106 暗殺者カミーユ
ハンスに案内されカミーユが応接室に入ってきた。外国からの使者であれば謁見の間に通すべきだろうが、カミーユは正式な使者ではなく、ましてや公にしていい内容ではないだろう。人払いをしたところで人の口に戸は立てられない。
アールファレムとルーヴェルは既に着席しており、カミーユは少し眉を動かしたものの、何を言うでもなく、きっちりとお辞儀をしてみせた。上位者が待つなど本来なら有り得ないが、アールファレムの安全を重視したのだ。室内に仕掛けをしないか警戒したのと、アールファレムが無駄な時間を嫌った為だ。室内には武器となりうる物は全て排除してあり、普段なら必ず置かれている花瓶ですら片付けられていた。当然ながら飲み物の類いも供されない。
アールファレムが頷くと、ルーヴェルが着席の許可を出し、カミーユは気後れするでもなく、アールファレムの対面に座った。その態度からは傲慢さは感じられず、皇帝を前にしても自然体を崩さない。度胸があるのか、無頓着なだけか、少なくとも虚勢ではなさそうである。
アルスラーダとシルヴィンは隣の執務室で待機しており、バルドは部屋前で隊員と共に警護についている。
カミーユの身体検査は入念に行われ、シルヴィンは下着の中まで確認していた。カミーユは抗議せず、殊勝な態度で従った。手紙を一通所持していたが、外から確認したところ刃物等の感触はなく、やたら分厚かったが特に危険は無さそうだった。
封蝋の紋章は白百合を型どったものでオリアンヌ個人の紋章だった。アールファレムへの恋文にはいつも花が一輪、添えられており、季節により種類は違えど必ず白い花が届いた。
これが例の密書とやらで内容が気になるところではあるが、オリアンヌからの手紙とあらば勝手に開封する訳にはいかなかった。他に所持品はなく、与えられた客室に武器等は置いてきたらしい。ギースは既に帰国したようで、宮殿には足を踏み入れなかった。
「何でしたら裸で参りましょうか?」
「見苦しいものをお見せ出来るか!」
「そうですか? 割りと身体には自信があったのですが残念ですな」
カミーユは自らの胸板に手を置きながらうそぶいたが、確かに言うだけのことはあり、引き締まった身体は贅肉一つついていない。だがカミーユの視線は自らの下半身に向けられており、シルヴィンはあまりの下品さに顔をひきつらせた。アルスラーダは後ろで腕を組みながら、無言で監視していた。腕をほどかないのは自制する為だったが、限界ぎりぎりなのは明らかで、眉毛の角度が上がるたびに、近衛兵達が不安げに体をびくつかせた。
「妙な真似は許さんからな!」
シルヴィンはアルスラーダの様子を目の端で窺いながらも、カミーユから目を離さない。
「妙な真似? いったいどちらを期待しておいでですか?」
下種びた挑発にシルヴィンは冷めた視線を浴びせただけでやり過ごした。興ざめしたカミーユはその後は発言せず、無事に検査は終了したのだった。
「二人きりでとお願いした筈ですが、どうやらお聞き届け頂けなかったようですな」
「信用出来かねるのでな。私の事はいないものとして扱ってくれ」
カミーユの抗議ににべもない返事をしてルーヴェルは無表情でカミーユを凝視した。一見優しげな宰相の本性が垣間見え、カミーユは内心でルーヴェルへの警戒を強めたがおくびにも出さない。もっともカミーユに対しては初対面から威圧的だったので、噂などあてにはならぬと先入観などとうに捨て去っていた。
「ではそうさせて頂きましょう。早速ではありますが、アールファレム陛下、オリアンヌ様より書状をお預かり致しました。どうかお改め下さいませ」
カミーユが差し出した手紙をルーヴェルが受け取り、アールファレムに渡した。中には手紙が一通と、さらに封筒が入っていた。その封筒を手にしたアールファレムの動きが一瞬止まった。感情を現したのは一瞬で、その一瞬でカミーユはアールファレムの人となりをある程度理解した。
