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19 出兵会議

 アールファレム、アルスラーダが軍議の間にやってきて、ようやく出兵会議が始まった。

 まずモーリッツが召喚された。モーリッツは末席に座り、カスパードの謀反がデュークに唆された可能性が高い事を報告した。

 ベルノルト、マルティンにとっては初耳の事だった。そもそもモーリッツが帰還した事すら知らなかったのである。

 アルスラーダは会議前にモーリッツから聞き取りを済ませていた。シルヴィン、ルーヴェルも同席して、内容は把握していた。その内容に三人は、思わず顔を見合わせた。アールファレムの怒りが予想されたからである。カスパードとデュークの罪は三人の想像以上に重かった。

 問題はまだモーリッツが報告していない部分にあった。


「陛下! 無理を承知で御願いがあります。どうかカスパードを許してやっては頂けませんか。あいつは利用されただけなんです」


 ハリーは立ち上がり、深く頭を下げた。前に机があるため、跪く事ができなかった為である。フリードリッヒ、ベルノルト、マルティン、モーリッツらがハリーに倣った。

 アールファレムとて気持ちは同じだった。カスパードは利用されたに過ぎない。しかも今となっては、まったく意味のない反乱だった。アルスラーダがいくら反省したところで、事態はかわらないのだ。


「私も助けてやりたい。帝国の権威なんてものは、個人の生命より優先されてはいけない」

「陛下のお考えは尊いものと存じます。ですが愚弟にお情けは無用です。如何なる理由があろうとも、陛下に弓引いたのは奴自身の責任です。その命でもって償わせます。帝国初の反逆者を生かしては、今後示しがつきません。どうか法に従い裁きを下されますよう、お願い申し上げます」


 シルヴィンは深く頭を下げて、アールファレムに奏上した。


「私もシルヴィン大将軍の意見に賛同します。この上は法に基づき、処罰するのが、最良かと存じ上げます。それにもうひとつカスパードは許しがたい所業を仕出かしております。モーリッツの報告を最後までお聞きになれば、助命しようなど仰られない筈でございます」


 ルーヴェルはモーリッツを促した。モーリッツはルーヴェルの方を暗い表情で見たが、ルーヴェルは首を振るだけだった。


「モーリッツ、カスパードが自分の部下に何をしたのか報告せよ」


 シルヴィンは厳しく命令した。現時点でカスパードに一番強い怒りを抱いているのは、シルヴィンであった。無能なだけなら、別に問題はなかった。最初からシルヴィンはカスパードに期待などしていないからだ。ただのお人好し、それは今となっては、過大評価でしかなかった。


「デュークは将官全員にカスパード将軍への忠誠を確認しました。まず、ランドルフ、ステファンの両副将が将軍への忠誠を誓いました。二人のみに帯剣が許されていましたので、事前に話がいっていた様に推測されます。陛下への忠誠を貫いた五名が二人により殺害されました。ハイノ副将、フランツ将補、ロルフ将補、ニコラス将補、そして……ルイーザ将補も殺されました」


 息を呑む者、小声で罵る者、様々な反応を見せる中、大声を出さずにいられなかった者がいた。


「そんな馬鹿な! 自分の部下を殺しただと! そんな惨い事をあのカスパードが? 信じられるか! しかもルイーザまで、女を殺すなどと……それでも軍人か!」


 ハリーは怒鳴ったが、それで現実が変わる訳がなかった。


「陛下すら裏切ったのだ。部下を殺す事に躊躇いなどないだろうよ」


 ベルノルトは嫌悪感を顕にし吐き捨てるように言った。


「カスパード将軍の命令ではないと思います。デュークの独断で行われた事です」


 モーリッツは精一杯否定したが、そのような論法が通用する筈はなかった。ガルフォン軍規で特に厳しく取り締まっているのが略奪、民間人への暴力、女性への暴行、部下への暴力の四つの禁止事項である。アールファレムはこの手の犯罪を憎んでいた。どれ程能力があろうと、容赦なく処断してきた。唯一の例外はシルヴィンだけであった。もしシルヴィンの相手が自分でなければ、アールファレムは決して許さなかっただろう。

