38 帝都からの凶報
宿屋の主人は一行の為に個室を用意し、給仕も自らが行う事にした。女給達の間からは抗議がおきたが、あのロッテまで陥落したのだ。主人としてはこれ以上の揉め事は御免だった。
だが上客には違いないので、厄介払いする訳にもいかず、気苦労は絶えなかった。
個室の床にはちゃんとジークの餌も用意されていた。
テーブルの上には、料理がところ狭しとならんでおり、四人は乾杯をすると、美味しい料理に舌鼓を打った。
「マイヤール、この大きいのは、私が釣ったんだぞ」
「ふん。これだけの量があるのは俺のお陰だからな。ほら、これも食え」
二人が張り合ってマイヤールに勧めるものだから、マイヤールは限界まで食べさせられた。
「ただでさえ太りぎみな腹がはち切れそうです」
「太りぎみ? 随分控え目な表現だな」
正直なリベリオは、再びマイヤールに恨みがましい目で見られた。
「皆様方は、体型の心配はありませんからな」
アルスラーダは不敵に笑うと、自分のお腹をさすった。
「鍛え方が違う。なんだったら、帰路は鍛えてやろうか?」
「つまりラジエンデ号に御乗船頂けるのですね。ありがとうございます。誠に栄誉な事です。ですがアルス様の申し出はお断りさせて頂きます。ええもう、断固拒否しますとも」
マイヤールは酒の勢いか、アルスラーダ相手に強気に出た。だがアルスラーダは、アールファレムにさえ敬意を払っていれば細かい事は気にしない。むやみに厳しい訳ではなかった。
和やかな晩餐だったが、闖入者が水を差した。リッケンの部下のレイフが宿の主人に案内され、やって来たのだ。随分無理をしたようで、肩で息をしていた。
「確かレイフだったかな? どうかしたのか?」
アールファレムの問いかけに、レイフは息を整え、宿の主人が出ていくのを確認してから、懐から手紙を取り出した。
「帝都から早馬がきました。使者の方は大分無理をされたようで、私が代わりにお持ちしました」
アールファレムは手紙を受け取ると、封を切った。周囲が見守る中、アールファレムは読み始めた。
だんだん険しい顔付きになり、遂には手紙を握り潰した。
目を瞑り考え込むアールファレムに、アルスラーダは尋ねた。
「ルーヴェルからですか?」
「ああ。レイフ、明日の朝に顔を出すとイグナーツに伝えてくれ。マイヤールは港で待っていてくれ。早急に帝都に戻る必要がある」
どうやらマイヤール達には聞かせたくないようなので、マイヤールは挨拶をしてレイフと共に退出した。アールファレムは二人が完全に立ち去ったのを確認して、アルスラーダに、くしゃくしゃの手紙を回した。アルスラーダは手紙を広げて、横から覗こうとするリベリオにも見えるような角度で読み出した。
「ジェラルド王が死んだだと!」
ルーヴェルからの手紙によると、アールファレム達が出立した翌々日に、シャリウスから急使がやってきたらしい。
「死因が書いていないな。病気か?」
「それ以外の何がある?」
アールファレムは不機嫌そうにリベリオを睨み付けたが、八つ当たり以外の何物でもない。すぐに反省し、表情を和らげようとしたが、笑える筈もなく、パシっと自分の両頬を叩いた。
「くそっ!」
アールファレムは感情を整理出来ず、立ち上がると窓際まで歩き、窓の外を向いて二人から表情を隠した。
父と断絶状態だったアールファレムにとっては、父親のような存在だった。アールファレムを気に入って、後ろ楯になってくれた大恩人の死は、余りにも突然だった。ぎゅっと拳を握り締め、涙を堪えようとしたが、我慢しきれなかった。
肩を震わせるアールファレムを慰めようと、リベリオは手を伸ばそうとしたが、アルスラーダは無言で制した。
リベリオは頷くと、席に戻り、アールファレムが落ち着くのを待つ事にした。リベリオにとっては、アールファレムの戴冠式に一度会っただけの存在である。威圧感は半端なく、大国の君主としての風格を備えた油断ならない人物として警戒していたに過ぎない。個人的な興味を抱く事はなかった。娘のオリアンヌ姫には並々ならぬ興味を抱いていたが、残念ながら断られている。
やがてアールファレムは、涙を拭うと席に座り謝罪した。
「すまない。もう大丈夫だ」
「気にするな。俺達しかいない」
他人がいれば、アールファレムは我慢していただろう。アルスラーダとリベリオの前だからこそ、アールファレムは醜態を晒したのだ。リベリオは手を伸ばし、アールファレムの髪をくしゃくしゃと撫でた。
「くすぐったいな。大丈夫だって言っただろう」
アールファレムは微笑みながら、リベリオの腕に手を添え、小さな声でありがとうと呟いた。
アルスラーダも何か言葉をかけてやりたかったが、空気を読んでいる間に全てリベリオにとられてしまった。
アールファレムは気落ちしているアルスラーダにも、感謝の意を込めて頷いて見せた。
むしろ居たたまれなくなったが、これ以上情けない姿を見せる訳にはいかず、顔を上げた。
「葬儀は来月行われるようです。参列なさいますか?」
「勿論だ。新年の祝賀会を終え次第、シャリウスに発つ。リベリオはどうする?」
「招待されていれば出席するさ。うちは同盟を結んでいる訳ではないからな。国に戻らないと分からん。戴冠式はまだ行わないようだな」
「喪が明けてから行うんじゃないかな。通例はどうなんだろう?」
二人はアルスラーダの方を向いた。アルスラーダは記憶を探りながら、こほんっと咳払いした。
