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25 ミュスタンとの同盟

 壮行会から一夜明け、リベリオはアールファレムの私室を訪ねた。


「アールファレム、ちょっと出掛けないか?」

「昨日の今日で無茶言うなよ。暫くは大人しくするさ」

「そこをなんとか頼む」


 いつになく真剣な様子のリベリオに、アールファレムは真面目に相手をする事にした。


「どこに行く気だ?」

「タヘノスまでだ」


 アールファレムは呆れ顔で親友を見やった。


「本気で言っているのか?」


 タヘノスはデルレイアより東南に位置する、ガルフォン一の海港だった。海運貿易の重要拠点として栄え、軍事的にも要衝の都市であった。デルレイアからは馬で七日程の距離だった。理由もなしに半月も留守にする訳にはいかなかった。


「勿論だ。アールファレム、ミュスタン国王としての頼みだ」

「タヘノスね。海が狙いか?」

「我が国は知っての通り内陸国だ。海への出口を確保することは我が国の宿願だ」

「今までは陸路が主流だったが、大量輸送では海路が圧倒的に有利だからな。最近はどの国も大型船舶の建造に力をいれている」

「その陸路ですらガルフォン商人は、シャリウスを経由する者が大半だ」


 そもそもシャリウスとの同盟は、不可侵条約の締結と、安定した交易路を確保する事が目的なのだから、交易路がシャリウス側に偏るのは当然だった。両国の同盟により、大陸の主要交易路として街道が整備され、安定した流通はガルフォンに繁栄をもたらした。また国土の大半を海に面しているガルフォンは必然的に海運が発達し、海軍の増強はガルフォンの重要課題でもあった。


「今になって海に活路を見出だすのは、遅すぎると思う。出遅れたミュスタンが今から挽回するのは容易ではない。陸路で勝負すべきではないのか? 立地は悪くない。三ヶ国に囲まれているなら中継国として、有利な立ち回りをすべきだと私は思うがどうだ?」

「いや、小国のミュスタンが一国で対抗するのには限界だ」

「つまりは我が国と同盟を結びたいという事だな」

「そうだ。ミュスタン船舶の母港としての利用、そしてミュスタン海軍の拠点としての軍用地を認めて欲しい」

「前半は考えてもいい。だが後半は却下だ。例え同盟国だとしてもその様な要求飲める訳ないだろう」


 今現在ミュスタン船舶は存在しない。これから造船するとなると、造船所をミュスタン優先にまわす必要がある。この問題は容易に解決できた。ガルフォン内の造船所はタヘノス以外にも多数存在するのだから、分散させるだけでよかった。勿論、商船に限った話である。軍艦の建造は限られた造船所でしか扱っていなかったし、ガルフォン海軍はまだ満足出来る規模ではなかった。自国が整っていない現状でミュスタンを割り込ませるなど出来る筈がない。

 それに加えて他国軍を常時駐留させるなど話にならなかった。

 船大工及び船乗りの育成、技術の指導は当然必須だろうが、そこまでガルフォン側に要求するからには代償が必要だった。


「我が国が用意出来る一番の対価は勿論鉄だ。我が国には優秀な鉄鉱山が複数あるからな。優先的に供給しよう。勿論低価格での取引を約束する」


 対価に持ってくるだけあって魅力的な内容ではあった。ガルフォンにも鉄鉱山があったが、埋蔵量、質ともにミュスタンの方が勝っていた。今後の発展に不可欠の鉄は、ガルフォンにとっては最重要輸入品だった。だがアールファレムは眉一つ動かさなかった。


「一番というからにはまだ用意出来るものがあるのだな」

「嫌な奴だな。不足なのか?」

「決め手に欠けるな。それだけでは海軍は認める訳にはいかない。これは軍事同盟だ。周辺国、いや具体的にはシャリウスを刺激する事になる。ジェラルド王は油断ならない方だ」

