【霊山(後編)】
1週間後。
職場にかかってきたのは佑樹からの電話。
『どうしよう、どうしよう』
弱々しく震える声は明らかに怯えていた。
事情を尋ねる翔に佑樹は信じ難い話をする。
神社で撮った写真にとんでもないモノが写っていると告げた。
「冗談だろ」と信じない翔に佑樹は『見に来い』と言った。
『部屋の鍵は開けておくから勝手に見てくれ。俺はもう見たくない』
佑樹はそう言って電話を切った。
翔はその日の午後、外回りに出ると言って職場から佑樹のアパートに向かった。
確かに部屋の鍵は空いていた。
聞いた通りに机の引き出しを見ると数枚の写真が出てきた。
その中の1枚に全身が粟立つ。
狛犬の目が赤い。
そして更に次の1枚。
翔は写真を放り出して逃げた。
佑樹のアパートのドアを閉じたかどうかすら記憶に無い。
恐怖と後悔と謝罪。
次々に交錯する感情に錯乱しそうだった。
座っている翔と秀樹の上に浮かぶように写るお地蔵さまと、跨る純一の首に刃物のような何かが当てられている写真。
その日は全く仕事が手に付かなかった。
翌日の日曜日。
朝っぱらから携帯が鳴った。
まだアナログ携帯の時代。
出てみると純一だった。
海岸線での単独事故を起こして車は大破、全損。
奇跡的に本人は軽傷で、自ら翔に電話をかけて来た。
『俺、オヤジが迎えに来るのを待っているんだけどよ……』
純一は事故の一報を入れた時のオヤジさんの話を始めた。
『てっきり怒鳴られると思ったらよ、オヤジが【やっぱりな】って言うんだよ』
「どうして?」
『今朝、新聞を取りに玄関に出たら、表札の俺の名札が落ちて割れてたんだってよ。接着剤で着けて貼り直したすぐ後に俺からの電話があったらしい』
「……佑樹から話を聞いたか?」
『は?何だよ、何の話だよ?』
「直接聞いた方がいいから、スグに電話しろよ」
翔はそう言って電話を切った。
更にその数日後、佑樹は彼女ではない彼女とドライブに行った先の宿泊所の駐車場でバックで柱に激突。
トランクを完全に潰し、シャフトとミッションも壊して廃車になった。
秀樹は関わってはいけない職業の方の乗るドイツ製の高級車に追突。
翔は交差点で自動車同士で接触した
相手のオバサンを怒鳴りつけて立ち去った翌日、警察が来て当て逃げの容疑で事情聴取。
100対0で処理することで被害を取り下げてもらった。
全て1ヶ月以内の出来事だった。
そしてようやく写真を携えて4人で近所の神社へと向かった。
写真を見た宮司はお祓いの前に激昂して怒鳴りつけた。
だがそんな叱責よりも翔達がこたえたのは、お祓いの後に静かに言われた言葉。
「神仏は祟りません。これは呪いや祟りではなく貴方達が呼び寄せた禍です」
「怖い話だな。全身がサワサワしてるぞ」
透は両腕をさすってみせた。
これがテレビや雑誌の話なら信じたりしない。
翔の口から語られる話だから真実だと確信出来る。
「お祓いをしてからは皆は無事なのかい?」
そう聞いた透への返事は翔が1番伝えたかった話へと続いた。
「実はこの話には続きがあるんだ……」
お祓いの後、皆には悪いことは起きなかった。
もちろん全損した車は廃車で純一は高級スポーツカーから軽自動車に乗り換えることとなった。
佑樹は事故で浮気がバレて車と彼女を失った。
秀樹は保険屋が全て解決してくれたが、小突いた程度の追突で暫らくの入院をされた為に免許が無くなった。
それぞれに事故後の代償は払ったが、それ以上のことは起きなかった。
が、それから1年が過ぎたある日の昼休み。
新入社員の女の子が翔に話し掛けてきた。
「北浦さん、私この間道に迷って変な場所に行っちゃったんですよ」
ドライブが趣味だという彼女は休日にはあちこちに出掛けているらしい。
「何処かで曲がるのを間違えたみたいで、すっごいカーブが沢山ある山道に入っちゃったんです。もう夕方で日も暮れそうだっからUターンしようと思っているうちに砂利道になって……」
「チョット待て」
翔は話を遮るとまさかと思いながら尋ねた。
「砂利道の先は駐車場みたいな広場で、地蔵と鳥居が無かったか?」
「あれ、北浦さんも行ったんですか?その先の神社からなんかお経じゃないけどよく分からない声がしていて、気持ち悪くて帰って来ました」
翔は思わず天を仰いだ。
「俺は夜だったからお経みたいなのは聞いていないけど、念の為に事故には気を付けなさいね」
そう忠告した数日後、彼女は事故で骨にヒビが入る大怪我をした。
なるほど。
だから翔はこう言ったのか。
『透、T山には間違っても行っちゃダメだよ』
悪戯をしてもしなくてもあの場所には良くない何かがあるようだ。
T山が有名な霊山で、そこにある神社が或る宗教団体の施設であることを透が知るのはその数年後のことだった。