 皇帝はまだ口を開いていなかった。全員が固唾を呑んで見守るなか、ついにアールファレムは口を開いた。


「デュークの独断か。成る程な。カスパード陛下はデュークの傀儡という訳か」

「カスパード閣下は陛下に信じてもらえなかった事に、強く動揺されたのです。その……」

「モーリッツ。二度とカスパードに敬称をつけるな」


 アールファレムはモーリッツの言葉を遮った。怒鳴り付けなかった事が、より深い怒りを感じさせた。


「カスパードが私を信じようと、噂を信じようと、私の知ったことではない。もしカスパードの意思でなくとも、デュークを野放しにしているなら同罪だ。いや、より罪は重い。最早赦免は有り得ない。ハリーよいな」


 淡々と話すアールファレムは感情を感じさせなかった。だからといって、アールファレムが怒っていないとは誰も思わなかった。


「勿論です。陛下、既にカスパードは引き返せぬ所まで墜ちています。この上は我々の手で始末するしかないでしょう」


 ハリーは無念そうに答えた。だが諦めきれなかった男がまだ一人いた。


「そんな……! 陛下どうか……」


 モーリッツは引き下がらなかったが、フリードリッヒが怒鳴り付けた。


「控えろ! モーリッツ! 既に陛下はご決断された。この上は御意に従うのみだ」


 フリードリッヒは親友に目で堪えるよう訴えた。


「申し訳ありませんでした」

「いや、カスパードを思っての事だ。だがモーリッツ。今後、カスパードは我が帝国の敵となる。その覚悟が御主にあるか?」

「陛下。お待ちください。その前に彼はまだ真実を語っておりません。何故モーリッツ一人が逃げおおせたのか、まだ本人の身の潔白がすんでおりません。陛下への忠誠を誓った者が殺されたというのに、彼は生きてここにいる。何故でしょう」


 ベルノルトがモーリッツを弾劾すると、モーリッツは目に見えて狼狽した。それを苦々しく思ったのが、アルスラーダ、ルーヴェル、シルヴィンの三人だった。

 モーリッツの処遇に関して、実は意見が割れたのだ。ルーヴェルとアルスラーダは泳がすべきだと主張した。だがシルヴィンは処罰すべきと主張した。モーリッツはこのままいけば、フリードリッヒかハリーの元に配属される事になるだろう。最前線に不確定要素を持ち込みたくなかった。だがアルスラーダ、ルーヴェルの考えを聞いて、シルヴィンも納得し、三人は協力する事にしたのである。

 だが残念な事にモーリッツは嘘をつくのが下手過ぎた。三人もあまり期待はしていなかったが、予想以上に酷すぎた。


「単純な話だ。カスパードに忠誠を誓う振りをして、逃亡した。モーリッツ違うか?」


 シルヴィンはモーリッツに確認を求めた。


「シルヴィン閣下の仰る通りです。命が惜しくて、何とかその場をしのぎ、慌てて逃げ出したのです」

「家族を置いてか? そこまで身勝手な男ではないと思っていたがな」


 ベルノルトは意外そうに口にした。別にベルノルトはモーリッツが嫌いな訳ではなかった。ただ納得出来なかっただけだ。


「命が懸かった場面では仕方ないだろう。咄嗟に誰しも英雄に成れるわけではない。それに忠義を貫いて死ぬより、嘘をついてでも生き延びる方が正しい選択だ。どちらを陛下がお望みかはこの場で言う必要があるか?」


 アルスラーダはモーリッツの味方をしたが、本心から思っている事を口にしただけだった。ただアルスラーダがその立場になれば、アールファレムを裏切れるとは思わなかったが、他者に同じ事を要求するつもりはなかった。