「健在であればな。だがアールファレム、このままではシャリウスとの同盟は危ういぞ」

「それほど御加減は悪いのか? 年明けにも見舞いに伺う予定だ。お主を誘うつもりだったんだがな」

「一応俺の事は気にかけてくれてたのか」

「お主は危険人物だからな」


 勿論、友情からではなかった。各国が危険人物と見なしているのはアールファレムの方である。リベリオはそこには触れずに、話を続けた。


「ジェラルド王は長くないだろう。サミュエル王子の人柄は知っているだろう」

「何度か会ったが、あまりいい印象はない。成り上がり者とは口も聞きたくない様子だった」

「俺なんて成り上がりの上に小国の国王だからな。歯牙にもかけてもらえんよ。それよりオリアンヌ姫の方はお前にいい印象を与えたくて、張り切っていると聞いたぞ」

「よく知っているな」


 アールファレムとしてはオリアンヌ姫の気持ちに応える訳にもいかず、申し訳なく思っていた。どれだけ説得してもアールファレムに特定の想い人が出来るまでは待つという決心は変わらなかった。アールファレムが女である事を公表して、一番傷付くのは彼女であろう。


「振られたからな。まったく相手をして貰えなかった。お前はあの姫のどこが不満なんだ?」

「話を逸らすな。サミュエル王子の話に戻せ」


 どうやらアールファレムはオリアンヌが苦手らしいと思ったが、今は同盟の話が大事だった。後で追求する事にして、リベリオは話に戻った。


「ジェラルド王は事あるごとにお前と比較したようで、サミュエル王子としてはお前を憎んでいるだろうよ」


 アールファレムの知らぬところで厄介な事になっているようだった。


「つまり代替わりしたら同盟関係が危うくなるから、ミュスタンに乗り換えろと言うつもりか」

「そうだ。お互いに悪い話ではないと思うがどうだ?」


 そしてゾレストの問題を抱えたガルフォンにとっては、味方が増えるのは有り難い話だった。

 リベリオは恐らく以前から同盟を考えていた筈だ。ジェラルド王の不調、カスパードの反乱、この二つが後押しになったに違いなかった。


「分かった。取り敢えずタヘノスへ行くとしよう。だが結論はすぐには出せない」

「ああじっくり考えて欲しい。だがタヘノスにはすぐに行けるのか?」

「往復で半月ほどかかるのなら、早目にいく方がいいさ。年内に戻る必要があるからな。出来れば明日には出発したい」

「即断即決だな。だがその方が有り難い。決まったら教えてくれ。今日はゆっくりさせてもらうさ」


 リベリオが部屋を出ていくと、入れ違いでアルスラーダがやって来た。


「朝から密談とは穏やかではないですね。何を企んでるんですか」

「リベリオの悪巧みに付き合う事にした。大至急ルーヴェルとシルヴィンを呼び出してくれ」

「執務室の方に呼び出しますね」


 アルスラーダはシルヴィンを二度と、アールファレムの私室に入れる気はなかった。アールファレムにはアルスラーダの気持ちが痛いほど分かった。


「ああ、そうしてくれ」


 アールファレムはリベリオの提案を三人に話した。


「タヘノスに行かれるという事は前向きに検討されているのですか?」


 シルヴィンはアールファレムの考えを尋ねた。アールファレムが乗り気なのが三人には見てとれた。


「シルヴィン、私が同数の兵でリベリオと戦って勝てると思うか?」


 アールファレムはシルヴィンの問いに答えず、逆に質問を返した。


「勿論、陛下は勝利なさるでしょう」


 シルヴィンは即答し、アルスラーダも当然過ぎる問いに頷いた。


「私抜きでも同じ結果になるか?」


 シルヴィンは言葉を詰まらせた。過去何度か戦ったが、リベリオは強敵である。同数の兵力で勝てると断言は出来なかった。


「答えられる筈がないな。これは私の責任だ。今まで必ず私が総指揮をとっていたのだからな。リベリオとの戦いは個人的には楽しかったが、ガルフォンとしては避けるべきだろう。私人としては欠点の多い愉快な友人だが、公人としてのあいつは油断ならん。あのベイロニアの賢王から独立をもぎ取った手腕は侮る訳にはいかない。どうやらオリアンヌ姫に求婚していたらしい。幸い振られたと言っていたが、ミュスタンとシャリウスが結びつくと、我が国には脅威でしかない。サミュエル王子が実権を握れば、強行されないとは限らないからな」


