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33 ルドルフの苛立ち

 領主館では、ルドルフが仏頂面で書類仕事に取り掛かっていた。腹心のテオは、このような場合は余計な事は言わず、無言で警護に専念する事にしている。


「兄上少しお時間を頂きます」


 ルドルフは不快げにイグナーツを見やった。ただでさえ断りもなく不在になった為、仕事の段取りが狂っていたのに、珍しく断定的な口調で話し掛ける弟が苛立たしかった。怒鳴り付けようとしたが、見慣れぬ大男が一緒にいた為、言葉を飲み込んだ。


「朝から商人が訪ねてきてたようだが、そいつは商人には見えんな」


 値踏みするようにルドルフは赤毛の大男を眺めた。不敵な表情をした軽薄そうな大男は、不愉快な事にルドルフの視線にまったく動じなかった。隣にいたリッケンなどは居心地悪そうに視線を逸らしていたというのにだ。

 だがそのルドルフも赤毛男によって同時に観察されていた。がっしりとした体格に目鼻立ちの整った若武者だ。初対面の人物をそいつ呼ばわりするような傲慢なところが、鼻についたがリベリオの先入観がそう思わせたのかも知れない。イグナーツに似ている部分は、まったくなかった。こいつとは合わなそうだとは、お互いの感想だったが、本人達は知るよしもない。


「彼は別人です。朝はマイヤール商会の会長が兄上に挨拶に来ただけです。タヘノスまできたので、ご機嫌伺いにきたらしいです。わざわざ取り次ぐまでもないので、僕が応対しました」


 ルドルフはいつになく饒舌な弟に苛立ちと若干の違和感を覚えた。聞こえよがしに舌打ちをすると立ち上がり、自分より背の低いイグナーツを睨み付けた。


「マイヤールはアールファレムの犬だろう。今後は出入りさせるな! 目障りだ! それで、そいつは誰だと聞いているんだ!」


 机を叩き付けたが、勿論自分の手が痛むだけだった。

 リベリオの目には豪胆というよりは、ただの粗野な人間にしか見えなかった。


「人払いをお願いします」


 イグナーツが落ち着き払っているのが、一番ルドルフの癪に障った。


「テオに聞かれて困る事は何もない」

「兄上がそう言うのでしたら構いません」


 イグナーツは呆れたように軽く肩を竦めると、同行者に苦笑いして見せた。テオは素早く兄弟の間で視線を行き来させ、恐る恐るルドルフに伺いをたてた。


「ルドルフ様、私は下がりましょうか?」

「ここにいろ!」

「彼は秋口に兄上を訪ねた男の部下です」


 ルドルフは後悔したが、今更イグナーツの言いなりになるのは御免だった。忌々しい弟を頭の中では罵ったが、鷹揚に構えて見せた。デュークの部下相手に醜態を晒すつもりはない。


「構わない。テオは俺を裏切らないさ」


 テオは頷いたが、不安そうにイグナーツを見つめた。理解は出来ないが緊迫した空気は読めた。


「なら結構です。彼はゲオルグ将補です。リッケンが警邏中に不審人物に尋問したところ、彼の素性が判明したので慌てて僕を呼び出した次第です」


 ゲオルグ将補は実際カスパードの部下だが、ルドルフとは面識がない筈だった。デュークがルドルフを訪ねた際、同行した可能性があったが、アルスラーダが否定した。秋であれば、デュークは未だカスパードにすら内密にしていた時期で、あの時点でゲオルグを信用する筈がない。もし同行させるなら、ランドルフかステファンに違いないという読みだった。

 ほとんどの将官の経歴、性格、人間関係を把握しているアルスラーダの記憶力に賭けた訳だ。


「初めて見る顔だな。デュークは何故ランドルフを来させなかった? 貴様がデュークの部下だといって信用出来るか!」


 イグナーツの話は整合はとれてはいたが、見知らぬ男を使いによこすほど、デュークは軽率ではないはずだ。


「申し訳ありません。ランドルフ副将はゾレストを動く訳にはいかなかったのです。その代わりにデューク副将も同行しております。領主館に顔を出す訳にもいかず、困っていたところ、リッケン隊長に発見されたのです。その後イグナーツ様にお会いしまして、私がこちらに説明に伺いました。デューク副将は港で閣下をお待ちしています」


 リベリオはぺこぺこと頭を下げながら、滑らかに嘘を吐いた。


「デューク本人で間違いはありません。僕が会ってきましたが、デュークは僕では相手にならないと内容を話してはくれませんでした」


 イグナーツが悔しそうに、顔を歪めながらぼやくと、ルドルフは当然のように頷いた。


「お前はまだまだ半人前だ。それぐらいの用心は必要だろう。本来なら俺が出向くなど、立場が逆だが仕方無いか。しかし港は人目がありすぎるな」

「兄上、大丈夫です。マイヤールの倉庫を借りてあります。勿論彼には内密の客人としか伝えておりません。なんとか兄上の心証を良くしようと必死でしたので、悪いとは思ったのですが、利用させてもらいました」