「私の知る限り、代替わりで同時に戴冠式を行った例はないですね。アルファ様の仰ったように、喪に服してから戴冠しています。戴冠式の準備は大変ですから、ある程度の準備期間は必要でしょう。後継者が定まっていない場合はここから揉めた例もあります」
「確かにな。シャリウスの場合はサミュエル王子で決まりだろう。しかしあの坊やが国王となると、今後はいろいろ荒れそうだ」
「お前はその方がいいんだろう? シャリウスとガルフォンが険悪になれば、そこに付け入るつもりだったんだから」
アールファレムは意地悪く言ったが、別に責めるつもりはない。打算で動くのは、君主としては当然で、友人だからと手心を加えるつもりはお互いにない。
「そう言うなよ。うちみたいな小国は大変なんだ。ベイロニアとは独立時に一応不可侵の条約は取り付けたが、シャリウス、ガルフォンという二大強国に隣接して、苦労しているんだぞ」
苦々しい口調で話すリベリオに、アールファレムとしては苦笑いするしかない。
ガルフォンとミュスタン、どちらも新興国だが領土、人口共にガルフォン帝国はミュスタンを凌駕するどころか、圧倒的な大国として、ルディベルド大陸の列強の一角に躍り出た。
そして今、同じ列強の中でも、安定していたシャリウス国王の崩御。各国が代替わりが円滑に行われるか、固唾を呑んで見極めようとしていた。
「資質を問われるのは、サミュエル王子だけではない。新参者の我々も迂闊な対応を取れば、各国から嘲笑を受けるだろうよ。我が国はさしあたり内乱を片付ける必要があるな」
アールファレムの決意を聞いて、アルスラーダは一つの可能性に思い至った。
「カスパードがサミュエル王子と組む可能性があります」
サミュエル王子がカスパードを相手にするか分からないが、アールファレムに敵意を持っているなら一筋縄ではいかないだろう。
アールファレムは酒杯を煽った。先程までは美味しく感じた筈の酒が苦かった。
「カスパードもろとも……。いや、むしろ……。ふむ、お手並みを拝見するとしようか」
危険な光を瞳に揺らめかせ呟くアールファレムを眺めながら、リベリオは沈黙を保った。ゾレストの問題に口を挟むつもりはないし、もしサミュエル王子がちょっかいをかけるのなら、シャリウスにとってはあまりよい結果にならないだろう。リベリオ自身、統一する前のアールファレムと何度か戦ったが、全敗している。他の貴族との戦争中に留守を狙ったのだが、敢えなく返り討ちにあい、部下からは二度と敵対しないように懇願されている。リベリオとしても、今のガルフォンには手出しするつもりはない。万一アールファレムが亡くなり、ガルフォンが分裂するような事態になれば、話は異なるが、現状では、友好国として付き合うのが最善だ。
サミュエル王子がカスパードにどう対処するかで、彼の力量が測れるだろう。リベリオが顎を撫でながら、思案にくれていると、アルスラーダが胡散臭そうに、目を細めた。
「良からぬ事を考えているだろう」
リベリオは考え事をする時、よく顎を撫でる。
「心外だな。サミュエル王子に同情しただけだ。温室育ちの王子様が、性格の悪い好戦的な皇帝相手にどう立ち回るか楽しみだと思わんか?」
「好戦的? 私は基本的には平和主義だぞ」
アールファレムはうそぶいたが、ガルフォンを武力で統一しといて、平和主義の筈がない。
「その通りです。無用な争いは好まれないですね」
アルスラーダはやや歪曲的に表現したが、リベリオはわざとらしく鼻を鳴らした。
「売られた喧嘩は必ず買うのが信条じゃなかったのか」
「それはお前の信条だろう。恒久平和こそ君主の望むべき理想だ。努力を惜しまず、常に邁進すべき……なんだろうな。お互い聖人君子にはなれそうにないな」
アールファレムは最後には、ぺろっと舌を出して本音を漏らした。理想は現実から程遠く、敵に事欠かない半生を送り、簡単に生き方は変えれそうにない。武力で全て解決してきたとは認めたくはないが、現実を直視すべきだろう。
「ふん。俺はお前ほどではないぞ」
リベリオが胸を張ったが、勿論どちらも大差はない。アールファレムはふと思い付いて、リベリオが嫌がる話題を持ち出した。
「もしミュスタンにも使者がいっているとしたら、当然ベイロニアにもいっているだろう。そうなれば賢王に会えるかも知れんな」
アールファレムは、ベイロニア国王テオドーロ・マージとはまだ面識がない。噂の賢王とは如何なる人物か興味がある。
だがリベリオは一気に陰鬱になり、顔をしかめて、嫌がった。
「食えない男だ。なるべく会いたくない」
過去、リベリオは賢王から独立をもぎ取った。アールファレム達は詳しくは知らないが、二者の間には未だ深い確執がありそうだった。
「リベリオ、もしシャリウスに行くのなら連絡してくれ」
「ああ、そうする」
アールファレムは立ち上がり、ジークを抱き上げた。
「お腹いっぱいになったか?」
ジークは嬉しそうに尻尾を振って鳴いたが、どこまで理解しているのやら、アルスラーダは懐疑的だった。アールファレムはさっさと部屋を出ていき、アルスラーダが後を追おうとしたが、リベリオが肩を掴んだ。
「アルス、今夜はあいつと一緒に寝ろ」
「馬鹿な事を言うな!」
アルスラーダは声を荒げたが、リベリオは真顔だった。
「今日はいろいろありすぎた。あいつは傷付いているだろう。そばにいてやれ」
「簡単に言うな。男同士で同衾など出来るか!」
振り払って出ていこうとしたが、リベリオは更に力を込めた。
「性別なんぞ知ったことか! お前がいかないなら俺がいく。それでもいいのか?」
リベリオは本気でアルスラーダに決断を迫った。