 リベリオは無類の女好きだが、結婚となると話は別だ。リベリオは打算的に求婚した筈だ。ジェラルド王はオリアンヌ姫の意思を尊重したが、サミュエル王子がそうするとは到底思えなかった。

 アルスラーダはリベリオをどこまで信用出来るか、考えあぐねたが、サミュエル王子かリベリオのどちらを信用するかとなれば迷うまでもなかった。


「ジェラルド王の復調が難しいのなら、サミュエル王子が出てくるのは時間の問題ですね。同盟は国家間の約定です。簡単に破棄は出来ないでしょうが、我が国に悪意があるとすれば、ミュスタンを先にこちらが抱き込む方が確かに安全かも知れません」


 アルスラーダの意見にアールファレムは頷いた。


「タヘノスとミュスタン間の街道を整備する必要がある。また、ミュスタン軍が頻繁に通行するなら、兵士を巡回させる手間が省ける」


 アールファレムにシルヴィンは注意を喚起した。


「タヘノスはデルレイアに近過ぎます。油断は為さらない方が宜しいかと存じ上げます。勿論帝都には大軍が常駐していますが、他国軍を受け入れるとなると、相応の備えは必要かと存じます。差し出がましい忠告失礼しました」


 シルヴィンは頭を下げたが、アールファレムはむしろ嬉しそうだった。


「よく言ってくれた。油断はしないでおこう」

「勿論油断は出来ませんが、同盟破棄した場合、損失が大きいのはミュスタン側でしょう。良好な関係を維持しなければ、本国と水軍が寸断される訳ですから、ミュスタン側から滅多な真似はしないでしょう」


 ルーヴェルの意見に、アルスラーダはもう一人の危険人物の存在を忘れないよう注意した。


「いや、ルーヴェル。もしミュスタンとシャリウスが結び付けば、厄介な事になるぞ」

「いっそオリアンヌ姫が女王にならないかな」


 ルーヴェルはぼやいたが、ガルフォンとしては一番それが有り難かった。ただアールファレムが女である事が知れた場合、オリアンヌ姫がガルフォンに好意的である保証はなかった。


「さて、こうなってくると重要なのは、タヘノスの領主ルドルフ様ですな」


 ルドルフ・フォン・シュワーはアールファレムの従兄弟にあたる。弟のイグナーツと共にタヘノスを治めてきた。勿論シュワー家の血筋という事はアールファレムとは血縁関係にはないが、それを知る者はほとんどいない。ルドルフですら知らない筈だった。

 アルスラーダがルドルフの名前を出した時に、シルヴィンはその事実に思い当たった。一瞬驚きが顔に出たが、アールファレムは目配せして、シルヴィンを黙らせた。


「本来なら直轄領にしたいですが、ルドルフ様相手ではどうなさいますか?」


 ルーヴェルとしては直轄領にして、国が直接管理したかった。ただ王族であるルドルフには遠慮があった。


「タヘノスへいくのはそこも確認したいからだ。今後は我が軍も駐留させる事になる。生半可な人物に任せるわけにはいかんだろう」

「随行員はどうなさいますか? 今はゾレストの件で動かせる人員が限られています」


 勿論アルスラーダが、ついていくのは決定事項だった。


「アルスだけでいい。まだ公にはしたくないし、大仰なのは面倒だ。三人で気軽にいくさ」


 アルスラーダはシルヴィンがいるので、あからさまにはしないが、嬉しそうな様子が隠しきれていなかった。アールファレムはというと、楽しそうな様子を隠そうとすらしなかった。