「驚いたな。お前がそのような事を思い付くとはな。どういう心境の変化だ。アールファレムに義理立てしていたのではなかったのか?」

「正直どちらを選ぶか迷いました。ですが僕は兄上の弟です。どこまでも兄上についていく覚悟は決めました」


 イグナーツの眼に迷いはなかった。ルドルフは隣でリッケンが痛ましそうに下を向いているのに気付いた。


「お前の部下は納得していないようだが?」

「……イグナーツ様の判断に従います」

「結構だ。テオ、話はだいたい分かったな」

「アールファレム陛下を裏切るおつもりですか?」


 テオの質問は半分、悲鳴のようだった。以前から皇帝に対して不満は口にはしていたが、まさか本気で歯向かうとは思っていなかった。最近ルドルフの様子がおかしかったのには気付いていた。本来の明るさが消え去り、高圧的な部分が目につくようになっていたのを懸念していたのだ。すぐに苛立ち、豪快さは鳴りを潜めていた。いったい主君に何があったのか心配していたのだが、まさか謀反を企んでいようとはテオの想像を超えていた。従兄弟に対する劣等感がルドルフを蝕み、遂には行動に移そうとしたようで、なんとか翻意させたかった。


「俺を認めないあいつが悪い。この俺が地方領主で終わる男と思うのか?」

「タヘノスはガルフォンの要地です。陛下はルドルフ様を信頼しているからこそ……」


 テオは主君の表情から引き返せる段階を、とうに過ぎ去っている事を悟った。どのような計画があるにせよ、デュークのような男が持ってきたものなど、ろくでもない筈だが、使者を前に批判する訳にもいかなかった。


「イグナーツ様、本気ですか」

「すまない。テオはここに残っても構わない。兄上の護衛はリッケンで十分だ。向こうには隊員も見張りに残っている。万一はない」


 イグナーツの謝罪は本心からだ。出来ればルドルフ一人の処分で済ませたかった。


「デュークは兵士を連れてきているのですか?」


 テオの質問はイグナーツに向けられたものだが、リベリオが代わりに返答した。


「警護など私一人で十分です。しかし心外ですね。万一などある筈がありません。ルドルフ様とカスパード陛下は盟友となられたのです。ルドルフ様は我が主も同然です。テオ殿ご安心下さい」


 リベリオの発言はルドルフとテオを不快にさせた。リッケンなどは、リベリオが喧嘩を売っているようにしか聞こえず、はらはらしながら成り行きを見守った。


「カスパード陛下ね。偉くなったものだ。勿論盟友だとも。俺がアールファレムから玉座を受け継いだ暁には、二分割して共にガルフォンを統治する事になるのだからな」


 リベリオは殴り付けたい衝動にかられた。この男が正々堂々とアールファレムに挑むのなら、とやかく言うつもりはない。だが暗殺という卑怯な手段で親友を害しようとする輩を許せなかった。だが内心をおくびにも出さず、にこやかに迎合して見せた。


「ルドルフ陛下ならガルフォンは更なる発展を遂げるでしょう。共に永世の繁栄を目指しましょう」

「ふん、見え透いた世辞はよせ。だが俺が最初から皇帝になっていれば、シャリウスは無理だとしても、ミュスタンなどとっくに統合していただろうよ」


 よりによってミュスタンの名前を出すルドルフに、イグナーツは青い顔をした。恐々とリベリオの様子を窺ったが、にこやかな笑顔がいっそ恐ろしく、すぐに目を逸らした。


「ルドルフ様、そろそろ出発なさいますか?」


 リッケンが促すと、ルドルフは剣を腰に差した。展開によってはデュークを殺し、アールファレムへの手土産にしてやろうと目論んでいた。カスパードやデューク達と心中する気は更々なく、利用するだけ利用するつもりだ。兵士を同行させるか迷ったが、既にイグナーツの部下が現場にいるなら、大人数は必要ないだろうと判断した。


「テオ、お前は残っていろ。留守を頼む」


 テオは先ほどから逡巡した様子だったが、遂に意を決したようでルドルフに正面から向かい合った。


「ルドルフ様の行かれるところなら、どこまでもお供致します」

「いや、テオは留守を守っていてくれ。僕と兄上が不在では、不審に思われるかもしれない」

「ではイグナーツ様が残られてはいかがですか? デュークを信用しきれません。それに……」


 テオは慇懃無礼な使者を睨み付けた。ゲオルグという男の笑顔の裏にある、そこはかとない悪意を感じとっていた。


「いや、しかし……」


 尚もいい募るイグナーツの服の裾をリッケンは引っ張り、ルドルフ達には気付かれぬよう合図した。これ以上は警戒されるだけである。


「用心深いお方だ。まぁルドルフ陛下の側近としては、なんとも頼もしい限りですな」


 リベリオが顎を撫でながら、ぬけぬけと言い放つのを無視して、テオはルドルフに同行の許可を得た。ルドルフも一番信頼しているテオの同行は正直なところ心強かった。イグナーツが暗い目でテオを見ている事には、気付けなかった。 




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