28 リベリオは苦労性
「フィリップ様、こちらもいかがですか」
アルスラーダは柄入りの赤いバンダナを、アールファレムに勧めた。
「いったい何枚買う気だ。まさか使い捨てにするつもりじゃないだろうな」
買い物の為に市場にやってきた三人だったが、アルスラーダはアールファレムの頭に巻くバンダナを買い漁り、ざっと見ただけでも十枚以上はあった。
「確かにバンダナはもう十分だな。アルス、次の店に行こうか」
「まだ行くのかよ」
リベリオはうんざりして、アールファレムの頭を右手で押さえ付けた。
「若旦那、もう駄目か?」
アールファレムはリベリオの手を頭に乗せたまま上を向き、リベリオの顔を下から見上げた。昨夜の夢が脳裏に甦り、慌てたリベリオは右手に力を込めて、前を向かせた。その際ちらりと平たい胸を再確認したリベリオは、左手で自分の顔を覆った。
「お前その目はやめろって。……はぁ、仕方無いな。ちょっと食材を見るだけだからな」
「ありがとう。でも、そんなに目付き悪いかな」
アールファレムが手で、目尻を上げたり、下げたりしていると、支払いを終えたアルスラーダがやってきた。
「端整なお顔が台無しですよ」
「どうも若旦那の好みじゃないらしい」
垂れ目にしながらアールファレムは、リベリオにどうだと見せた。
「お前が女だったら抱いてもいいがな。早く行くぞ」
アールファレムはリベリオに聞こえないよう小声で、アルスラーダの耳元で囁いた。
「むしろなんで気付かないのか不思議になってきた」
「女性に関して第一人者を気取る割りには、抜けているんですよね」
「普段は勘がいいのになぁ。お陰で助かるからいいんだけど、本当に不思議だ」
「何をしている! 早くこいよ」
ついてこない二人に焦れたリベリオに、急かされる二人だった。
その後、残念なことに盗賊による襲撃もなく、一行は予定どおりの日程でタヘノスに到着出来そうだった。宿屋に泊まれたのは二晩のみで、野宿が計四日の冬場では、やや厳しい旅だった。旅慣れたリベリオが、二人を厳しく指導した結果、アルスラーダが器用さを発揮し、何でもそつなくこなした。もう一人はというと、いろんな面で残念な結果に終わった。アルスラーダが甘やかしたのが、原因だったが、今までほとんどを他人任せにしていた人間が、一朝一夕で出来る筈もなかった。
「昼前にはタヘノスに到着します。まずは領主館にいきますか?」
朝食をとりながら、アルスラーダはアールファレムに確認をとった。勿論、朝食のほとんどをアルスラーダが用意した。
「現時点でルドルフに話すつもりはない。まずは宿屋にしよう」
「かしこまりました」
「アールファレム、まずは港湾周辺を見て回りたい。現時点で水軍はタヘノスに駐屯しているのか?」
「地方水軍だけだ。国軍はタヘノスにはいない。その国軍もまだまだ未完成だ。我が軍はほとんど陸軍で成り立っている。いずれはと考えてはいたんだが、いい機会だ。同盟がどちらの結果になるにせよ、本腰を入れて着手する」
「同盟の話が流れて、ガルフォン軍が増強されるだけで終わるのは勘弁してくれよ」
「悲観的になるなよ。まずはタヘノスに受け入れるだけの余裕があるかどうかだ。土地が余っている訳がないんだから、拡張工事は必須だ。それにそんなに排他的な土地柄ではないとしても、他国軍が入り込むとなると、住民感情にも配慮する必要がある」
「領主に内緒でそこまで探れるのか?」
「こればっかりは分からんな。海軍増強は別に隠す必要はない。アルスの正体だけばらして案内させてもいいだろう。だがミュスタンの話は現段階では極秘だ。リベリオの素性はばれないようにしてくれ。人相は知られてないだろうが、念のためバンダナで赤毛を隠すか」
アールファレムはバンダナ仲間が増えて、嬉しそうだった。
「お前ならともかく、俺がすると、賊みたいになりそうだ」
長身で図体のでかいリベリオが、髪を覆うとどうしても厳つくなってしまった。
「いっそ、眼帯でもするか? 誰も国王とは思わないだろう」
アルスラーダは本気で考えていないのが、丸分かりの態度をとった。
「付け髭はどうかな。大分雰囲気が変わるぞ」
「男前を隠すのは、タヘノスの女性に対して、失礼だろ」
「いい案ですね。それでいきましょう。リベリオ、取り敢えず馬車に隠れていろ。買ってきてやるからな」
アルスラーダはリベリオの反論を無視し、一方的に決定してしまった。
「扱いが雑過ぎないか。今回は遊びじゃないから、別に構わないけどな」
「ぶつぶつ言うなよ。渋い魅力が出て、もてるかもしれんぞ」
「髭は好きじゃない」
確かにリベリオは、毎朝必ず髭を剃っていた。
「そういやお前の顔……」
リベリオはアールファレムの顔を両手でがっしりと掴み、しげしげと眺め出した。
「つるつるしやがって、まったく髭生えてないんじゃないか?」
「放っておいてくれ! ちゃんと宿で剃っていたわ」
アールファレムはリベリオの手から逃れて、アルスラーダの後ろに隠れた。
「どうせアルスラーダにさせたんだろ。本当に一人では何にも出来ない奴だな」
「日常の些末な事は私がすればいい。アルファ様にしか出来ない事は、たくさんある」
「好きにすればいいさ。そろそろ出発するぞ」
リベリオは付き合ってられないとばかりに、立ち上がると焚き火を消した。
アールファレムはばつが悪そうに、片付けを一緒に行った。
「自分がこんなに不器用だとは思わなかった」
「アルファ様がご自身で何でもなさると、フィリップの仕事がなくなります」
「やらないのと、出来ないのでは雲泥の差があるさ。精進あるのみだ。アルスあまり私を甘やかさないでくれよ」
アルスラーダは守れそうにない約束は、聞かなかった事にして、御者席に乗り込んだ。アールファレムはあれ以来、手綱を握らせてもらえていなかった。もっとも帰路は機会もあるだろうと企んでいるのは、二人にはばればれである。
リベリオは自分に害が及ばない限りは、口出しをするつもりはない。どうせアルスラーダはアールファレムの全てを肯定するのだから、帰りは勝手にいちゃついていればいいのだ。この七日間で十分過ぎるほど、疎外感を味わい、少々辟易していた。
馬車は一路タヘノスを目指して、出発した。