「アルファ様、遊びに行くわけではないんですよ」


 ルーヴェルが釘を刺すと、アールファレムは分かった分かったと返事を繰返した。ルーヴェルはシルヴィンと顔を見合せ、やれやれと溜め息をついた。


「幹部以外には私の不在は隠しておいてくれ。理由は病気が妥当かな」

「アルスまで不在では怪しまれますよ。付きっきりで看病という事で誤魔化せるかどうか」

「上手く処理してくれ。成るべく早く戻る」

「明日の25日にお発ちになられるとして、タヘノスまでは7日はかかります。お戻りは12月中旬頃ですか」

「それぐらいになるかな。何かあったらルーヴェルと相談して事にあたってくれ」

「御意に従います。御無事にお戻り下さいますよう御祈り申し上げます」

「ありがとう。シルヴィン、土産を楽しみにしてくれ」

「アルファ様、土産は不要です! 早くお戻りになるられるようくれぐれもお願いします。アルス寄り道は許さんぞ」

「分かってるさ。アルファ様、取り急ぎ政務を片付けて下さいませ。旅の準備は暇人にさせます」


 そう言いながら、アルスラーダは書類が積み上げられた執務机に視線を送った。

 アールファレムは後一日の我慢と呟きながら、机に向かった。


「リベリオには私からお伝えします。旅の段取りをつけてきますから、さぼらないで下さいよ。すぐにルーカスを寄越しますからね」

「ううっ。これじゃどちらが主君か分からないじゃないか!」

「明日から誰が処理するかご存じですよね。軍務はシルヴィン、政務は私で分担するんですよ」


 にこやかに話すルーヴェルは、目が笑っていなかった。アールファレムはシルヴィンに救いの眼差しを向けた。


「陛下、私でお力になれる事でしたら……」

「お気遣いなく。大将軍もお忙しいでしょう。早くお戻りになられては如何ですかな」


 アルスラーダによって遮られ、シルヴィンは申し訳なさそうにアールファレムに頭を下げた。


「力及ばず申し訳ありません」


 ルーヴェルは苦笑しながら、シルヴィンを促し共に退室し、アルスラーダもリベリオの元へと去っていった。

 一人になると流石にアールファレムも真面目に仕事に取り組んだ。



「お前も来るのか」


 アルスラーダの同行にリベリオは心底嫌そうに顔をしかめた。


「当然だ。なんだったら取り止めるか?」

「一応俺は王様なんだがな。知っているか?」

「昨夜、リベリオ陛下は大層お楽しみだったようだな」

「よく知っているな。王者の嗜みだ。アールファレムの方が異常なんだ。そう言えばあいつ、昨日経験があると口走っていたが本当か?」


 リベリオは、よりによってアルスラーダの一番忘れたい事件を思い出させた。


「どうやら反省が足りないらしいな」


 遅まきながらアルスラーダの不機嫌に気付いたリベリオは、逃げようとしたが、すぐに捕まえられた。


「待て待て! 何で怒っているんだ?」

「虫の居所が悪いだけだ。気にするな」


 胸ぐらを掴んで腕を振り上げながら、気にするなと言うのは無理があった。


「気にするわ! アルス落ち着け……って、痛っ!」


 アルスラーダは取り敢えず一発だけ殴り付けた。


「気がすんだ。有り難う」

「そうか。お役に立てて何よりだ」


 リベリオは笑いながら、殴られた顎をゆっくりと一撫ですると、勢いよく手の甲でアルスラーダの顔を殴り付けた。


「まぁ仕方無いか」


 アルスラーダが口の端を舐めると血の味がした。


「用件を済ませよう。二頭立ての馬車を用意させる。旅に必要な物は侍従に命じて用意させてくれ。内密にするからな。自分の分として手配してくれよ」

「おいおい馬車? 馬で十分だろう。たかが片道7日だぞ」

「アルファ様が道中不自由されたら大変だ。この寒い冬に旅行だぞ。体調を崩されたらどうするんだ」

「過保護過ぎるぞ。今までも冬に出兵ぐらい何度でもあっただろうが」

「アルファ様は繊細なんだ。あんなに楽しみにされているんだ。快適な旅になるように出来る限り準備してくれ」

「はいはい。アールファレムとの二人旅の方が良かったな」

「そんな事許可出来るか!」

「お前さ、アールファレムにかまけてばっかりで恋人出来ないだろ」

「アルファ様より大切な存在など不要だ」


 きっぱり言い切るアルスラーダに感心せざるを得なかった。どれだけ酷い扱いを受けても、リベリオがアルスラーダを憎めないのは、アルスラーダの行動が全てアールファレムの為だからだ。


「アルス、まさかお前がアールファレムの相手じゃないだろうな」

 

