルスラーダは涙の跡が残る頬に手を添え、軽く唇を重ねた。

 このままいると、それ以上の事を仕出かしそうになるので、すぐに退室する事にした。アールファレムは鍵を掛けるために、戸口まで見送った。

 アルスラーダが隣室の扉を開けようとすると、中から鍵が掛けられているようだった。

 舌打ちして扉を叩こうとしたが、部屋から微かに嬌声が聞こえてきた。

 まだこちらを眺めていたアールファレムは、再びアルスラーダを部屋に招き入れた。

 気まずい空気の中、アルスラーダは髪を掻きむしった。先程リベリオに感謝した自分が馬鹿だった。ただ単にリベリオは女を連れ込みたかっただけだった。


「アルス、一緒に寝るか?」


 幼い頃ならともかく、大人になってから、二人が一緒に寝たことは一度もない。


「椅子で寝るから大丈夫ですよ」


 アルスラーダは椅子の背もたれに手を掛けたが、アールファレムはその手に自分の手を重ねた。


「嫌か?」


 惚れた女性にそこまで言われて、拒否出来る男がいるだろうか?

 まじまじとアールファレムを見やり、アールファレムの顔が赤いのに気付いた。

 先程から積極的に振る舞うアールファレムだったが、けっして平気なわけではなかった。

 嬉しくもあり、不甲斐ない自分が情けなくもあり、アルスラーダは唾をごくりと飲み込んだ。


「本当によろしいのですか?」

「何回も言わせるな。馬鹿」


 アールファレムはアルスラーダの口に、右手の人指し指を当てて蓋をした。

 アルスラーダは嬉しそうに笑うと、アールファレムの手をとり、手のひらに口付けた。


「くすぐったいな」

「敏感なんですね」


 最後にぺろっと舐めて、アルスラーダは手を開放した。


「馬鹿!」


 甘ったるい声でなじられても、アルスラーダの顔は緩みっぱなしである。アルスラーダはアールファレムの寝衣に手を掛けた。アールファレムが頷き、アルスラーダはそろそろと脱がせていった。胸に巻かれた晒しが剥き出しになり、アルスラーダは痛ましそうに、丁寧に外していった。ずっと抑えられた割りには成長していて、初めて見るアールファレムの胸を前に、もう一度、唾を飲み込んだ。


「あまりじろじろ見るなよ。恥ずかしい」


 アールファレムは寝台に先に潜りこんだ。アルスラーダは素早く自分の着衣を脱ぎ捨て、後を追った。

 背中を向けるアールファレムを後ろから抱き締め、うなじに口付けた。


「んっ」


 アールファレムの上げた声が、アルスラーダの欲望を焚き付けた。


「アルファ様」


 熱を込めて名前を呼ぶと、アルスラーダはアールファレムの上に覆い被さった。

 口に手をあてがい、声を押し殺そうと恥じらうアールファレムの手をそっと退けた。


「声をお聞かせ下さいね」

「嫌だ。恥ずかしい……。あっ!」


 アルスラーダはまず胸の攻略から取り掛かった。タヘノスの長い一日はまだ終わらない。



 アルスラーダは隣で眠るアールファレムの顔を眺めた。

 人生でこれほど満ち足りた事はなかった。今までどれだけ言葉を尽くしても、自分の思いを伝えきれないと思っていたが、言葉など不要だった。

 アールファレムは辛いだろうに、アルスラーダを拒まなかった。最中にシルヴィンによって植え付けられた恐怖が、アールファレムの中に蘇ったのが、アルスラーダにも伝わってきた。

 アルスラーダは止めようとしたが、アールファレムは首を振って、アルスラーダにしがみついてきた。むしろシルヴィンとの記憶を上書きして欲しいと訴え、アルスラーダを求めた。

 アルスラーダの全てをアールファレムは受け止め、二人は心まで結ばれたのを実感したのだった。

 顔にかかる髪を払い除けてやると、微かに身じろぎしたが、疲れたのだろう、目が覚める気配はなかった。


「アルファ様……」


 もしアールファレムが女性として生きていたら、どうなっていたのだろうか? 一般の恋人同士が行うような事が今の二人には許されない。手を繋ぐ事すら憚られる現状は、アールファレムにとっては苦痛ではないだろうか?

 いやアールファレムではなく、自分が我慢出来ないだけだ。アールファレムは自分のものだと、皆に分からせたかった。もっと本音を言えばアールファレムを誰にも見せたくない。閉じ込めて自分だけを見て欲しい。

 自分の貪欲さにアールファレムに気付いて欲しいような、醜い自分を知られたくないような複雑な想いを抱きながら、夜明けが来なければいいのにと願わずにはいられなかった。

 もっと近付きたくて、アールファレムの体に手を回し、しっかり抱き締めた。これほど密着しても、何故距離を感じるのだろう。どうして不安が込み上げてくるのか、アルスラーダには分からなかった。いつまでも起きていたかったが、睡魔が襲い掛かり、アールファレムを抱きながら、アルスラーダは眠りについた。


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