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34 ルドルフの末路

少々残酷な描写が出てきます。苦手な方はご遠慮下さい。

 倉庫前では隊員二名が見張りについていた。既にマイヤールの部下は帰していた。一応マイヤールは腕に覚えのある二人を残していたのだが、アールファレムが民間人を巻き込むのを嫌ったのだ。

 見張りの隊員にイグナーツは軽く頷いて、扉を開けさせた。リッケンを先頭に、テオ、ルドルフ、イグナーツ、リベリオの順で倉庫に入った。倉庫内は薄暗く、奥に仄暗い灯りがついているだけだった。

 テオの顔見知りの隊員四人が入口付近で待機しており、テオは安堵の溜め息をついた。リベリオが扉を閉めると互いを視認するのもやっとである。テオは退路を確保するべく開けようとしたが、ルドルフが制した。デュークに会うのを他人に見られる訳にはいかなかった。


「ルドルフ様、こちらです」


 リッケンが小声で囁き、ルドルフを灯りの方に導いた。

 倉庫の中ほどまでルドルフが進んだところで、急に倉庫内が明るくなった。隊員達が一斉に灯りを灯したのだ。


「ルドルフ様、お逃げ下さい!」


 テオは目をしばたかせながらも状況の異様さに危険を察知し、叫びながら背後のルドルフを反射的に庇おうとした。だが味方の筈のリッケンにより羽交い締めされ、隊員によって剣を取り上げられた。

 ルドルフは逃げようとしたが、いつの間にか隊員達に囲まれたイグナーツと、にやにや笑うリベリオが立ちはだかった。混乱しながらも抜刀し倉庫内を見回し、退路がないか探る中、ここにいる筈のない人物を視界に捉えた。驚愕のあまり声も出せずに、口を何度も開閉し、髪をかきむしった。やがて目の前の男が幻などではなく、不愉快な現実であると理解すると、今度はじわじわと怒りが込み上げてきた。誰が自分を嵌めたのかを悟り、端正な顔を醜悪に歪め、この世で一番憎悪する従兄弟に剣先を向けた。


「お前が何故ここにいる! アールファレム!」


 大声で吼えると、一気に距離を詰め、アールファレム目掛けて剣を降り下ろしたが、アルスラーダの剣によって阻まれた。ルドルフは力任せに幾度も剣を叩き付けたが、アルスラーダは軽くあしらい押し戻した。

 まだ話を聞く必要があった為、アルスラーダは本気は出さず、警戒するに留めた。ルドルフは肩で息をしながらも距離を置き、再びアールファレムを睨み付けた。

 アールファレムは眉一つ動かさず、涼しい顔で従兄弟の視線を受け止めた。


「親愛なる従兄弟殿に会うためさ」


 このように憎悪をぶつけられるのは久し振りで、あまり気分の良いものではなかった。戦場で敵は総大将であるアールファレムの命を奪う為に、自分に向かってくる。それは当然だし、寧ろ利用してよく囮になったが、彼らはアールファレムを個人的に憎む訳ではない。

 だがアールファレムに滅ぼされた領主達は違う。勿論帰順した者も多いが、アールファレムを呪いながら、死んでいったものも少なくなかった。彼らに憎悪されるのはアールファレムには、理解出来た。だがルドルフが何故自分を憎むのか、皆目見当もつかなかった。それほど鈍感なつもりはなかったのだが、どうやら恨みを買っていたようで、素直に訊ねる事にした。


「ルドルフ、理由を聞かせてくれないか? 良好な関係だったと思っていたんだが」

「お前の全てが気に食わない! お前がいなければ良かったんだ。俺が叔父上の跡を継いでいれば……」


 アルスラーダはルドルフの言葉を遮った。


「同じ結果にしかならない。その場合、陛下はお父上であるメフェウス様の領地を引き継ぎ、いずれは皇帝になられた筈だ。元々メフェウス様の治める領地の方が遥かに条件は良かった。領地も肥沃だし、領民も兵士も利発な陛下に期待して心から慕っていたのだからな。見知らぬ土地を一から統治なさる事がどれほど困難か、曲がりなりにも領主である貴方が分からないのですか? あっ、これは失礼しました。陛下の縁者というだけで登用されただけの方には理解出来る筈がありませんな」

「黙れ! もし俺が皇帝になっていればアルスラーダお前のような生意気な奴は重用しなかった! 使い走りで十分だ」

「こちらこそ御免被ります。私はアールファレム陛下以外の方にお仕えする気は更々ありません。もし領主になられなくとも、お側にいました。今陛下にお仕えする面々も同様でしょう。少し自分の事を客観的に御覧になられて下さい。陛下がガルフォン統一に奔走される間、何をしていたのですか? 幾らでも機会はありました。兵士を預けられ、重要な地を任せられた。しかし貴方は自分から動かず、陰で不平を洩らすだけで、何もなさらなかった。いえ何も出来なかったのですかな? 遂には暗殺ですか? 誠にルドルフ様らしいですね」