 リベリオは疑いの目をアルスラーダに向けた。男色はそれほど珍しい事ではなかった。昨日、自分がアールファレム相手に一瞬抱いた感情を思い出した。


「死にたいのか」


 リベリオはアルスラーダを怒らせる才能を有していた。無意識でやってのけるところが天才たる所以だろう。


「何をやってるんだ?」


 ルーヴェルが顔を出すと、アルスラーダがリベリオに馬乗りになっていた。


「リベリオ、お主はもうちょっとは国王らしく出来ないのか?」

「俺が悪いのか? まったく。どうせ男に襲われるのなら、アールファレムの方がよかったわ」


 再びアルスラーダに殴られた。


「今のはリベリオが悪い」

「いやいや、お前ら一緒にいすぎて分からんだけだろう。あいつやばすぎるって。色気が半端ない。しかも雰囲気も別人だろ。今までどこか無理していたのが、自然体というか、あいつ感じ変わり過ぎだろ。いったい何があったんだ?」


 二人はリベリオの嗅覚を侮りすぎていた。女遍歴からか、王としての資質か、リベリオは本能でアールファレムの変化を感じとっていた。アールファレムがリベリオを危険視するのは、軍事面だけではない。そういった面も含めて監視下に置きたかったからだった。

 救いはアールファレムが女とは想定外という事だ。考えた事もないのだろう。


「少し前に恋愛を経験されたせいだろう。もう終わってしまったが、それがアルファ様に変化をもたらしたみたいだな」


 ルーヴェルはとっさに嘘をでっち上げた。


「まさか初恋じゃないだろうな」

「まぁ経験はほぼ皆無だったからな。黒髪の性悪な相手でな。別れてくれて助かったよ。結果的に見れば、よい成長をなさったんだろうな」


 ルーヴェルは話に少しばかりの真実を混ぜて、リベリオを騙してみせた。アルスラーダは顔を強張らせたが、何も言わず視線を二人から逸らした。


「その性悪女は宮殿にまだいるのか? 是非会ってみたい」

「もうデルレイアにはいないさ。私が追い出した。この話はアルファ様にするなよ」

「分かったよ。それで話があったんじゃないのか?」


 忙しい筈のルーヴェルが、わざわざ雑談をしにくる訳がなかった。


「今回の話、ミュスタンの総意なんだろうな。お主の独断で進めているんじゃないのか?」

「勿論意見はいろいろ出たがな。最終的には俺次第だ」

「後、シャリウスの現状どこまで把握している? 内情を探らせているんだが、なかなか結果が得られない。ジェラルド王は病床だとして、既にサミュエル王子が実権を握っているのか?」

「こちらも同じだ。情報量は少ない。クリストフ将軍が補佐を任されているらしいが、詳しい事は分からん」

「ミュスタンとの同盟はシャリウスとの関係に関わってくる。決別する訳にはいかんからな。やはりアルファ様に直接出向いて探ってもらうことになるかな」

「ああ。先程言っていたな。年明けに一緒に見舞いにいくつもりだ」


 シャリウスの後継者問題は周辺諸国にとって、国策に関わる重大事案だった。

 もしシャリウスが領土拡張を狙うなら小国ミュスタンは、足掛かりにされる可能性があった。サミュエルがリベリオを正しく評価するなら、アールファレムの対抗として噛み合わせるだろう。アールファレムがサミュエルの立場なら、オリアンヌをリベリオに与え、懐柔するだろう。

 だがサミュエルは生まれながらにして大国の王子である。成り上がりの、アールファレムやリベリオを見下していた。数少ない接触でも、アールファレムやリベリオはサミュエルの人間性を見抜いていた。だからこそ二人は手を組もうとしているのだ。


