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怪 談   作者: 冬月 真人
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【安田クン】


在京時代。

週末、遊びに来た先輩達が帰ったあとは半同棲の彼女とふたりの時間。

今夜の為に借りて来たのはパルプフィクションとアナベルの愛し方。

タランティーノするか、最近ハマっているフランス映画にするか。

この時間からだと1本観るのが限界だろう。

お気に入りのスパークリングワインはお預けだ。

間違いなく寝る。

透がビデオデッキにセットしたのはパルプフィクション。

ソファに掛けて再生を押した瞬間にチャイムが鳴った。

顔を見合わせるふたり。

透は彼女を部屋に残して玄関に向かった。

その間にもくように数回鳴るチャイム。

(誰だよ)

透がドアに近付くと気配を感じた来客は「透くん、俺、俺、高木!」と怯えたように声を上げた。

その様子に驚いた透は急いで鍵を開けると高木を招き入れた。

高木は透の職場の先輩で工事部に居た。

高2で自主的に卒業して就職した為に先輩だが同い年だった。

透はそんな高木先輩を『仁志ひとし』と気安く呼んでいる。

それは透なりの気遣いでもあるのだが今はこの話を続けよう。


高木は玄関になだれ込むと鍵を掛けてへたり込んだ。

全力で走って来たのか息が荒い。

手にはコンビニの袋。

とりあえず冷蔵庫からビールを出すと「まあ、落ち着いて」と手渡した。

喉を鳴らしてビールを流し込むと大きく息をついた。

「山さん達は?」

透は高木と一緒に帰った先輩達の事を尋ねた。

「俺、コンビニに寄るからって言って途中で別れたんだ」

まだ荒い息で答える。

「舞子、仁志ちゃん帰って来たから氷作ってあげて」

透はそう言って冷蔵庫のスパークリングワインと戸棚のジャックダニエルを出した。

高木は「ゴメン、舞子ちゃん」と済まなそうな顔で居間へと上がる。

「で、どうしたの?」

透がかねてからの疑問をぶつけると高木の表情が一変した。


高木は山田と斉藤の3人で透の部屋を後にした。

途中、高木は「コンビニに寄るから」と別れた。

2人は「給料前だから先に帰るわ」と社員寮へと向かった。

高木はコンビニで朝食のカップ麺とタバコとコーヒーを買うと細い路地を寮へと歩く。

下町の路地は街灯も少なく曲がりくねっている。

先が見えない上に薄暗い。

正直、男でも気味が悪いと思うことがある。

そんな中、名前を呼ばれた。

「高木くん」

「高木くん」

振り返ると誰も居ない……方が良かった。

今思えばそう思う。

「高木くん」

振り返ると電柱の横に人が居た。

シルエットで誰か分からないが、高木を『高木くん』と呼ぶ知り合いに記憶は無い。

訝しげに見たそのシルエットはこちらへ歩いて来る。

数少ない街灯の明かりが照らしたシルエットの顔には全く見覚えが無かった。

(怖い)

(怖い怖い)

(怖い怖い怖い)

高木の膝が軽く震える。

見知らぬ男が自分の名前を呼んで近づいてくる。

日常でこのシチュエーションは恐怖そのものだ。

見知らぬ男は再び名前を呼んだ。

「高木くん、ボク安田」

新潟から上京した高木。

故郷にも東京にも、人生において安田という知り合いは居なかった。

震える膝。

太ももを思いっきり引っ叩くと高木は駆け出した。

そして無我夢中。

気付けば寮ではなくて透の部屋に飛び込んでいた。


「仁志、それ2丁目で酔った勢いで口説いたオカマじゃないの」

透は爆笑しながら茶化した。

「そんなことしねぇよ!」

「ダメよ透。仁志クン、本当に怖かったんだから」

舞子にたしなめられた透はバツが悪そうな顔で「まあ、無事で良かった」と言った。


それから小一時間ほど。

高木は「明日返すから自転車を貸してもらえないか」と言い出した。

気を遣ったのだろう。

「バカ言え、今日は泊まっていけ」

「そうよ。人間だかオバケだか分からないけど気味が悪いもの」

「ああ、舞子の言う通り。ま、オバケなら何処に居ようが無駄かもしれんが、人間なら出なければ安全だろうよ」

透はそう言って笑うと「麻雀にはメンツが足らんから」と言って桃鉄を起動させた。


それから数日後。

残業を終えた透が事務所を施錠したのは日付けの変わる直前のこと。

自宅に戻る途中、チャルメラが聞こえた。

週末でなければ彼女の居ない暗い部屋。

コンビニ弁当よりは屋台のラーメンの方がまだ侘しくはないだろう。

透はチャルメラの音色を追って道を急いだ。

細い裏路地。

確かに薄気味悪い。

だが透は高木の話を信じてはいなかった。

(きっと淋しかったんだろうよ)

そう思っていた。

大体があり得ない。

人間にしても幽霊にしてもあまりにマヌケと言うか笑える。

(ずっと年上の連中とやってきたんだものな。同い年、やっぱり淋しいもんだよな)

そうこう考えているうちに屋台を見つけた。

使い捨ての発泡のドンブリにヌルいスープ。

コシの無い麺にやたらとしょっぱい醤油味。

コンビニ弁当の方が良かったかもしれない。

ハズレ屋台にそこはかとない侘しさをおぼえながら帰路につくと名前を呼ばれた。

「沢木くん」

「沢木くん」

振り向かない。

いや、振り向けない。

「ボク、安田」

透は一切振り向かずに自宅へと駆け出した。


あれが仁志のイタズラかどうか。

振り向いて確かめる余裕は全く無かったが、少なくとも仁志の声ではなかった。


そうだよな。

嘘をつくならもっとマシな嘘をつくだろうな。




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