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102 リッケンの説得

 イグナーツは固く目を瞑り、うつ向いてアールファレムのくるのを待っていた。背後にはリッケンが控え、落ち込む主君に言葉を掛けるべきか迷っていた。

 テオは地下に囚牢されており、先程リッケンはテオに会うため地下牢まで足を運んだ。イグナーツの名前を出すと、大分待たされはしたが、何とか面会許可が下りた。何せ先程放り込まれたばかりの囚人に面会など本来なら有り得ない。係の兵士が判断出来ずに上官に指示を仰いだのだった。リッケンの苦労を知らないテオは顔色一つ変えず、無表情で元同僚を出迎えた。


「こんな形で再会したくなかった」


 お人好しのリッケンは当人より辛そうな表情を浮かべており、テオはつい呆れ顔で応じてしまった。


「それほど意外でもないんじゃないか?」


 テオは笑おうとして失敗し、忌々しげに舌打ちして視線を逸らせた。リッケンの憐れみなど不快でしかない。元よりリッケンとの仲が良好だっただけに、置かれた立場の違いを意識せざるを得ない。何故こうまで違ったのだろうか。自分は忠義を全うしようとしているだけなのに、こうして囚われているのは理不尽に思えた。自分とリッケンに差などない筈だった。

 主君が間違ったとしてもそれに従うのが忠義だとテオは信じている。ルドルフは部下の意見など聞く男ではない。他にどうすれば良かったのだろうか? もしイグナーツが道を誤ったら、リッケンはどうするのだろうと意地の悪い想像が頭をよぎり、テオは頭を振って、その考えを振り払った。テオは未だにリッケンに友情に近い感情を抱いていたし、イグナーツに対しても憎しみはなく、むしろ幸せになることを願いさえしていた。

 テオの憎しみはアルスラーダとアールファレムだけに向けられている。だからはるばる帝都まで追い掛けたのだが、まさかイグナーツが帝都にくるとは思いもしなかったのだ。

 自分の行為がイグナーツの立場を悪くしたことに罪悪感すら抱いていた。リッケンに伝える気は更々なかったが。だがリッケンはテオの迷いを見抜いた。あの運命の日の夜に見せた苛烈さは今のテオから感じられない。


「想定していたさ。そうならないよう願っていたがな。……なぁ、本気でアルスラーダ閣下を殺すつもりだったのか?」

「奴は死ぬべきだ!」


 テオは即座に言い放ち、強い眼光でリッケンを見据えた。リッケンは一人で来たわけではなく、二人の兵士が警護兼見張りとして同行していた。兵士はアルスラーダへの殺意を隠そうともしないテオを不快に思い、嫌悪感を剥き出しにしてテオとリッケンの様子を窺っていた。


「テオ、今更閣下を殺してどうなる? ルドルフ様は死んだ。お前が何をしようが生き返ることはない。お前は前に進むべきだ」

「前に進むだと? 俺に残された道は一つしかない。もう俺に構わないでくれ」

「何が構うなだ! この大馬鹿野郎が! お前を諦めてたまるか! 復讐なんてとっととやめてしまえ! ……くそったれが! …………なぁテオ。イグナーツ様が寛大な処分で済むよう、陛下に取り成して下さる。……お前をこのままにしてタヘノスに戻れるかよ」


 リッケンは心の底から怒り、友に想いの丈をぶつけた。そしてその想いは頑なだったテオの心を大きくぐらつかせた。アルスラーダにすげなくあしらわれ、踏みにじられた時、口では喚いたものの、テオの心はぽっきりと折れてしまったのだった。強がって平気な振りをしていたが、実のところテオはどうしていいか分からなくなっていた。死を覚悟していたのだが、こうして時間がたってしまうと、死への恐怖が徐々に沸き上がってくる。テオの瞳に迷いを感じ取ったリッケンは鉄格子の隙間から手を差し出した。


「テオ。一緒にイグナーツ様をお助けしてくれ。俺はただの軍人で、ほとんどお役に立てない。今のタヘノスにはお前が必要なんだ」


 テオは差し出された手に恐怖し、じりじりと後ずさった。この手を掴めば、以前のような日々に戻れるのだ。だがそこにルドルフはいない。この手をとることはルドルフへの裏切りに等しい。


「出ていけ! 俺の前に二度と現れるな! …………頼むから」


 最後の掠れるような小さな叫びをリッケンは聞き取った。更に手を伸ばすが、鉄格子に阻まれ近付けない。首を振ってリッケンを拒絶しようとするテオだが、本当に嫌でない証拠に正面を向いたままである。嫌なら後ろを向いて、無視すればいいのだ。


「テオ! 俺と共にこい!」


 リッケンの力強い言葉が、テオを揺さぶり、希望を抱かせる。もう一度日の当たる場所に行っていいのだろうか? テオはおずおずと手を伸ばしかけ、指先がリッケンの指に一瞬触れた。弾かれたように飛び退いて、そして崩れ落ちた。テオは嗚咽を洩らし、頭を抱えうずくまった。


「テオ……」


 リッケンは掛けるべき言葉が見付からず、友の名を呟いた。兵士の一人がリッケンの肩に手を置いて首を振った。彼等もまた根は善人なのだろう、テオの心情を慮り、リッケンに一旦時間を置くように勧めた。


「テオ。俺は諦めないからな。お前は俺と一緒にタヘノスに帰るんだ」


 最後に声を掛けると、リッケンは兵士と共に立ち去った。テオのすすり泣く声が背後から聞こえ、固く拳を握り締めて、振り向きたくなるのを堪えた。


「特別扱いはしなくていいが、頼むから辛く当たらないでくれ。あいつはアルスラーダ閣下を殺そうとしたが、決して私怨ではない」

「心配なさらずとも罪人に暴力を振るうことはきつく禁じられています。他の囚人と同じ扱いをお約束致します」


 昨年末にアルスラーダが入牢したのは異例のことで、無論同じ扱いをしなかったが、ここで言及する必要はない。リッケンは兵士の言葉に安堵して、イグナーツの元へと戻った。



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