「確かに、仰る通りですな。モーリッツすまなかった。安全な場所から他人を批判するなど、恥ずべき行為だった。許して欲しい」


 ベルノルトは頭を下げた。自分に過ちがあればそれを認めるだけの度量はあった。


「いえ、私が卑怯者なのは紛れもなき事実です。皆様の温情に感謝する事しか出来ません」

「生き延びる事が卑怯だというなら、我が軍は卑怯者を歓迎する。如何なる状況においても、生を諦める事は許さん。下らん自尊心など捨てよ。生き抜く事こそ、私に対する忠義と心得るように全軍に通達せよ。シルヴィン、よいな」


 アールファレムはモーリッツの顔を見据えながら言った。

 モーリッツの眼からは涙が溢れた。それをルーヴェルは気の毒に思いながら見ていた。モーリッツは善人過ぎた。彼を利用したデュークは、どこまで読んでいるのか? モーリッツが選ばれたのは彼の交友関係が原因だろう。二人の親友は将軍の中でも主力である。どちらかは間違いなく最前線に配属されるのは、今までの例を考えれば、誰でも予想出来た。しかしモーリッツに騙されるほど、我々が御目出度いと思われているのか? それとも見逃す事まで、計算したのか?

 蛇野郎か、ハリーの命名は中々デュークの本質を表している。

 ルーヴェルが思考に耽る間にシルヴィンが、アールファレムの命令に答えた。


「陛下の御言葉は必ず全軍に通達致します。忠義の何たるかを履き違えている連中は、考えを改める事になるでしょう。併せてモーリッツを赦免する事で実例となさる。処分にとやかく言う者が出ても、勅令には逆らえないでしょう。陛下、モーリッツをフリードリッヒにつけては如何でしょうか。敢えて最前線に配置する事で、より効果的かと存じ上げます」

「分かった。モーリッツそれでよいか? カスパードを討つ事になる。もし御主が辛いなら、帝都に残っても構わない」


 モーリッツは暫く返事をしなかった。焦れてハリーが催促しようとした時、やっと口を開いた。


「私は帝国に、ひいては皇帝陛下に忠誠を誓っております。かかる事態におきましては、忠義を全うしとう存じます」


「よくぞ申した。モーリッツ、パルナンに赴くフリードリッヒに同行せよ。よいな」

「はっ。必ずや、陛下の御期待に応えて見せます」


 モーリッツは深く頭を下げた。


「モーリッツ、よろしく頼む」


 フリードリッヒは笑顔で親友を見やった。


「こちらこそ、よろしくお願い致します」


 二人のやり取りが終わるのを待ち、アルスラーダが尋ねた。


「では、モーリッツまだ確認したい事がある。先程名前の上がらなかった将官の事だ。残りはカスパードに仕えたと判断してよいのか?」

「ランドルフ副将、ステファン副将は恐らく自主的に従ったと思われます。その他のイザーク副将、ゲオルグ将補、ユリウス将補、エーリック将補、パウル将補、マリアンヌ将補がカスパード……に忠誠を誓いました。拒否した者が次々斬られましたので、本心からかは不明です。大半は恐怖からと思われます」


 シルヴィンはモーリッツの話しを聞いて、ゾレストの戦力を分析した。


「デュークをいれると副将が四人、将補が五人か、六万の兵を指揮するには、質、量ともに不足しているな。しかも、信頼できる者は三人だけ。他は状況次第では帰順するかもしれない連中ばかりだからな。兵士の士気を保つのも難しい。集団で脱走する恐れもあるか。恐怖で支配するには限度がある。カスパードの力量では春まで持たないかもしれないな。過度の期待は禁物だがな」

「そんな所だろうな。自然に瓦解してくれれば重畳だが、計算に入れる訳にはいかない。……士気を上げる為に、一戦勝利を望むかも知れん。そうなる前に、ハリー、フリードリッヒには急いで貰った方が良さそうだ」


