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107 護衛官カミーユ

 カミーユはルーヴェルの反応を視界の片隅で知覚したがそのまま無視を続けた。からかうのも面白そうだが、今は皇帝との対話を続けたかった。予感はタヘノスで見掛けた時からあったが、目の前の人物に不思議なくらい惹かれていく。自分の感情に驚きながらも、抑制するつもりは更々なかった。


「陛下、先程の言葉を訂正致します。私は勝ち残る側ではなく、これより陛下に従います。元より陛下が負けるとは夢にも思いませんが、私の心情的には別物ですので、改めて誓います。これより我が命は陛下のものであります」


 闘技場での誓いとほぼ同じ言葉である。にも拘わらず言葉に込められた思いがまったく異なることをアールファレムは本能で悟った。先程のような上辺の言葉ではなく、カミーユの本心だと確信出来たのだ。

 自分のどこを気に入ったのかはアールファレムには分からない。だがカミーユは確かに自分を主君として認めたのだ。アールファレムはカミーユが自分を裏切らないと確信したが、アルスラーダ達が信用しないだろうことも分かっていた。騙されていると否定されるのが目に見えていた。何故と問われれば直感的としかいえないだろう。自分は単純なのだろうかとも思うが、今まで直感を外したことはない。

 もしカミーユが最初の例外になれば、その時は殺すだけのことだ。願わくはカミーユには味方でいてもらいたいものである。この男を始末するとなると犠牲が皆無とはいかないだろう。アールファレムは秘かに覚悟していたが表情一つ変えない。或いはカミーユはアールファレムの内心を読んでいるかも知れないが、その方が牽制になるだろう。どちらにせよカミーユとの関係は心暖まるようなものにはなり得ない。


「分かった。私はお主を信用する。だが分かっているだろうが、他の者がお主を受け入れるとは到底思えぬ。ルーヴェル、どう思う?」

「この男を信用するぐらいなら、浮浪者に財布を預ける方を選びますな」

「随分手厳しいですな。私の真意がご理解頂けないようで残念です」


 カミーユがおどけてみせたが、ルーヴェルはくすりとも笑わない。カミーユはうっすら笑みを張り付けたまま、ルーヴェルの視線を平然と受け止めている。このままでは平行線でルーヴェルから折れることはないだろう。アールファレムは取り合えずカミーユの態度を改めさせることにした。


「何故わざと敵を作る必要があるのかが私には理解出来ない。いくら腕に自信があるとしても、生きにくいだけではないか? そう相手を試してばかりでは疲れるだろうに」


 カミーユはアールファレムへの評価を更に一段階上げた。ただ甘いだけの人物ではなさそうで何よりである。


「性分ですな。どうやら私には忍耐力が欠けているようでして、無能な連中と関わるのが我慢ならないのです」

「私の配下の将軍に無能者はおらん。贔屓目ではなく断言出来る。確かにお主と比べて剣の腕は劣るだろう。だが将としての指揮能力はお主とは比べ物にならない。一人を殺すにはお主の方が優れているだろうが、軍に必要なのは集団を効率よく殺せる者だ」


 カミーユの金色の瞳が熱を帯び、恍惚とした表情に変化していった。ルーヴェルの刺すような視線にすら反応を示さず、ルーヴェルの本能はカミーユを殺すべきだと警鐘を鳴らした。


「それでこそ我が君。ええ、おっしゃる通りでございます。殺したい人物がいればお申し付け下さいませ。たちどころに始末して参ります」

「旧主であってもか?」


 アールファレムの返事に更にうっとりとした様子で首肯してみせた。


「勿論でございます。サミュエル様だろうが、オリアンヌ様だろうがお望みのままに仕留めますとも」


 その言葉に嘘はないだろうが、だからこそより危険だった。簡単に旧主を殺せる男を信用出来る筈もない。


「次々と主を代えて、その度に旧主の首を差し出すつもりか。大した男だな」


 カミーユはルーヴェルの侮蔑にちらりと視線を向けるが、鼻で軽く笑ってあしらった。先程よりはいくらか冷静さを取り戻したらしく、病的な熱っぽさは消えており、愉悦を湛えてアールファレムからの返答を待っていた。


「姫を害するつもりは毛頭ない。ただそなたの覚悟は承知した。感心は出来んが、現段階で私が口出す筋合いはないな。それと暗殺は私の主義に反する」

「正々堂々と戦うのが王者としては正しい在り方でしょうな。例え犠牲がどれ程でようとも、名声は守られるでしょう。暗殺は成功しようと失敗しようと外聞は悪くなります。兵士の命と獅子帝の面子では比べるまでもない」

「これは手厳しいな。だがどちらも下策でしかない。話し合いで解決出来ればそれにこしたことはない」

「甘いですな。暗殺を選ぶような輩相手に遠慮なさっていては足をすくわれますぞ」


 ルーヴェルは表面上は冷静だったが、実際は腸が煮え繰り返りそうになるのを我慢するのがやっとだった。今まで汚れ仕事はルーヴェルとアルスラーダが密かに処理してきたのだ。それを知らぬアールファレムではないが、二人を信頼して黙認していたのだ。

 確かにカミーユは使いようによっては非常に有能な男である。切り捨ててもまったく良心が痛まないという点でも申し分がない。だが余りにも品性がない。素直なのは本来なら美徳である筈なのだが、本性が劣悪な場合、嫌悪感しか抱けないだろう。本当に兵士の命を惜しんでいるなら別だが、アールファレムを挑発する口実に使っているだけなのは明らかである。


「綺麗事で切り抜けられるとは思っていないさ。さて今日はこれぐらいにしておこうか。お主の人となりは多少は理解出来たつもりだ。近日中に私はシャリウスに出向く。取り敢えずは護衛官として同行せよ」


 ルーヴェルが固く拳を握ったが、元より同行は避けられない。だがカミーユほど護衛官に似つかわしくない人物はいない。歯ぎしりをこらえるルーヴェルを尻目にカミーユは恭しく拝命し退室しようしたが、アールファレムが呼び止めた。


「サミュエル王子は戦の経験はあるのか?」


 アールファレムの声には少なからぬ期待が込められており、ルーヴェルはいつもの病気か出たかと呆れるばかりである。


「一度もない筈でございます」


 カミーユの返答にアールファレムは落胆を隠そうともせず、手を振って退室を命じた。カミーユは忍び笑いしながら、お辞儀をすると、今度こそ部屋を出ていった。


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