18 将軍達の恋愛事情
軍議の間ではハリーとフリードリッヒが会議の始まるのを待っていた。
二人はモーリッツと朝食をとった後、各自の執務室に顔を出したのだが、昨日さぼった為、部下に説教されたのだ。通常業務だけならまだしも、出兵が決まった為に、仕事は倍増していた。にも拘らず、出兵を志願した肝心の将軍が不在とあっては部下が怒るのは当然といえた。ハリーは会議を口実に早々に抜け出し、フリードリッヒを巻き込んだ。フリードリッヒの部下も、ハリー相手では諦めて上官を送り出した。
ハリーは朝から踏んだり蹴ったりだったが、同情の余地はなかった。
「書類仕事なんざ軍人の仕事じゃないわ。戦より疲れる」
ハリーが机に突っ伏すと、フリードリッヒが肩に手を置いて宥めた。
「将軍ともなるとそうはいかんさ。苦手なのは私も同じだが、部下に助けられてなんとかこなしているよ」
「何が苦手だ。何でもそつなくこなしやがって!」
「そんな事はないよ。まだ機嫌悪いな。お腹空いてるんじゃないか」
「機嫌がいい理由はないわ。二日酔いだろ、アルスラーダだろ、最後は部下の説教だ」
「全部自業自得じゃないか」
「アルスラーダは俺のせいじゃない」
「鍛えてもらったんだからいいじゃないか。アルスラーダ閣下の強さは……。シルヴィン閣下」
フリードリッヒはシルヴィンが入室してきたので、会話を中断し立ち上がって敬礼した。ハリーも続いた。
「二人とも楽にしてくれ」
シルヴィンは自分の席に座ると、二人に話し掛けた。
「昨日、皇帝陛下の危急に際して、貴官達の働きは見事であった。同じ宮殿内にいながら、役に立てなかった自分が情けない」
シルヴィンとしては、無視したかったが、フリードリッヒの反応を確かめておきたかった。
「いえ、我々は偶然居合わせただけです。もし閣下があの場にいれば、もっと的確に対処なさった事でしょう」
伏し目がちにフリードリッヒは、シルヴィンの表情を窺った。
「あれ以上の事は出来ないさ。とにかく陛下が御無事で何よりだ。ハリー、風邪などひいてないか」
「あれぐらい大丈夫だ。鍛え方が違う。それより二人共おかしいぞ。堅苦しいというより、余所余所しい」
居心地悪そうに、体をもぞつかせた。
「まったくだな。すまない」
シルヴィンは笑いながら謝り、三人で雑談を始めた。
ベルノルトが入室してきた時は、三人の顔に笑顔まで浮かんでいたが、二名はベルノルトが来たことに心の中で感謝していた。
「もう、首は大丈夫か」
ベルノルトの敬礼に軽く頷き、シルヴィンは尋ねた。
「ええ。御迷惑をお掛けしました」
「しかし寝違えるなど、軍人としてなっとらん」
ハリーが馬鹿にすると、ベルノルトは笑みを浮かべた。
「すまんな。女が横にいると、狭くていかん。ハリーには関係ない悩みだな」
ベルノルトは漁色家として帝都では名前を馳せていた。
「……ちっ!」
ハリーは聞こえるように舌打ちした。
「相変わらずだな。この分では結婚もまだまだのようだ」
シルヴィンも呆れ顔で、色男を見やった。祖母が他国人でガルフォンでは珍しい色黒の偉丈夫で、精悍な顔付きが女性からは野性的な魅力に見えるらしく、三十五歳にして独身を謳歌していた。
貴族出身で、野性的に見えても、女性に対しては優しく、紳士的な振る舞いも女性人気の秘訣だろう。
将軍以上で結婚をしているのは、マルクス、マルティン、ビクトール、エクムントの四人だけだった。
因みに女性関係の噂が絶えないのは、ルーヴェル、ベルノルト、療養中のクルトであった。クルトが本当に大人しく療養しているかは、疑わしいというのが同僚の見解だった。
「閣下、一人に縛られるなど勿体無いと思いませんか?」
「さあな。私もまだ身を固める予定はないからな」
「この不道徳中年! とっととニベロンに行ってしまえ! 帝都が平和になる」
「まだ三十五歳だ。中年はないだろう。引き留めてくれる女もいないからといって僻むなよ」