 アルスラーダは二人に視線を送った。


「ハリー、サンデルにはマルティンを同行させる。よいな」


 シルヴィンは一応ハリーに確認をしたが、既に確定事項だった。


「……理由を聞いていいか?」

「お目付け役という訳だ」


 マルティンが仏頂面で答えた。

 マルティンが選ばれたのは、彼しか適任がいなかった為だった。フリードリッヒが無理なのが痛かった。マルクスをつけるのは論外で、ライナーがマルクス担当なのはガルフォン軍では暗黙の了解だった。ビクトールは甘過ぎる所があるので却下され、エクムントは常識人過ぎて、ハリーとは相性が悪かった。その点、マルティンなら上手くハリーをあしらえるだろうと、アルスラーダとシルヴィンの見解が一致したのだ。アールファレムの了承も得て、晴れてマルティンはハリーと同行する事になったのだ。マルティンが不機嫌なのはその為だった。年下のハリーが主将となる事には異存はないのだが、精神的な苦労が予想されたからだ。


「純粋に兵士数の問題でもある。ハリー、フリードリッヒには三万ずつ兵を率いてもらうからだ」


 ガルフォン軍では基本的に各将軍には約一万五千から二万の兵士が配属されていた。フリードリッヒは二万の兵士を預かっていた。ハリー、マルティンが一万五千で丁度良かった点も、考慮されたのだ。

 フリードリッヒには大将軍麾下の将校と、兵士一万が回される事となった。


「フリードリッヒ、人員に希望があれば副官のドメルに言ってくれ。優先するように指示は出してある」

「了解しました。部下を交えて相談する事にします」

「成るべく早く、現地に向かって貰いたい。部隊を先行出来るなら、それに越したことはない。可能な限り急いでくれ」

「既に一昨日から部下には、準備は進めさせています」


 フリードリッヒはぬけぬけと言った。だからこそ昨日の不在を二人は部下に怒られたのだが、正直にこの場で話す必要はなかった。マルティンの方は今日呼び出されたので、準備はこれからになる。出遅れた分、ハリーが先に出立する事になるだろう。


「物資は早目には用意させる。順次、現地に輸送するように手配する」


 ルーヴェルが言うと二人は頷いた。兵糧がない事には話しにならないからだ。


「こちらからは動かず牽制にとどめる様にしてくれ。特にハリー分かったな。マルティン任せたぞ。定期的に報告は行うように。一応帝都でも、すぐに増援出来る体制を維持しておく。何も動きがないようなら、春先に本隊を動かし、二方向から挟撃する事になる。勿論、先鋒は任せる。時期はこちらから連絡をする。何か質問はあるか」


 シルヴィンは三人に聞いたが、特にこの場で確認する程の問題は思い付かなかった。些末な問題は後で相談すべきだった。


「では次にベルノルトだ。二ベロンには、元々五千の兵士が配属されている。麾下の兵士一万七千を率いて、二ベロンを守ってもらう。ベイロニアを刺激するかも知れんが、それぐらいは向こうも予測しているだろう。テオドーロ王も勝算がなければ攻め込む事はない筈だ。警戒は必要だが深刻にはならなくてもよい。だが、ゾレストから使者が行き来するかも知れん。国境での検問は強化してくれ。但しベイロニアには手を出さないようにな。妙な動きがあれば、すぐに報告するようにしろ」


 シルヴィンの指示に、ベルノルトは頷いた。


「分かりました。注意は怠らないようにします。期間はゾレストが片付くまでと考えてよろしいでしょうか?」


「一応そのつもりだ。ベルノルトよろしく頼んだぞ」


 これにはアールファレムが応じた。


「御意に従います。国境は必ず守ってみせます。御安心下さいませ」


 ベルノルトは恭しく、頭を下げた。


「他に意見のある者がいなければ、終了とする」


 アルスラーダは見渡したが、特に異議は出なかった。


「明日の晩、壮行会を行う。将軍以上の者は全員出席せよ。副将、将補の参加は自由だ。アルスラーダ手配を頼んだぞ。では解散」


 アールファレムは宣言すると、足早に軍議の間を後にした。

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