 アルスラーダの毒舌は、ルドルフの自尊心をしたたかに傷付けた。イグナーツや隊員などは気の毒過ぎて、耳を塞ぎたくなったが、それも叶わずただ成り行きを見守るしか出来ない。ルドルフを嫌悪していたリベリオですら若干ひいていたぐらいだ。アールファレムはというと、内心がどうであれ口を挟もうとせず、悠然とした態度でアルスラーダに任せていた。

 屈辱を味わったルドルフは憤怒のあまり、目を血走らせ、アルスラーダを睨み付けた。剣を握り直し、頭上に振り上げた。しかしアルスラーダに敵わないのは重々承知していた。舌打ちすると、渋々剣を下ろし、周囲を窺いだした。

 唯一の味方であるテオに助けを求めようとしたが、ルドルフとアルスラーダが言い合っている間に、テオは隊員達によりロープで縛られ猿轡をはめられ床に転がされていた。


「逃げ場など、この国のどこにもありませんよ。卑怯な上に臆病ときては、救いようがありませんな」


 元々アールファレムに対する劣等感が肥大化して、このような愚挙にでようとしていたのだ。アールファレムの名声が上がるにつれ、ルドルフは焦燥感に駆られた。才覚には自信があったのに、その機会がなかっただけと今まで自分を慰めてきたのだ。そんな言い訳が他者には通じない事ぐらいルドルフにも分かっていた。だからこそ暗殺という手段に及ぼうとしていたのに、まさか実行に移す前に発覚するなど、理不尽に思えた。

 目の前が急に真っ暗になり、ルドルフはよろけたが、背後から消え入りそうな声で兄上と自分を呼ぶ声が聞こえてきた。全てを失ったルドルフだが怒りの炎が再燃した。


「イグナーツ! お前か! お前が裏切ったせいだな!」


 標的を弟に切り替え、ルドルフはイグナーツに向き直った。今まで歯牙にもかけていなかった弟によって窮地に陥ったのだ。アールファレムを殺すのは無理でも、裏切者の弟だけは道連れにしてやりたかった。

 リッケンはイグナーツの安全を第一に考え、気を配っていだ。皇帝側にも何人か配置していたが、最強剣士がいるのだから、リッケンが心配する必要はない。イグナーツがあまり前にでないよう、尚且つ兄弟の会話の邪魔にならないように傍らに控えていたのが、失敗だった。連れ出しておくべきだと後悔したが、今更イグナーツが逃げる訳がない。イグナーツの命は絶対に守るつもりだったが、精神は既に深く傷を負った。兄の醜態はイグナーツを深く悲しませた。


「兄上、もうお止めください! これ以上の抵抗はもう……お願いします」


 イグナーツの懇願は、ルドルフをより激昂させるだけだった。


「黙れ! 俺は何もしていない! お前が勝手な事を吹き込んで俺を陥れた! 俺がいつアールファレムを裏切った? 俺は確かに愚痴を洩らしていた。ただそれだけだ。暗殺だと? そんな事は考えた事もない」


 必死になって熱弁を振るったが、今更ルドルフの言葉を信じる者など、この場にいなかった。

 リベリオはイグナーツを更に後方の安全な場所に押し止めると、剣を抜いた。

 

「往生際の悪い男だな。とっとと諦めろ。だいたい覚悟が足りない。簡単に誘き出されやがって。普通もう少しは警戒するぞ。やるならとことんしろよ。中途半端で見ていて苛々する。アールファレム、こいつ俺が殺ってもいいか?」


 ルドルフは素性も分からぬ男にまで罵声を浴びせられて、かっとなったが、後ろの方にいる弟に憐れみの目で見られているのに気付き、自分を取り戻した。


「分かった。俺も男だ。潔く腹をくくろう。アールファレム! お前に皇帝としての矜持があるのなら俺と一対一で戦え!」


 リベリオは目の前の珍獣が、何を言っているのか理解出来なかった。厚顔無恥な男は、アールファレムに向かって、さも当然の権利のように訴えた。

 アールファレムが呆れながらも前に進もうとしたのを、アルスラーダが左腕を伸ばして遮った。

 アールファレムが待てと言おうとしたが、その隙を与えず、素早く前に躍り出ると、ルドルフの剣を叩き落とした。そのまま流れるような動作で、躊躇する事なく首筋を斬り付けた。

 首から大量の血が吹き出し、ルドルフは床に仰向けに倒れた。後頭部を強く打ち付けたが、今更たいした問題ではなかった。最早助かる見込みがないのは、誰の目にも明らかだった。