「しかしベルノルトは男相手だと本当に口が悪いな。普段の言動を見ていると、女性に優しいとは到底思えない」
フリードリッヒも女性にはあまり積極的な方ではなく、ハリーとつるんでいる方が気楽だった。
「男相手に優しくする必要はないだろう。無駄遣いだ」
「はっきりしているなぁ」
感心したフリードリッヒだが、矛先はフリードリッヒに向けられた。
「フリードリッヒはどうなんだ。引き立て役といつも一緒にいるんだから、もてるだろう」
「誰が引き立て役だ。失礼な奴だ。俺だってもてるぞ」
「そうだな。ハリーは子供にはもてるぞ」
シルヴィンは慰めた。ハリーはその親しみ易さから、民衆、特に子供からは絶大な支持を得ていた。
女性人気の一番は勿論、獅子帝アールファレムだったが、美しき銀竜シルヴィン、優しく頼れる宰相のルーヴェル、常に皇帝を支える影、補佐官アルスラーダなどが人気を博していた。
もっともアールファレムが即位してからは、滅多に舞踏会などは開かれない為、帝都の淑女達はなかなか接近出来ないのだ。アールファレムは貴族に特権を与えるのを嫌がり、そういった社交場を設けなかった。
宮殿には女官が数多く働いているし、文官や武官にも、女性は登用されていた。将軍には今のところ、なっていないが、副将、将補には何人か存在した。
「さっぱりもてないさ」
「ほほぅ。テレーゼとはどうなってる?」
テレーゼはフリードリッヒの部下の副将で、中々優秀な女性士官だった。赤毛で長身の彼女は、綺麗というよりは、凛々しい顔立ちで、まだ二十五歳だった。フリードリッヒの事を慕っているのは、ベルノルトの目から見て明らかだった。
「テレーゼ? 部下にそういった感情を抱くわけないだろう」
「女心のわからん奴だな。確実にお前に惚れているだろうが」
ベルノルトは呆れたが、ハリーはフリードリッヒを応援した。
「テレーゼみたいな男勝り、やめといて正解だ。いくら我が軍が実力重視だとしても、女だてらに二十五歳で副将だぞ。剣を振り回すような女、嫁になど怖くてできるか!」
「ハリーそれ以上は怒るぞ。私の部下の悪口は許さん!」
フリードリッヒはハリーを本気で睨み付けた。
「すまん。言い過ぎた」
「分かればいいさ。テレーゼは部下としては申し分無い。女性としても充分魅力的だと思う」
「だが、フリードリッヒの好みではないという訳か。意中の女でもいるのか?」
ベルノルトは軽く聞いただけだったが、フリードリッヒは強く否定した。
「いる筈がない。私は陛下に忠誠を誓っている」
「それとこれとは別だろう。俺も陛下には忠誠を誓っているが、女に愛を囁くのも、嘘じゃないぞ」
「そんなに器用じゃないんでね。陛下への忠誠と親友の子守りで手一杯なんだ」
シルヴィンはフリードリッヒをまじまじと見詰めた。フリードリッヒはアールファレムが女性である事に気付いている筈だ。まさかフリードリッヒもか? フリードリッヒはシルヴィンの視線に気付くと、睨み付けた。
「一緒にしないでもらいたい!」
「フリードリッヒ? いきなりどうかしたのか?」
先程テレーゼの事で怒った時とは比べ物にならない剣幕に、ハリーは慌てた。
「いや、すまん。何でもない」
フリードリッヒは笑いながら、皆に詫びた。
微妙な雰囲気の中、ルーヴェルとマルティンが入室してきた。
一昨日の会議では、マルティンの名前は上がっていない筈だった。
「マルティン? どうかしたのか?」
ハリーは尋ねたが、マルティンは溜め息をついて、ハリーをじろりと見ると視線を逸らした。
「マルティンも出席する様にとの、陛下のご命令だ」
何も話そうとしないマルティンの代わりに、シルヴィンが疑問に答えた。
「やはりゾレスト出身だからか。意見を聞く為かな」
ベルノルトの予想は外れていたが、事情を知っていると思われる三人は口を開かなかった。どうせ会議が始まれば分かる事だからだ。