「しっかり見極めてきてくれ。その前にタヘノスだな。道中、アルファ様とアルスを頼む」

「頼むから女性問題を起こさないでくれよ。目的は査察なんだからな。私はアルファ様の面倒しか見るつもりはないからな」

「港町は情熱的な女性が多いんだがな。仕方無い。今回は大人しくするさ」

「タヘノスからはミュスタンに直接帰るのか?」

「ああ。流石に今回は長逗留し過ぎたからな。急ぎで帰るつもりだ」

「そうか。まぁ宜しく頼む」


 帰りは、アールファレムと二人旅だと思うとアルスラーダはリベリオに素直に感謝出来た。

 ルーヴェルにはアルスラーダの考えが手に取るように分かった。

 リベリオに旅支度を任せて、二人は部屋を出た。ルーヴェルはアルスラーダを、誰もいない空室に連れ込み、念を押した。


「アルス。二人きりだからといってあまり性急に関係を求めるなよ。やはりまだ日は浅い。アルファ様の傷は癒えていない。体が恐怖を覚えている可能性が高い。もし拒絶されても、それは……」

「ちょっと待て。私がアルファ様の了承も得ずにその様な行為に及ぶと思うのか」

「断言出来るのか? 最近のお前には余裕が感じられない。まったく手を出さないと誓えるのか?」

「……誓えない。だがルーヴェル。ずっと私は大事にしてきたんだ。それをあいつが奪っていったんだ」

「初めてだからか? お前が先に抱いていれば、こんなに悔しくなかったのか?」

「違う! アルファ様が傷付くのは我慢出来ない!」

「そういう事だ。傷付けなければそれでいいんだ。とにかく少しでもアルファ様をいたわるんだ」

「逆にけしかけていないか?」

「そう聞こえたか? アルファ様が望むなら別に止めないさ。ただアルファ様の変化が著しい。先程のリベリオのように、勘のいい者も出てくるだろう。……そういえば言っていなかったな。フリードリッヒも秘密に気付いている」

「フリードリッヒなら害はないだろうが、今後は油断ならないな」

「アルファ様は公表する事をお考えになられている。ただ春にはなるだろう。それまでは秘密を保持する必要がある。お前にそこまで待てとは言わない。既にアルファ様の変化が始まっている以上、今更だからな。いっそお前が開花させる方がアルファ様の為だ。……アルス、お前大丈夫か? なんだったら今夜色街に行くか? 付き合ってやるぞ」


 アルスラーダは真っ赤な顔をして、ルーヴェルに食って掛かった。


「余計なお世話だ!」

「そうか? 初めてが乱暴だったからな。優しくするんだぞ」

「やっぱりけしかけているじゃないか!」

「アルファ様には幸せになって頂きたいからな。アルス、男であるお前がしっかりするんだぞ。経験不足は愛情で補え。優しく焦らずに、無理強いはするな」

「だから生々し過ぎる!」


 アルスラーダは逃げ出そうとしたが、ルーヴェルは腕を掴んだ。


「リベリオには気をつけろよ。ばれたら厄介な事になる」

「殺すか?」


 アルスラーダは必要であれば躊躇わないだろう。後味は悪くなるだろうが、アールファレムの為なら自ら手を汚す事も今まで行ってきた。


「簡単に言うなよ。万一ばれたら抱き込め。あいつは女には甘い。そこに付け込むんだ」

「相変わらずえげつない性格してるな。巷では優しい宰相閣下という評判なんだがな。上っ面だけでしか判断出来ない連中の戯言でしかないか」


 直接的に攻撃してくる敵はアルスラーダが、間接的な連中はルーヴェルが処理してきた。二人は暗黙の了解で分担し、アールファレムを守ってきたのだ。


「綺麗事でアルファ様を守れるなら苦労しないさ。とにかく頼むからな。ルドルフ様の事も気にかかる。あの方は少しアルファ様を僻んでいるようなところがある。十分用心しろよ。頼れる兄さんがいないんだから、お前がお守りするんだ」

「ああ、必ずお守りするさ。兄さん留守は頼む」


 珍しく軽口に応えてアルスラーダが、兄さんと呼んだ。ルーヴェルはアルスラーダの頭をくしゃくしゃに撫で回した。


「子供扱いするな!」


 いつものアルスラーダに戻り、邪険な態度でルーヴェルを追いやった。ルーヴェルは楽しそうに、逃げるアルスラーダを引き寄せ頬擦りした。


「離れろ! 気持ち悪い!」


 悪のりし過ぎて、今度は逃げられた。


「可愛い奴だな」

「煩いわ! 早く仕事に戻れ!」


 弟妹がいない半月間は寂しくなりそうだった。

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