「兄上ー!」


 イグナーツは兄に駆け寄ると、血にまみれるのも厭わず、手をしっかり握り締め、涙を流しながら、兄の頬を震える手で撫でた。ルドルフは体を激しく痙攣させながら、荒い息をするのがやっとだった。なんとかイグナーツの方に顔を向け、大きく口を開いたが、ごぼっと血を吐き出し、虚ろな目から急速に光が失われた。

 イグナーツは躯と成り果てた兄にしがみつき、すすり泣きながら兄を呼び続けた。

 隊員の何人かも涙を流し、主君の死を悼んだ。リッケンはイグナーツの肩に手を置こうとして、寸前で引っ込めた。慰める言葉がまったく浮かばなかったのだ。

 アールファレムは目の前の光景に目を背けず、僅かに手を震わせながらも、敬礼をほどこした。


「全員敬礼!」


 アールファレムの敬礼に気付いたリッケンの号令で、小隊全員がルドルフに敬礼をほどこした。大罪人ではあったが、彼らの領主であった事に代わりない。

 返り血を浴び、全身血塗れのアルスラーダは、勿論敬礼などしなかった。死者への冒涜だろうし、アールファレムの暗殺を企んだ男には当然の末路だった。何の感慨も抱かず、服の処理をどうしようか考えていた。

 リベリオはそんなアルスラーダに薄気味悪さを覚えながらも、自分のマントを脱ぎ、差し出した。


「すまんな」


 アルスラーダはマントを外すと、血塗れのそれで顔と剣を拭い、丸めてリベリオに渡した。リベリオは処分に困ったが、彼等より困っているのはリッケン達だろう。

 リッケンは悲しみにくれるイグナーツを気遣いながらも、遺体の処理をどうするかアールファレムに尋ねた。


「この有り様では、病死では通らないだろう。取り敢えず暴漢に襲われた事にする。それより先に彼を解放してやれ」


 アールファレムは縛られたままのテオを、顎でしゃくった。

 リッケンはすっかりテオの存在を忘れていた。慌ててロープをほどいたが、テオは抵抗する気力もなく、自由になるなりルドルフの方に這い寄り、遺体に泣いて縋った。

 再びいたたまれない雰囲気が場を包み、隊員達は居心地悪そうに互いに顔を見合わした。自分達は間違っていないと確信していたが、後味が悪い事この上なかった。

 イグナーツはようやく立ち上がると、テオの肩に手を置いた。


「テオ、兄上を止められなくて済まない」

「……ここまで惨い死に方をしなくてはいかなかったのですか!」

「皇帝の暗殺、それによる帝位の簒奪を目論んでいた。王族とはいえ許される範囲を超えている。陛下に害をなす者は誰であれ殺す。例外はない」


 アルスラーダは冷徹に言い放ち、倉庫を見回した。手頃な布を見つけ、隊員に指示すると、ルドルフの遺体を覆わせた。

 テオはやるせない想いを抱えながら、ルドルフの遺体に軽く手を添えた。


「テオ。恨むなら僕を恨んでくれ。間違っても、陛下やアルスラーダ閣下を逆恨みなどはしないでくれ」

「申し訳ありません。正直、今は何も考えられません」


 ルドルフを担ぎ上げる隊員に混じり、テオはしっかり主君の亡骸を支えた。

 イグナーツが頷くと、粛々と遺体は運び出され、倉庫内は沈黙が支配した。

 イグナーツはアールファレムに深く頭を下げると、リッケンと共に隊員達の後を追い掛けた。

 残された三人は、ほぼ同時に溜め息をついた。


「アルス……。いや何でもない。ジークを迎えにいこうか」


 アールファレムには、アルスラーダが何故、問答無用でルドルフを殺したのか分かっていた。アールファレムの手を汚さない為だ。そして憎しみが自分に向けられるようにした。責めるべきは今まで放置していた自分にあるだろう。幸いな事にルドルフは統治に問題があった訳ではない。領民に被害が出ていない以上ルドルフ一人の処分で済む筈だ。イグナーツを後継者とするのには、まだ結論は出ていないが、今日はこれ以上考えたくなかった。


「アールファレム、宿に帰れば魚料理が待っているぞ」


 リベリオはアールファレムの肩を抱きながら、励ました。


「そういえばそんな事もあったな。今朝ジークを拾って、それから魚釣りをしたんだっけ。全部、今日この港で起こったんだな。長い一日になった」


 アールファレムには遥か遠い昔のように思え、腕を組みながら、感慨深げに目を瞑った。今朝あんなに楽しかったのが嘘のようだった。


「一日はまだ終わっていない。こんな日はまだ何か起こるぞ」


 リベリオは不吉な予言をして、アルスラーダに小突かれた。


「嫌な事を言うな。これ以上何が起こると言うんだ。アルファ様、早く行きましょう。こんな所に長居は無用です」

「ああそうしよう」


 アールファレムはリベリオの頬に軽く拳をあてる仕草をすると、最後に床の血溜まりを一瞥し倉庫を後にした。



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