「ジェラルド王から陛下に宛てた遺書でございます。私は拝見しておりませんが、内容は聞き及んでおります。もう一通はオリアンヌ様からの恋文です。サミュエル殿下への目眩まし用ですな」
人払いを要求するだけあって、とんでもない代物である。カミーユの口調からオリアンヌやサミュエルに対しての感情は読み取れない。カミーユがただの剣士でないのは明らかで、ギースよりもオリアンヌの信を得ていることになる。
アールファレムはまずオリアンヌからの手紙を読み、次いでジェラルドの遺書に目を通した。間違いなくジェラルド直筆の手紙で、少し角張った字がアールファレムに懐かしさと寂しさを抱かせるが、読み進むうちにそのようなぬるい感情は吹き飛ぶことになる。じっくりと読み返した後、アールファレムは遺書を封筒ごと懐に入れ、恋文を折り畳みながらカミーユに尋ねた。
「お主は姫から内容を聞いたのか?」
「ジェラルド陛下とオリアンヌ様がお話になられた場に同席しておりました。その場にはクリストフ将軍もおいででした」
「なるほどな。もう一つ尋ねたい。お主は何者だ? はっきり言わせてもらうと何故ジェラルド陛下がお主を信用したのか私には理解出来ない」
「私の正体はただの暗殺者です。サミュエル殿下より、陛下の暗殺を命じられました」
それを聞いてアールファレムもルーヴェルもまったく驚かない。その可能性はそれほど低くはなかった。だがカミーユが単純な暗殺者とは思えない。
「ジェラルド陛下、サミュエル王子、それにオリアンヌ姫、お主の本当の主人は誰だ?」
恫喝するでもなく、かといって気安い訳でもなく、堅い声色でアールファレムは問い質した。
「今の主人はアールファレム陛下でございます。先程誓った言葉に嘘はありません。…………どうやら納得して頂けないようですね」
アールファレムもルーヴェルも質の悪い冗談にはぴくりとも反応しない。真顔でカミーユからの回答を待っている。
「私はいうなれば共犯者といったところです。現在はオリアンヌ様、クリストフ将軍、私の三人ですが、もう一人必要な方がいます」
「それが私という訳か。それがお主の真意とやらか」
アールファレムは考え込んだが、ルーヴェルは納得しなかった。カミーユは先程から質問に答えてはいるが、何だかんだで核心ははぐらかしている。ルーヴェルには手紙の内容は分からない。だがジェラルド王が何かをアールファレムに頼んだだろうことは推察出来た。恐らくはサミュエル王子に聞かせられない話だろう。そしてカミーユはそのサミュエルから暗殺命令を受けたと白状しているのだ。
「答えになっていない。貴様がサミュエル王子側かオリアンヌ姫側かどちら側の人間かと聞いている!」
「おや宰相閣下はこの場にいない筈ではなかったのですか? 冗談です。そんな恐い顔をなさらないで下さいませ。仕方ありません。面白い側です。……言葉が悪ければ勝ち残る側でしょうか」
もっと言葉が悪くなったがカミーユは気にしていないらしい。ルーヴェルはまともに相手するのが馬鹿らしくなり、一つ嘆息すると力を抜いた。
「それでこちら側につくというのだな」
「つまり陛下はオリアンヌ様側につくという意味でしょうか?」
「私が大恩あるジェラルド陛下の遺言を無視する恥知らずに見えるか? 我がガルフォンは信義に基づき友国の危機に力を貸す」
「…………獅子帝の噂、それにジェラルド王から聞いた評価とオリアンヌ様からの評価は実際の印象とは大分異なりますな。勝手ながら隙のない完全無欠の皇帝を想像していたのですがね」
「姫の評価はともかく噂など誇張されているだろうさ。失望させてすまなかったな」
アールファレムはまったく謝意の感じられない口調で詫びた。隣のルーヴェルが不愉快そうに口を歪めたが、辛うじて発言は我慢した。カミーユに礼儀を求めるのは諦めたが、アールファレムを軽んじるような発言を許すつもりはない。次の返答次第では誰が何と言おうと宮殿から叩き出すつもりである。




